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しおりを挟む屋敷の裏口から入り応接室に通された。さすがキルシュタイン公爵家。ハーストン男爵家の応接室などと比べ物にならない広さに高価な調度品。むしろ比べる方こと自体が失礼だと思うほどだ。
一緒に馬車に乗っていた侍女の方にお茶を淹れていただき、改めて執事服の男性と向い合わせでソファに座った。
「改めまして、私はキルシュタイン公爵家で執事長をしておりますキースと申します。そしてこちらが侍女長のマチルダです。なにか分からないことがありましたら私かマチルダに聞いてください」
「マチルダです。よろしくお願いいたします」
「レイラ・ハーストンです。よろしくお願いします」
「業務内容ですが、この業務は機密性の高い業務となります。こちらが契約書になりますので確認をお願いいたします」
執事服の男性、キースさんから契約書を手渡された。機密性の高い業務とは一体何なのだろうかと思いながら契約書に目を通す。
「!?」
しかし私は契約書の一文目から先を読むことができなかった。なぜなら一文目に衝撃的な業務内容が書かれていたからだ。
「『キルシュタイン公爵家当主ヴィンセント・キルシュタインの婚約者業務についての契約書』…?え?婚約者…?」
「はい。あなたには公爵様の婚約者になっていただきます」
「え…?は、はいーーーーーっ!?」
大声で叫ぶなど貴族令嬢としてどうかと思うが、これは叫んでしまっても仕方ないと思う。
(ぎょ、業務内容が『キルシュタイン公爵様の婚約者』ってどういうこと!?やっぱりあの時に辞退しておくんだった!)
しかし時すでに遅し。契約書を目の前にしてやっぱり辞めますなんて言い出せるわけもない。私は諦めの境地で契約書を読み進めていく。すると気になる文言を見つけた。
「期間は一年間?」
「はい。婚約者になっていただく期間は一年間です。それに婚約者と言っても本当の婚約者になるわけではありません」
「…ではこれは一年間公爵様の婚約者のふりをする仕事ということですか?」
「そのとおりです。契約書にも書いてありますが期間の延長はございません」
「一年経ったら契約は終了ってことですね」
「はい。しかしあなたがこのままここで働きたいと希望すれば使用人として雇うことは可能です。また他の場所で働きたい場合もできる限りの援助をいたします」
「なるほど…」
婚約者という言葉に驚いてしまったが、たしかにそれならあの破格の報酬には納得だ。
「婚約者の業務として座学やマナー、ダンスなどを学んでいただきますが、それ以外の時間は基本的にこの屋敷で自由に過ごしていただいて構いません。それと公爵様との交流は公式の場のみになります」
「…」
この言葉が本当なら一年間高位貴族の教育を受けられ、かつ空いた時間はのんびり過ごすことができて、必要以外は公爵様と関わらなくていいということだ。それで報酬が月金貨五枚で衣食住の心配もいらない。そう考えるとすごくいい仕事ではないだろうか。
「もちろんこのことは口外してはなりません。口外した場合は相応の処分をしますのでお気をつけください」
「は、はい!」
どんな処分をされるかは想像するのも恐ろしいが秘密にすればいいだけのこと。それに一年経ったら次の仕事まで斡旋してくれるのだ。こんなにいい条件の仕事はそうそうないだろう。
「よろしければ契約書の最後に署名をお願いします」
「…わかりました」
私はキースさんに言われたとおり契約書の最後に署名をする。そしてそれをキースさんに手渡した。
「これで契約は完了です。今日から一年間よろしくお願いしますね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「では今日はお疲れでしょうから部屋でゆっくり休んでください。業務は明日からにしましょう。マチルダ、あとは頼みます」
「わかりました。それでは部屋にご案内します」
「よろしくお願いします」
そうして部屋に案内された私は一人になったところでベッドの上に倒れ込んだ。さすが公爵家だ。ベッドはとてもフカフカである。
「はぁー。なんだかすごいことになっちゃったな」
あの求人がまさかキルシュタイン公爵様の婚約者を募集する求人だなんて誰も想像できないだろう。私もどこかの貴族の使用人の求人だと思っていたのだ。それが気づけば私は今日から公爵様の婚約者(仮)になっているのだから、人生とは何が起こるのか分からないものだなとベッドの上でしみじみと感じていた。
「まさか公爵様の婚約者業務だとは思いもしなかったけど。まぁ一年だけだしなんとかなるかな」
一年なんてあっという間だろうし、せっかくの機会だから学んで稼がせてもらおう。何事も前向きに捉えれば得られるものはたくさんあるはずだ。不安がないわけではないが今から不安になっても仕方がない。
「業務は明日からって言ってたから今日はお言葉に甘えてのんびりさせてもらおうかしら。さすがに到着してすぐに面接だったから疲れたー。それにベッドがフカフカだから気持ちよくて、眠くなってきた…」
どうやら二週間の馬車での移動と面接の緊張で疲れがピークに達していたようだ。気づけば私はそのままベッドで眠ってしまうのであった。
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