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しおりを挟むアレス国に来て二年が過ぎた頃、私はシェインと婚約をした。
私が二十二歳、シェインが二十六歳とこの国では決して遅い年齢ではないのだが、シェインが王族であるうちに婚約した方がいいとのことで早いうちに婚約が整った。
平民である私が王族であるシェインと結婚するにはどこかの貴族家の養子にならなければならない。なのですぐに婚約できないのではと思っていたのだが、案外早くに私を養子に迎えてくれるという家が見つかったのだ。
その家とはスターリン侯爵家だ。
スターリン侯爵家は領地はないが国内の病院を統括管理している名家である。そんなすごい家が私の養子先として名乗りをあげてくれたのは何か裏があるのではと疑っていたのだが、実際に侯爵夫妻とお会いすると疑っていた自分が恥ずかしくなるほどの素晴らしい人格者であった。
正式に養子縁組をする前に何度かお会いして交流を深めた。スターリン侯爵は爵位を継ぐ前までは医師として働いていたそうで、今は二人いる息子さん達が医師として活躍しているのだそうだ。
そして今日は正式に養子縁組をする前の最後の交流の場だ。交流もそろそろ終わる時間になった頃、スターリン侯爵からあるお願いをされた。
「セレーナさんに魔法薬師としてどうか力を貸して欲しい」
「魔法薬師として、ですか?」
「侯爵、セレーナに何をさせる気だ?」
今までも交流する際にはシェインも同行してくれており今日も一緒だ。侯爵の発言にシェインが殺気だったのが分かる。
「シェイン落ち着いて!まずはお話を聞いてからにしましょう?」
シェインは私の過去を知っているから過敏に反応してしまっているようだ。けれど養子縁組してからだと私が断ることができないだろうと、わざわざ養子縁組をする前に話をしようとしてくれた侯爵の心遣いにきちんと応えたいと思った。
「…そうだな。侯爵すまない。セレーナのことになるとどうも感情的になりやすくてな」
「いえ、殿下がセレーナさんのことを大切にされている証拠ですから気になさらないでください。それに私どももセレーナさんの事情は多少聞き及んでおりますので、殿下が心配するのは当然のことです」
「ええその通りだわ。むしろ殿下のそういったお顔を拝見できるなんて貴重だったわ、うふふ」
どうやら王家からの説明で婚姻無効以外の事情は聞いているようだ。それにしてもシェインの殺気を目の当たりにしても平然としている侯爵夫妻はなかなか肝の据わった人達である。
「えっと、それでお願いとは?」
「ああそうだね。もしこの話を聞いて私達と養子縁組するのが嫌になったら遠慮なく言ってくれて構わないからね」
「わ、分かりました」
「実はね…」
話を聞くとどうやら侯爵が力を貸して欲しいこととは魔法薬の供給についてであった。
魔法薬は回復薬や解毒薬など病院でも医師の判断で使用されており常に在庫が必要なものなのだが、魔法薬師自体あまり人数がいないため供給が間に合っておらず困っていると。
そこで魔法薬師の視点から問題解決に知恵を貸して欲しいとのことだそうだ。
「確かに魔法薬師は薬師に比べるとかなり人数が少ないからな」
「それはやはり魔力が必要だからでしょうか?」
「その通りです。魔法薬師になるにはある程度の魔力がなければ難しい。知識はあれど魔力量が少ないからと魔法薬師になることを諦める者も少なくないのです」
「魔法薬師は少ないけれど魔法薬はたくさん必要だということですね」
「ええ。けれどこの問題も一時だけは他国から輸入することによって解決していたのです」
「一時だけ、ですか?」
「はい。隣国のドルマン国で新たに魔法薬事業を始めた家があるとの噂を聞いて取引を願い出ました。そして三年前に契約をして一年程は契約通り魔法薬を輸入することができていたのです。しかし二年程前に突然納める魔法薬がないと言われ輸入できなくなりました。当然違約金は払ってもらいましたが、魔法薬が手に入らなくなってしまったんです」
(…なんだか聞いたことのある話だわ。ドルマン国で新しく魔法薬事業を始めたのは間違いなくカリスト侯爵家。そして二年くらい前はちょうど私が屋敷を出た頃…)
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