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しおりを挟む今日は王妃様とお会いする日だ。王妃様はお忙しいだろうからお会いするのはもう少し先だろうと思っていたのだが、思っていたより早くお会いできることになった。
今日の私は淡い紫のドレスだ。商会のオーナーとして招かれたのだから仕事着で行こうと思っていたのだが、ラフィーネ様から大反対されてしまった。そしていつの間にかリオがまたドレスを用意してくれていたのだ。せっかく用意してくれたドレスを無駄にするわけにもいかず、私はノーラの手によって全身を磨かれ城へと向かったのだった。
私は王妃様の侍女に案内され城の中を歩いているが、なぜかすれ違う人に見られている気がする。前回久しぶりに着飾った時はグレイル公爵家の人しかいなかったので気にならなかったが、今回は知らない人たちからチラチラと見られているのは気になる。やはり私にこの格好は似合っていないのでは、と思ったが今さらどうすることもできない。私は何も気にしていない風を装い侍女の後を付いていった。
そして案内されたのは王妃様専用のプライベートルームだ。その部屋の中には色とりどりの花が咲き誇る温室があり、そこで王妃様が待っていた。
「どうぞこちらにいらして」
「はい」
初めてお会いする王妃様は噂どおり大変美しい方だった。輝く金の髪に緑の瞳はまるで宝石のようだ。子どもは三人いて十六歳の王子、十四歳の王女、九歳の王子がいる。とても三人の子持ちには見えない美しさだ。
「お会いできて嬉しいわ。私はユーフェミア・トライホルンよ。よろしくね」
「初めまして。ベル商会のヴァイオレットと申します。お会いできて光栄です」
「グレイル公爵から聞いているとは思うけど、今日はあなたにお礼を言いたくてこうして来てもらったの。忙しいのにごめんなさいね」
「いいえ。王妃様と直接お話できる栄誉をいただけて嬉しい限りです。それにお礼を申し上げたいのは私の方です」
「化粧水にハンドクリーム、それにシャンプーとリンス。ベル商会の商品にはいつもお世話になっているの。…これもグレイル公爵から聞いているかしら?陛下との仲も以前より深まったの。これもすべてあなたが開発した商品のおかげよ。本当にありがとう」
「王妃様のお役に立てたのであれば大変嬉しく思います」
「あなたのおかげでもしかしたら四人目がね、…うふふ」
王妃様はそう言って笑っている。お熱いようでなによりだ。
「王妃様。お客様がお困りですよ」
「あら、ごめんなさいね。嬉しくてつい」
「いいえ、お気になさらないで下さい。夫婦の仲がよいのは素晴らしいことですから」
「そういえばあなたは離婚を経験されているのだったかしら?…たしか元ラシェル侯爵と」
「はい、そうです」
「それなのに私ったら…。気を悪くさせてしまったかしら?」
王妃様が離婚している私に夫婦の惚気話をしたことを気にしているのだろう。だけど私は全く気にしていない。むしろ色々聞きたいくらいだ。
「いいえ。そもそも望んだ結婚ではありませんでしたからお気になさらないでください。元旦那様には真実の愛のお相手がいましたし、私はそんな元旦那様たちに興味などありませんでした。それよりも早く離婚して商品の開発をしたくてうずうずしていたくらいです」
「あらそうだったの?それならもしも元ラシェル侯爵と結婚していなければもっと早くに化粧水に出会えていたかもしれないわね」
「ええ。そうかもしれません」
「そういえばたしかあなたは元マクスター伯爵家のご令嬢だったのよね?」
「はい。そのとおりです」
「貴族令嬢であったあなたがその身分を捨てるのはとても勇気が必要だったのではなくて?」
王妃様がマクスター伯爵家を元と言うのには訳がある。実はマクスター伯爵家はすでに爵位を王家に返上しているのだ。
私を追い出した叔父だったが、叔父はあくまでも私が十八歳で爵位を継ぐまでの代理だ。十七歳の時にラシェル侯爵家に嫁入りしたが、実際に私の継承権がなくなったわけではなかった。それなのに私が十八歳を迎えても正式に爵位継承の手続きがされないことを不審に思った文官棟の役人が国王陛下に報告し、調査が行われたのだ。その結果、叔父の罪が白日の下に晒された。
正統な継承権を持っていないただの代理でしかない叔父が、正統な継承権を持つ私を他家に嫁入りさせたなどお家乗っ取り以外の何ものでもない。叔父たちはあっという間に捕まり牢へと入れられたそうだ。そしてそのことをラシェル侯爵家にやってきた王家の遣いから聞いた私は爵位の返上を望んだのだ。そもそも記憶を思い出してからは爵位を継ぐことに興味がなかったし、それよりも稼ぎたいと思っていたからだ。やる気のない人間が爵位を継ぐよりも王家から派遣される役人が領地を治めたほうが領民も安心して生活できるだろう。
「いえ。そんなことありませんでした。それよりも私にはやりたいことがたくさんありましたので」
「そうなのね。うふふ、私あなたのこと気に入ったわ。自立した女性って素敵よ。あぁ、残念ね。二番目の息子がもう少し早く生まれていればあなたが私の娘になったかもしれないのに…」
「そ、そんな!恐れ多いです!」
「はぁ、グレイル公爵夫人が羨ましいわ。あそこの次男はあなたといい年回りだもの。それに婚約者もいないしね」
「そう、ですね?」
たしかにリオには婚約者がいないが、なぜ今ここでリオの話になるのだろうか。いや、第二王子をおすすめされても困るのだが。
「うふふ、ごめんなさいね。私こういう話が大好きなの。あまり気にしないでね」
「は、はい。分かりました」
「ありがとう。それと話は変わるのだけど悩みがあるの。聞いてくれるかしら?」
「悩み、ですか?」
「ええ。あなたにこの悩みを解決してもらえると嬉しいのだけど…」
「っ!」
これはもしかしたら新商品の開発を依頼されているのかもしれない。王妃様自らが望んだものをもしも私が作り出すことができれば絶対に売れる。王妃様とのコラボ商品など国中の女性が欲しがること間違いなしだ。
「どうかしら?」
「はい!ぜひおまかせください!」
「うふふ、実はね…」
その後王妃様との面会を無事に終えた私は、グレイル公爵家に戻った。そしてすぐさま新商品の構想を練るために開発部屋へと籠ろうとするところをノーラに見つかり全力で止められることになる。
「せめて夕食を食べて湯浴みをしてからにしてください!」
「…はい」
夕食も湯浴みも完全に忘れていたとはさすがに言えず、ノーラに言われたとおりにするしかない私であった。
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