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出撃No.013 思惑と帰還

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 レオパルトラム、長距離通信室。

「申し訳ありません。本国の誇りであるレオパルトラムを損傷させただけでなく、多大な損害を出したうえに戦闘機1機も鹵獲できないとは。言い訳のしようもありません」

 艦長は元気の無い声で映像通信をしていた。映像には貫録ある男が映し出されているが、暗がりにいるため顔はよく見えない。

「簡単に手に入るものであったならば、それこそ大した事の無いものという証明になってしまう。それでも君には何かしらの罰を受けてもらわねば」
「仰せのままに……。皇帝陛下」

 震えの止まらない艦長は、頬を伝う冷や汗の感触に支配されている。

「この度の狙撃をどう思う? ニスカ、ベアトリスよ。」

 映像が分割され、ニスカとベアトリスが映し出される。

「おそらくレッドアロンの兄弟機でしょう。ベアトリスも同じ意見です」
「さようか? ベアトリス」
「はい。パレット計画で創られたレッドアロンの兄弟機でしょう」
「ニスカ! ベアトリス! なぜ兄弟機の存在を黙っていた!」

 他の脅威がある事を知っていながらも、その情報を出さなかったニスカとベアトリスに対し艦長は怒りを露にするが、確実な情報ではないので伝えなかったと流されていしまい、さらに激昂してしまう。

「もうよいわ! わざわざ我にくだらぬ喧嘩をみせるつもりか?」

 皇帝の一言で3人は黙り込み、艦長は映像越しでも分かるほど震えている。
 皇帝はレッドアロンの実力が証明されたことと、兄弟機が実勢配備されていることが分かっただけでも良しとするとし、新たな作戦の立案のために全員本国に戻れと命令を下す。

「レッドアロンさえあれば、私は世界をも!! ふはははははははは!」

 皇帝は内に秘めた野望があふれ出ていくような笑いをし、映像通信は切られる。

 レオパルトラム艦長は通信室から廊下に出て、自室に戻りながら考えを巡らせる。
 レッドアロンには驚かされた。この目で見るまでは半信半疑であったが、数発のミサイルに耐える装甲・速度・兵装・機動性・レーダーに映らないなど、現代兵器では到底到達できない性能を持っている。
 皇帝陛下が欲しがるのも不思議ではないのが分かるが。

 だが戦闘を終えて今になって考えてみれば、一番恐ろしいのはレッドアロンのパイロットだ。あの情けない飛ばし方を見せられて思い至らなかったが、ミサイルの直撃を受けて飛んでいられるパイロットがいるだろうか?
 いくら装甲が強固であろうと衝撃は伝わる。普通ならば意識を失ってもおかしくは無い。衝撃で落下している間もまともな平衡感覚すら得られないだろう。
 だがあのパイロットはそれをやってのけた。

 やはりニスカもベアトリスもまだ何かを隠している。今回は皇帝陛下のお言葉で身を引いたが、次は必ず吐かせねば。そうでなければ空に散った戦士の魂が報われない。
 それにあの2人は本気でレッドアロンを鹵獲しようとしているとは思えん。今までももっとやり方があったはずで、わざとレッドアロンが動き回るようにしていると感じる。

 まるでレッドアロンを餌に争いを生んでるようだ。……いや、ニスカはアンティカルに忠誠厚き将校だ。考えすぎか。

 部下に見られないよう自室の入ってからため息をつく。
 コーヒーを入れて一口飲んでから机に置き、椅子にぐったりと腰掛け、先の戦闘の報告書に手を伸ばし広げてみる。

「敵の推定スナイピング距離不明か。兄弟機ですら化け物の様な性能じゃないか。さしずめ謎の射者といったところか」

 規格外の脅威に恐れを抱きはじめていた。





 ベアトリスとニスカは太平洋に漂う空母の甲板で、海を見ながら話している。

「またとんでもない化け物機が登場したものですね」
「奴らもついに表舞台に現れ始めたか」
「ニスカ大佐、こんなに日本に接近して大丈夫ですか?」
「ここはまだ国際海域だ。見つかったところで何も言われんしな」

 日本の国防軍では現在、領空侵犯をした所属不明機と戦闘になり撃墜までしたことで緊張が高まっている。ベアトリスは無用に注意を引きたくないと思っているので、話しながらも哨戒機などの警戒をしている。

 「その件に関しては日本に潜伏中のスパイからの情報だと、国民には国籍不明機を撃墜とだけ発表されたそうだ。いきなりアンティカルの空母に何かすることはできんよ」
「彼らが隠したいのは空戦の事実ではないということですね」

 日本が隠したいのはレッドアロンそのものであるということ。あのような兵器が存在するとすれば、国・組織・団体とわずに、奪おうとする者、技術提供を訴える者、廃棄を訴える平和主義者が現れることは明確であり、どうなろうと日本は平和でいられなくなる。

 前大戦で国を守りきり、一部からは平和の象徴とまで言われている現在では、日本がレッドアロンという超兵器を持っているわけにはいかない。

「ベアトリスの言うとおり兄弟機が存在するということは、あのパレット計画で完成していたのはレッドアロンだけではなかったということか」
「あの計画で予定されていた機体は5機。全て完成しているのなら本物の脅威となります」
「君がこの情報と計画を持ってきてくれたことには感謝している。私を加えてくれたこともな。だがレッドアロンの情報はどこから持って来たのだ?」

 ベアトリスは休息をとる為に戻ろうとし、ニスカに背を向け無言の回答をする。
 だが立ち止まり1つだけニスカに伝える。

「そうだ、あのレッドアロンのパイロットですが。……侮ってはいけませんよ、彼はレッドアロン以上の脅威となる」
「どいう事かね?」
「彼はそうなるように創られました。私のようにね」

 ベアトリスは一旦振り返り日本の方向を見ながら、口の端だけで笑ってみせた。





 太平洋を飛ぶレッドアロンにもやっと日本が見えてくる。

 時間は正午を過ぎ、僕はいやでも空腹感が体を駆け巡るのを感じる。そういえば昨日の昼から何も食べていないんだっけ。望愛は数ヶ月あのままって言っていたが、お腹が空かないのだろうか。
 やっと家に帰って来たと思ったら急に力が抜けていく気がした。

 望愛はレッドアロンをまた朱ヶ山の頂上付近に着陸させ、そこで僕を降ろしてくれるそうだ。でもこのあと望愛はどうするのだろう。帰る家はあるのだろうか? 家族はいるのだろうか。

『なあ、望愛はどうするんだ?』
『仲間の元に帰るわ』

 家族ではなく仲間と言った。なんかこれ以上詮索するのは躊躇われる。それに頭痛のこともあるからあまり答えてくれないと思うのが無難だろう。

『あたしも、今は知らない方が幸せだと思うわ』

 僕の心境を察して気遣ってくれた言葉のはず。冷静に考えれば望愛が僕に向けた優しさ。でもここ数日に感じた死の恐怖や戦闘でのストレス、凝縮された多くの出来事は僕の心を疲弊させていたようで、ひどい言葉をかけてしまう。

『なんだよそれは! いきなり巻き込まれて、死ぬ思いして、自分の知らない自分のことを知らせといて! 疑問ばかり残して! 今度は知らない方が幸せだ? そりゃ自分は良いよな? 何でもご存知のようですから。さぞ優越感に浸れるだろうな。君に今の僕の気持ちは分からないさ!』
『……!』

 やってしまった。何でこんなことで怒ってしまうんだ。これでは情緒不安定じゃないか。違う、僕はこんなことが言いたいんじゃない。

『あなたにだって、この中でずっと1人で過ごす気持ちなんて分からないでしょ?』

 望愛の心の叫びを聞いて僕はやっと冷静になることができた。鈍感な僕にも望愛が見えない涙を流していることが分かる。

 望愛は僕と再会できた事がどれほど嬉しかったかを話始める。

『本当に嬉しかった。墜落してからどんなに時間がたったか分からなかったけど、この子の中で目が覚めて、あなたに会ってあなたと話すことができたから。本当はいけないことだって分かっていたのに、あなたしか頼れる人がいなかった』
『ごめん。僕は自分のことしか考えていなかった』
『いいえ、あなたのせいではないわ』

 あんな酷い事を言った僕に、まだ望愛は優しくしてくれる。投げかけてしまった言葉の罪悪感で胸が締め付けられる思いだ。

 少しだけ望愛が朱ヶ山に墜落した時の話をしてくれた。墜落したことを話しても頭痛が起こらないと判断したそうだ。

 まず朱ヶ山に墜落した日、望愛はレッドアロンを百色島からとある所まで緊急輸送していたいう。だが太平洋上空で金色の戦闘機に襲われ、逃げることしかできなかったと。
 詳しくは教えてくれなかったが、あのオーロラを纏った赤鳥の姿は特殊なシステムを起動した時になる姿で、本来は望愛だけでは使えないが逃げるために強制起動したと。
 強制的に発動した反動で意識薄弱になってしまい、本能に近い感覚で、頼れる人として思い描いた僕がいる街に来てしまったとの事だった。
 その後意識を失って朱ヶ山に墜落、負担が大きくそのまま眠り続けたという。
 望愛がいたレッドアロンと遠隔でリンクするためのカプセルは、強制的に体を仮死状態にし生命を維持する機能もあるそうだ。

 そして僕が初めて少女の声を聞いた夢を見た日が、望愛が目覚めた日であった。

『あたしが緊急にレッドアロンを輸送したのは、あの百色島の施設が襲撃されたからなの』
『銃撃戦の跡があったからな』
『襲撃してきた部隊の正体もわからないし、リンクルームのあたしだけが残された理由もわからない。殺されてしまった人達の遺体も、施設いたはずの人達もいなかった。あたしも分からないことだらけよ』

 望愛は機体に閉じ込められた状態で1人不安に耐えてきたわけだ。僕が思うよりもとんでもなく強い人だ。

『あなたの居場所は事前に聞いていたし、もしあなたの覚醒が進んでいれば量子テレパシーが』
『ぐうううう!! 待ってくれ……頭痛が……』
『ごめんなさい!』
『……大丈夫だよ』
『本当にごめんなさい。話しすぎてしまったわね』

 望愛にまた気を使わせてしまったようだ。

 あとは互いに無言のまま僕達は朱ヶ山に着いていた。
 もう夕日になった太陽はレッドアロンの色を更に深くしていく。
 洞窟の前に垂直に着陸し、車輪のスプリングが衝撃を吸収しきれずに僕はまた操縦席ではねてしまう。
 着陸と共に操縦席が開き、夕日の光に僕は眼を細めた。

 操縦席から飛び降り、レッドアロンの数メートル前にでる。

『家に帰るのね?』
『うん。また会えるのかな?』
『あなたが望むなら』
『……僕は自分を知ることを放棄したわけじゃないよ』
『分かったわ。またね』

 レッドアロンの操縦席が閉まり、赤い線光が漂い始める。
 重力を無視して浮かび上がり始め、車輪を格納しどんどん空に登っていく。


 またね、か。それはいつになるのだろうな。
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