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 まさか結婚するだなんて言い出すとは完全に予想外だ。

 うっかり言葉を発してしまった私は悪くない。

 普通に考えてこの場で結婚するなんてあり得ないだろう。


 (あの王太子は正真正銘のヤバいやつだった…。あんなのと結婚なんて絶対に嫌!)


「なんだ平民、嬉しすぎて言葉も出ないか。お前だけは罰ではなく褒美になってしまったが仕方がない。これからは王家のために尽くせよな。はっはっはっ!」

「さぁ皆のもの!二人を祝福してやるのだ!」


 国王の号令がかかったことにより会場にいる参加者達が顔を見合わせながらもまばらに拍手をし始めた。

 確かに彼らはそうするしかないのかもしれないが私は堪ったものではない。


「嫌っ!」


 私は注目されることも厭わずに声をあげた。

 ここで何もしなければ本当に結婚させられてしまうかもしれないのだ。

 なんだって言ってやる。


「あんな人と結婚なんて、これっぽっちも嬉しくない!」

「な、なんだと!?」

「なんと無礼な!お前達平民が生きていられるのは我ら王家のおかげだということが分かっておらんのだな!衛兵!こいつを引っ捕らえろ!」


 国王が城の衛兵に私を捕まえるように命令をしたが衛兵達は誰も動かない。


「んなっ!?お、お前ら国王であるわしの命令が聞けんのか!さっさとあの小娘を捕まえるのだ!」

「そんなに叫んでも誰も動かんよ」

「なっ!?バーマイヤ公爵!どういうことだ!」

「どうもこうもあなた方王家に愛想を尽かしただけじゃないか?」

「レイコールド公爵!?な、なんと無礼なことを!」

「いやーそろそろ気づいた方がいいですよ。この国の誰もが王家なんて敬ってないことをね」

「ア、アリステラ公爵っ!なぜ三大公爵家が出てくるんだ!?」

「あぁそれはカルディナ王家に終わりを告げるためだ」

「「なっ!?」」


 後から知ったことだが、三大公爵家の当主全員が揃った場で議案を提示し、全貴族家の五分の四以上が賛成する場合は可決され、国王といえど無かったことには出来ないそうだ。

 これは三大公爵家に与えられた特権らしい。


「ここにいる者に問う!罪を捏造し、国民達が不作の中努力して納めた国庫に手をつけ、聖獣様の加護を盾に我々を脅すような王家など必要か!?我ら三大公爵家は不要と判断した!この判断に賛成するものはいるか!?」


 ロカルド様の声が会場内に響き渡った。

 この一月、忙しそうにしていたのは今日この時のための準備をしていたからだったのか。

 それに城の者達までもがこちらの味方なのはおそらく城の有力者である人物が協力してくれているのだろう。

 ロカルド様の問いかけに会場内にいる人々は歓声を上げながら拍手で答えた。


「この場には側妃の生家である男爵家以外の貴族家がみな集められているからな。全員の賛成をもってここにカルディナ王家の解体が決まった!」

 会場中が歓声で溢れており、涙を流し喜ぶ人もいれば肩を抱き合っている人もいる。

 皆がこの決定を喜んでいる。

 しかし国王はなにやら喚いているようだ。


「こんなのは無効だ、無効!お前達っ!聖獣の加護をもつ我らになんと無礼な!この国の平和を護っているのは我ら王家なのだ!こんなことをして聖獣が黙っていないぞっ!」


 またもフェニ様を盾に脅そうとするなんて許せない。

 そう思い口を開こうとしたその時、


『お前がこの国の王か』

「フェニ様!?」


 今日はポーチを持ち歩けないので留守番をしてもらっているはずなのになぜか姿を現したのだ。

 しかもモフモフではない立派な姿で。


『あぁオルガ、驚かせてすまぬな。この王家に与えていた加護が先ほど完全に消えたから様子を見に来たのだ』

「えっ!それってまずいんじゃ…」

「そ、そこのバケモノ!お前は何なんだ!さっさとこの城から出ていけっ!」

「…あれだけ言ってたのにフェニ様のこと知らないの?」

『オルガ、こやつの頭は馬鹿なのか?』

「なっ!?」

「ちょっとフェニ様!そんなこと私に聞かないでよ!それよりも力が戻ったの?」

『馬鹿の考えることなど分からぬよな。すまぬすまぬ。そうだ。数日前に戻ったのだがなかなか言い出せなくてな』


 数日前ということは数日分は余分に気絶して寝ていたことになるが、まぁそれくらいは大目に見てあげることにする。


「そっか。それじゃあこれからは寂しくなるね」

『何故だ?』

「なぜって…。だって力が戻ったのなら私の側からいなくなっちゃうんでしょ?」

『ん?我はオルガの側にいるつもりだぞ?』

「えっ、そうなの?それならよかったぁ!じゃあこれからもよろしくねフェニさ… 「ええい!いい加減にせんか!」あ、忘れてた…」


 フェニ様との会話で先ほどの出来事などすっかり忘れてしまっていた。

 そういえば今はそれどころではなかった。


「忘れてたなどとっ…!貴様は許さん!息子との婚姻も無しだっ!」

「ち、父上!それじゃああの女を教育できないじゃないか!それに聖魔力も手に入らない!」

「そんなことどうでもいい!わしを怒らせたやつを生かしておくわけにはいかぬから、なっ!」

「っ!?」

「「オルガっ!」」


 国王はどこかに隠し持っていた短剣を私に向かって投げてきた。

 エリザとルシウスの叫び声が聞こえてきたが私は突然のことで避けることができずその場で目を閉じて衝撃に備えた。

 だがいつになっても痛みはやってこない。

 恐る恐る目を開けると私を覆うように結界が張られていた。

 私に向かってきた短剣は結界に触れて消滅したようだ。


「な、な、なっ!?」


 国王は驚きで言葉を失っているようだが私も驚いている。

 なぜかというとこの結界は私が発動したものではないからだ。

 それなのに結界が発動しているということは私以外の誰かが発動させたということだ。

 そんなことができるのはあの方のみだ。


『我が名はフェニックス!我が愛し子を傷つけるやつは我が許さぬぞ』

「なっ!…せ、聖獣だ、と?」

「あれが聖獣様…」
「なんと神々しいお姿だ」
「ああなんて素晴らしい」


 国王の戸惑いの声とは違い、会場にいる貴族からは喜びの声があがった。


『オルガ大丈夫か?』

「う、うん!フェニ様のおかげで助かったよ!ありがとう!」

『うむ。それでどうするか決めたか?今この国の加護はそこにいる愚か者共のせいで消えてしまったが、望むのならオルガに加護を与えよう』

「わ、私は…」

「お、おぉ!聖獣様!わしにも加護をあたえてくれるのか!」

「平民がもらえるなら当然俺にもくれるんだろうなっ!?」


 国王と王太子は今の状況を全く理解できていないようで、自分にも加護をくれと騒いでいる。


『…こやつらは本当に救いようがないな。こやつらを黙らせろ』


 フェニ様の発言にロカルド様が動いた。


「はっ!お任せください。衛兵!国王と王太子、それに側妃を拘束しろ!それと口には猿ぐつわをしておけ!」


 ロカルド様の号令で城の衛兵達が動き出した。

 そしてあっという間に三人は拘束され猿ぐつわを噛まされ床に転がされている。


『うむ、これで静かになったな。オルガよ、そなたはどうしたいのだ?』

「私は…」


 私が出した答えを伝えるときが来た。

 この答えによっては自分の人生が百八十度変わってしまうかもしれない。

 けれど私は決めたのだ。

 自分だけの平和じゃなく、この国に住む私の大切な人達の平和も、さらにその大切な人達の大切な人達の平和も護りたいと。


「私はフェニ様の、聖獣様の加護を受けます!」

『よかろう。我が愛し子オルガよ。そなたに加護を与えよう』


 するとフェニ様から金色の光が私に降り注いだ。

 その光はとても暖かく綺麗で、まるで夢の中なんじゃないかと思うような光景だった。


『ここに我の加護を得た聖女が誕生した!皆のもの。この国の平和は聖女オルガとともにあるということを忘れるでないぞ』


「「「ワァーーーーーー!!!」」」


 会場内に歓声が響き渡った。


「聖女様が誕生した!」
「これで領民達も救われる!」
「息子の釣書を用意せねば!」

『では我は先に戻るとしよう。オルガよ、待っておるぞ』

「ありがとうフェニ様!」


 そうしてフェニ様はこの場から去っていった。

 フェニ様が去ってもなかなか会場は落ち着くことはなかった。

 それもそうだろう、初めて見る聖獣様と新たに誕生した聖女に興奮しているのだ。

 だがいつまでもこのままというわけにはいかない。

 私は口を開いた。


「みなさん、お静かに!」


 口を開いた瞬間、優しい風が私の頬を撫でていった。

「?」


 辺りを見回すとエリザと目が合った。

 どうやらエリザが私の声を風に乗せてくれたようで、一人また一人と私の言葉が届いて静かになっていった。

 そして視線が私に集まった。

 さすがに沢山の視線に後退りしそうになったがなんとか耐えた。

 ただ何を言えばいいのか思い付かなかったのでロカルド様にお任せすることにする。


「みなさん、今日は沢山の出来事がありました。聖獣様が現れたことも、私が聖女になったことも。でもその前にこのパーティーで起きたことに決着を着けないといけません。ですよね、ロカルド様?」

「あぁ、聖女様の仰るとおりだ。この国にとって喜ばしい出来事があったが、またこの国にとって許しがたい出来事があったこともまた事実。我々は今日の出来事に向き合わなくてはならない。衛兵!この者達を牢に連れていけ」


 床に転がされていた国王達は衛兵によって牢へと連れていかれた。

 三人ともパーティー会場から出るまでずっと喚いていたが彼らに同情の余地はない。

 この国がこれからどうなるのかは分からないが、私の結婚は無事に回避できそうでひと安心だ。

 この後のことは大人にお任せしてすでに疲労困憊の私はエリザと一緒に一足先に会場を後にしたのだった。
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