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しおりを挟むリオに手を引かれたどり着いたのは王城内にある庭園だった。おそらくここには色とりどりの花が咲き誇っているのだろうが、今は夜なので城から漏れ出る光しかなく、花をよく見ることはできない。ただ花は見えないがリオの表情はよく見える。それだけ私たちの距離が近いのだ。それに今はまだ国王様と王妃様への挨拶をする人ばかりなので辺りには誰もおらず静かだ。
「ここは静かだな」
「…ねぇ、リオ。さっき言っていたことって…」
「ヴィーをずっと想ってきたって言ったことか?」
「…ええ。それってどういう」
「そのままの意味だよ。俺はヴィーと初めて出会ってから今日までずっとヴィーを想い続けてきたんだ」
リオの口から出てきた言葉に私は驚いた。たしかリオには想いを寄せ続ける女性がいたはずなのにと混乱する。
「う、そ…。だ、だってリオにはずっと一途に想っている女性がいるって」
「俺がずっと想い続けているのはヴィーなんだ」
「っ!で、でも、今までそんなこと一度も…」
「それは俺が情けないやつだからヴィーに嫌われたくなくて言えなかったんだ。ヴィーが俺のことを男として見ていないのは分かっていたからさ」
「っ…」
たしかにリオのことをそのような対象として見たことはない。いつでも頼れる兄であり友達であると思っていたから。それなのにあの日からリオを見る度にドキドキしている自分がいるのも事実で。
私は今ようやく自分がリオを男性として意識しているんだと理解した。それと同時にどうして今になってリオは想いを伝えてきたのだろうかという疑問が湧いてくる。
「…どうして今なの?」
「今さらなのは俺が一番よく分かっている。だけどヴィーを誰にも渡したくないんだ」
「誰かにって…。私は誰かと付き合ったり結婚したりする予定なんてないわよ?」
「ヴィーは自分の価値を分かってない。ヴィーは美しい容姿に類いまれなる才能、そして今をときめくベル商会のオーナーだ。それに今日のことでさらにヴィーの名声は上がった。おそらく明日からたくさんの求婚書が届くはずだ」
「私は平民よ?それに離婚歴だってある。そんな私に求婚書なんてあり得ないわ」
「…前から思っていたけど、どうしてヴィーは自分のことをそんなに低く評価しているんだ?」
「っ!そ、れは…」
リオに問われ私は言葉に詰まってしまう。
私は前世の記憶を思い出してからは前向きに強く生きてきた。だけどそれは表向きの話で私を愛してくれる人などいない現実から目を背けるため、決して裏切ることのないお金を稼ぐことに一生懸命になっていたのだと思う。
「ヴィー?」
「…だって、私のことを愛してくれる人なんていないから」
私は自嘲気味に答えた。なんとかこの話を笑い話にしようと笑顔で言ったつもりだが、私はうまく笑えているだろうか。
血の繋がりがあるはずの叔父に売られ、売られた先では私じゃない他の女性を愛する旦那様がいて。前世の記憶を思い出しても、きっと心のどこかには前世の記憶を思い出す前の私が存在していているのだ。 だから私はこの世界で愛されることを諦めてしまった。
「だから私に価値なんて…っ!リ、リオ!?」
「ごめん。ヴィーがそんな風に思っていたなんて気づかなかった」
突然私はリオに抱きしめられた。リオの声が頭から降ってくる。その声には深い後悔が滲んでいた。
「っ、…どうしてリオが謝るのよ。リオは何も悪いことなんてしてないじゃない」
「いや、俺がもっと早くに気がついていればヴィーにそんな寂しい顔をさせずに済んだんだ。俺が情けないばっかりに…!」
「リオ…」
「俺はヴィーを愛しているんだ」
「っ!」
私を抱きしめるリオの力が強くなる。私の耳に聞こえてくる心臓の音が自分のものなのかリオのものなのかは分からなかった。
「ずっとずっと想っていた。それにヴィーに再会した日に誓ったんだ。俺がヴィーを幸せにするって。…俺にヴィーを愛させてくれないか?」
「私を…?」
「ああ。この世界で一番愛しているんだ。だけどヴィーを愛しているのは俺だけじゃない。俺の家族もケビンもノーラも、それに亡くなったヴィーの両親もヴィーのことを愛しているんだ。それは忘れないでほしい」
「っ!私が愛されている…?本当に?」
「本当だ」
「…」
私は今までお金を信じて生きてきた。だから愛されていることを信じたいと思う気持ちがある一方で、信じていいのかと懐疑的な自分もいるのだ。だからどう返事をするのが正解なのかと迷っているとリオが口を開いた。
「今すぐ信じてほしいとは言わない。だけどこれからヴィーの目で直接見て、少しずつでいいから信じてほしいんだ」
「…やっぱりリオは私の考えていることが分かるのね」
「だから言っただろう?ずっとヴィーだけを想ってきたって」
「…さすがね」
「俺はこれからヴィーに想いを伝え続ける。それでヴィーの中で答えが出たら教えてくれないか?どんな答えでもいい。いつか答えを聞かせてほしいんだ」
「今は自分のことすら分からなくなっているの。…だからいつになるか分からないわよ?」
「それでもいい。俺はずっと待っているから」
正直に言って自分自身がどんな答えを出すのか今の時点では全く想像がつかない。だけどリオの真剣な眼差しからは私を想う気持ちに嘘がないことは分かる。それなら私も真摯にリオに向き合うべきだろう。ちょうど商会の仕事もペースを落とそうと考えていたところだ。改めて自分の周りに目を向ける時間を作るいい機会だと思う。それに離婚してからこれまで走り続けてきたのだから、ゆっくり自分自身を見つめ直してみるのもいいだろう。
「…分かったわ。どんな答えが出るのかは私自身でも分からないけど、その…リオの言葉は嬉しかったわ。ありがとう」
「それならよかった。俺こそ話を聞いてくれてありがとう。…じゃあそろそろ会場に戻ろうか。きっとみんなヴィーと話したがっているはずだろうからな。今日はしっかり稼いでこよう」
「!ふふっ、そうね。今日はまだ終わっていないものね。しっかり売り込みしてこないと!」
「ああ。…さぁ、お手をどうぞ」
「ええ。補佐を頼むわね、商会長」
「お任せください、オーナー」
私はリオと共に再び会場へと戻っていった。ベル商会のオーナーと商会長として。
ただ触れ合う手からはお互いの熱をたしかに感じながら。
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