上 下
18 / 37

11

しおりを挟む

 アレス国に来て二年が過ぎた頃、私はシェインと婚約をした。

 私が二十二歳、シェインが二十六歳とこの国では決して遅い年齢ではないのだが、シェインが王族であるうちに婚約した方がいいとのことで早いうちに婚約が整った。

 平民である私が王族であるシェインと結婚するにはどこかの貴族家の養子にならなければならない。なのですぐに婚約できないのではと思っていたのだが、案外早くに私を養子に迎えてくれるという家が見つかったのだ。

 その家とはスターリン侯爵家だ。

 スターリン侯爵家は領地はないが国内の病院を統括管理している名家である。そんなすごい家が私の養子先として名乗りをあげてくれたのは何か裏があるのではと疑っていたのだが、実際に侯爵夫妻とお会いすると疑っていた自分が恥ずかしくなるほどの素晴らしい人格者であった。

 正式に養子縁組をする前に何度かお会いして交流を深めた。スターリン侯爵は爵位を継ぐ前までは医師として働いていたそうで、今は二人いる息子さん達が医師として活躍しているのだそうだ。

 そして今日は正式に養子縁組をする前の最後の交流の場だ。交流もそろそろ終わる時間になった頃、スターリン侯爵からあるお願いをされた。


「セレーナさんに魔法薬師としてどうか力を貸して欲しい」

「魔法薬師として、ですか?」

「侯爵、セレーナに何をさせる気だ?」


 今までも交流する際にはシェインも同行してくれており今日も一緒だ。侯爵の発言にシェインが殺気だったのが分かる。


「シェイン落ち着いて!まずはお話を聞いてからにしましょう?」


 シェインは私の過去を知っているから過敏に反応してしまっているようだ。けれど養子縁組してからだと私が断ることができないだろうと、わざわざ養子縁組をする前に話をしようとしてくれた侯爵の心遣いにきちんと応えたいと思った。


「…そうだな。侯爵すまない。セレーナのことになるとどうも感情的になりやすくてな」

「いえ、殿下がセレーナさんのことを大切にされている証拠ですから気になさらないでください。それに私どももセレーナさんの事情は多少聞き及んでおりますので、殿下が心配するのは当然のことです」

「ええその通りだわ。むしろ殿下のそういったお顔を拝見できるなんて貴重だったわ、うふふ」


 どうやら王家からの説明で婚姻無効以外の事情は聞いているようだ。それにしてもシェインの殺気を目の当たりにしても平然としている侯爵夫妻はなかなか肝の据わった人達である。


「えっと、それでお願いとは?」

「ああそうだね。もしこの話を聞いて私達と養子縁組するのが嫌になったら遠慮なく言ってくれて構わないからね」

「わ、分かりました」

「実はね…」


 話を聞くとどうやら侯爵が力を貸して欲しいこととは魔法薬の供給についてであった。

 魔法薬は回復薬や解毒薬など病院でも医師の判断で使用されており常に在庫が必要なものなのだが、魔法薬師自体あまり人数がいないため供給が間に合っておらず困っていると。

 そこで魔法薬師の視点から問題解決に知恵を貸して欲しいとのことだそうだ。


「確かに魔法薬師は薬師に比べるとかなり人数が少ないからな」

「それはやはり魔力が必要だからでしょうか?」

「その通りです。魔法薬師になるにはある程度の魔力がなければ難しい。知識はあれど魔力量が少ないからと魔法薬師になることを諦める者も少なくないのです」

「魔法薬師は少ないけれど魔法薬はたくさん必要だということですね」

「ええ。けれどこの問題も一時だけは他国から輸入することによって解決していたのです」

「一時だけ、ですか?」

「はい。隣国のドルマン国で新たに魔法薬事業を始めた家があるとの噂を聞いて取引を願い出ました。そして三年前に契約をして一年程は契約通り魔法薬を輸入することができていたのです。しかし二年程前に突然納める魔法薬がないと言われ輸入できなくなりました。当然違約金は払ってもらいましたが、魔法薬が手に入らなくなってしまったんです」


 (…なんだか聞いたことのある話だわ。ドルマン国で新しく魔法薬事業を始めたのは間違いなくカリスト侯爵家。そして二年くらい前はちょうど私が屋敷を出た頃…)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした

カレイ
恋愛
 子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き…… 「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」     ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?

婚約者の姉から誰も守ってくれないなら、自分の身は自分で守るまでですが……

もるだ
恋愛
婚約者の姉から酷い暴言暴力を受けたのに「大目に見てやってよ」と笑って流されたので、自分の身は自分で守ることにします。公爵家の名に傷がついても知りません。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

殿下は地味令嬢に弱いようなので、婚約者の私は退散することにします

カレイ
恋愛
 王太子を婚約者に持つ公爵令嬢レベッカ・ドルセーヌは学園の裏庭に呼び出されていた。呼び出したのは地味令嬢と言われている侯爵令嬢クロエ。ビクビクと体を震わせながらクロエは大声で言った。 「こ、婚約者様なら、ア、アラン様にもっと親切にしてあげてください!アラン様は繊細なお方なんですぅ。それが出来ないのなら、アラン様とは別れてくださいっ」 「分かりました、別れます」  だって王太子も「この子は義母義姉に虐められているから優しくしてあげて」の一点張りだ。だったらいっそのこと、王太子が彼女を幸せにしてあげれば良いのだ。  王太子はその後レベッカを失いながらもクロエを守ろうと尽力する。しかし私なんかと言って努力しないクロエに、次第に違和感を覚え始めて…… ※の時は視点が変わります。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした

朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。 わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

処理中です...