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シャリオルト
しおりを挟む「シャリオルト、さっきはどうしたんだ」
顔合わせが終わり部屋にいるのは私と国王である父だけだ。父が言っているのは先ほどマルと目を合わせたことだろう。
「事前に説明したはずだぞ。それなのにお前らしくないな」
「…申し訳ありませんでした」
「いくらお前の専属であろうと守るべき決まりは守らなければいけないぞ」
「はい。今後は気をつけます」
「それとこれも説明したと思うが影を呼ぶのは自室のみだ。影の存在は国の機密事項だからな。国王である私と王太子であるお前しか知ってはならない。知られてしまえばその者を消すしかなくなるからな」
「はい」
「それに普段の生活の中でも影は必ずお前の側にいるが詮索してはならないぞ。当然側近たちにも影の存在を知られてはならないからな」
「分かっています」
「分かっているならいい。…ではここまでにしよう。明日に備えてよく休むように」
「はい。それではお先に失礼します」
私は父に挨拶をして部屋を出た。部屋から出ると護衛である騎士が私の後ろを付いてくる。護衛と影は別物だ。護衛は私を護ることが仕事であるが影は私の手足となって任務を遂行するのが主な仕事である。いざという時は護衛としての役割を果たす時もあるが、それは本当にいざという時のみ。むやみやたらに姿を現せば影の存在が明るみになってしまうからだ。
王城の廊下を歩いて自分の部屋に戻る。
「私はこのまま休むから朝まで誰も通すな」
「「はっ」」
私は護衛の騎士たちに誰も通さないように告げ部屋へと入った。部屋へと入った私はそのまままっすぐにベッドへと向かい仰向けで倒れ込んだ。
「マル…」
私は目を閉じて先ほどの顔合わせを思い出す。顔を上げるように言ったのは父からの説明を忘れたわけではない。なぜかあの時はそうしなければいけないと思ったのだ。そして顔を上げたマルと目が合った瞬間に分かった。彼女が私の探していた初恋の相手であると。
あの意思の強そうな焦げ茶色の瞳にローブから少し覗いて見えた耳。耳の形はそう簡単に変えられるものではない。間違いなくあの時池で溺れていた私を助けてくれたのは彼女だ。そしてその彼女に恋をしてしまった私はずっと彼女を探していた。しかしすぐにどこの誰か分かると思っていたが、いつまで経っても彼女を見つけることはできなかった。そして八歳の時にお忍びで行った町で彼女を見つけた時はとても緊張してしまい、気づいた時には彼女はいなくなっていた。なぜか私はたくさんの花を抱えていたが。
それからは彼女が平民の可能性もあると思い町もくまなく探したが見つからない。父からも初恋を理由に婚約者を作らないのは学園卒業までだと言われている。
他の国では王太子が初恋を理由に婚約者を作らないなどあり得ないことなのだろうが、ベスティナード国では初恋が実ると幸せになれると言い伝えられており、父と母もそして歴代の国王と王妃もそのほとんどが初恋同士だったそうだ。もちろん例外もあるがそちらの方が圧倒的に少数だ。そういった背景もありこの国は初恋に対して寛容なのである。
だからあと一年の内に彼女を見つけ出し私の想いを伝えなければならない。焦りを感じ始めていた頃に迎えた十六歳の誕生日と王太子への任命。そして国王と王太子のみに許された特権である影との顔合わせ。まさかその顔合わせの場で彼女、マルと出会えるなんて…。
「まさか君が私の影だなんて…。これは運命なのか?それとも試練なのか?」
彼女がすぐ側にいることは嬉しい。だが彼女が私の影である以上適切な距離を保たないといけない。
「どうすれば君の瞳に私は映ることができる…?」
何か方法はないかと考えた時、先ほどの父の言葉が思い浮かんだ。
「『普段の生活の中でも必ず側にいる』…父上は確かにそう言っていた」
その言葉が本当であれば彼女も学園内にいるはずだ。十六歳という年齢から考えればおそらく生徒として学園に通うと思われる。そうだとすれば私は彼女と一生徒として関わることができるではないか。彼女がどの様な姿で学園にいるかは分からないが見つけ出せる自信はある。だが一つ問題があるとすれば側近たちだ。
「…あいつらに気づかれるわけにはいかないな」
側近たちも私と同じ十六歳なので明日から学園に通う予定だ。それにおそらく同じクラスになるだろう。そんな中で私が一人の生徒だけを構い続けていれば怪しまれるか余計なお膳立てをされそうだ。
「彼女と関わるためにも他の生徒ともほどほどに交流するしかないか…。はぁ」
そうしなければ彼女に迷惑がかかってしまう。でも彼女に私を意識してもらうには仕方がない。
自分で言うのもなんだが私は見た目がいい。だから今までもたくさんの令嬢に言い寄られてきた。中には強行手段で迫ってきた者もいたくらいだ。もちろんその者は罰せられたが。でも彼女には見た目のよさなど関係ないだろう。影になるために幼い頃から厳しい訓練を受けてきている彼女が見た目のいいだけの男に靡くとは到底思えない。
だから私は少しずつ彼女との距離を縮めるしかないのだ。そのためなら私はなんだってやる。十一年という長い年月を恋い焦がれながら待ち続けたのだ。ここで失敗をするわけにはいかない。
「早く会いたい…」
今は耐える時だと分かっていても、目の前に彼女がいれば抱き締めたい衝動に駆られそうだ。今後はさらに己を律する必要があるだろう。
私は必ずこの初恋を成就させるのだと強く決意し眠りに就いたのだった。
しかしシャリオルトは知る由もない。
すでにマリッサが自分に恋をしていること。そしてマリッサはそのことに全く気がついていないことに。
王家に忠誠を誓う鈍感な影と、長年の初恋を実らせたい王太子の攻防戦が始まろうとしている。
【完】
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