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出撃No.001 夢と声

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 今、またこの夢を見ている。数か月前に起こった出来事だ。

 夜寝ていると、妙な感覚に襲われて目を覚まし、カーテンから光が見えるのに気づき窓の外を見た。
 美しい赤色せきしょくのオーロラを鳥形に纏った何かが、近くの山に落ちて行く。
 その光景になぜか懐かしさを感じ、強烈に心を惹かれた。そして何か忘れていることがあり、それを思い出さなければいけない奇妙な感覚を覚えながら。

 誰かが僕の側に居てくれた、大切な人達がいた気がする。
 それ以来この光景を夢として度々見るようになったが、今回は今までで一番鮮明であり、初めて誰かの声が聞こえる。誰かを探している声、少女の声が。

 それ以外はいつもと変わらない朝。たまにこの夢を見るからか、今更珍しくもない朝だ。
 今回は少女の声が聞こえた気がするが、ほとんど何と言っていたのかも、誰を捜しているのかも分からない。
 気持ちを切り替えて、僕はあくびをしながら部屋を出てリビングに向かう。

「午前7時、本日のお天気をお伝えします。本日は昨日まで続いた記録的大雨からは、想像も出来ない程の快晴となり……」

 いつもと同じ笑顔を振りまくニュースのお姉さんの声が、寝起きで活動していない僕の頭を貫く。いつもこの時間に起きてくる僕は、このお姉さんの天気予報を聞いて朝食を食べる。

 数か月前に起ったあの事件、赤色のオーロラを鳥形に纏った隕石が朱ヶ山あかがやまに落ちた事件。隕石とはいったものの、実際は隕石かどうかは分かっていない。あんなに派手で神秘的な見た目をしながら落下したので、当然目撃者も多かった。UFOだの、UMAだのと多くの憶測を呼んだが、真相は分からず結局隕石という事になった。

 とはいえ結局クレーターも見当たらず落下した物も見つからなかったので、TVで特集番組が組まれたりと大騒ぎになったが、その分あっという間に熱は冷めて忘れ去られていった。

 僕は1人世間から取り残されたように未だにあの光景を夢にみる。しかも今回は少女の声まで聞こえる始末。流石に自分でも病院に行こうかと思うほどだ。まあ、実害はないけど。

流星りゅうせいはまだ眠そうね。夜更かしでもしていたの?」

 そう言いながら母さんが朝食をテーブルに置いてくれ、僕が座ると腹は唸り声を出し催促を始める。
 いただきますと口に出した僕に、笑顔を向けて母さんは台所に戻っていった。

「おはよう、流星」

 ほぼ同時に、父さんが寝癖を付けたまま階段を降りてきた。
 向かいの席に座り、丸められた映像新聞を広げ真っ先にに経済覧を表示するのはいかにも父さんらしい。
 僕に向けられた背面には番組表が映し出され、今日の日付がのっている。2027年5月24日、月曜日。また5日間、学校に行かなければならないという現実を突き付けるには充分すぎる情報だ。

 母さんは父さんの前にも、僕と同じ朝食を置いた。
 テレビに目を移すと、天気予報が終わり通常のニュースに番組は進行している。どうやらどこかの国で紛争が起きたらしい。前大戦の爪痕が残る中で、まだ争う余裕がどこから来るのか不思議に思う。

 あの大戦では日本は国防に徹し、他国の侵略を許さず、他国の侵略もしなかった。そのおかげか、日本は世界で最も被害が少なく、経済への影響もほとんど無かったので、今となっては他国が完全復興するまでに半壊した国連の代表をも務めている。
 今では平和の象徴なんて一部の国では言われているが、当然批判にもさらされている。
 歴史上最大の世界大戦が行われている事など、僕のような一般の家に生まれた普通の子供は、大戦が行われている事などテレビと新聞の中だけの事だった。

「そろそろ、学校に行く時間じゃないの?」

 母さんにそう言われ、僕は急いで残っているものを口に放り込み、やっとのこと飲み込むと洗面所へと駆け込んで身支度を整える。制服に着替え、学生鞄を片手に玄関へと急いだ。

「行ってらっしゃい、もう学校には慣れたでしょ?」

 母さんは、弁当箱を僕に渡し笑顔を向けてくる。

「うん、入学してから2か月経つしね。行ってくるよ」

 僕は勢いよく玄関を開けて、外の空気に包まれていった。
 高校に入学して2カ月が経とうとしている。流石に慣れてきたのか、窮屈な制服もだいぶ着こなせるようになってきた。通学路の風景も今さら珍しいものもない。
 家から出て数分、1軒家が立ち並ぶ住宅街を数回あくびをして歩く。

「おっす!、流星!」

 僕の静かな朝を多少なりとも騒がしくする、8割がた女性の話しかしない奴が、雀の囀りを突き破って声をかけてきやがった。

「おはよう竜輝りゅうき。朝からうっとうしいくらいの元気だ」

 振り返ると、そこには短髪で簡単に制服を着崩している、いかにも適当そうな雰囲気をかもし出した同級生男子が立っている。

 「つれない事をいうなよ。それよりさ、2組って女子のレベル高いよな~」

 挨拶もなく早速女子の話を始める。今日はとっておきの女子ネタを仕入れて来ただの、くだらないモテる男大作戦だのと、よくもまあ朝からこんな話せるものだ。まあ適当に相槌を打っていれば話が進むから、実は男友達としては付き合うのに楽だったりする。別に僕も嫌いなわけじゃないしな。

「お前さ、朱ヶ山知ってるよな?」
「え? ああ、知っているも何も僕の家から歩いて15分程度だ。むしろ学校に行くより早い」
「よしよし、いいぞ!」

 突然話題を変えられたので驚いたが、その後こいつが話し出したのはなんとも呆れた途方もない話だった。赤鳥の隕石の正体を探るミステリーツアーをやろうというものだ。

 理由を尋ねたが、案の定女子を誘って男らしい姿を見せてモテようという話だった。いつも不思議なのだが、こいつは彼女を作るとは言わないで、モテようと言うだけなのだ。

「なんだよ、興味無さげじゃん」
「当たり前だ。脳が活動しだしたばかりで、ミステリーだの都市伝説だのと話をされたら、誰だってこうなると思うぞ」

 数ヶ月前に起こったあの赤鳥の隕石事件。鳥の形をした赤く伸びるオーロラ状の線光せんこうを出していた、謎の隕石。それすらこいつの手にかかればネタにされてしまうのか。
 僕としては夢の件もあるから別の意味で興味があるのも事実だが。

「でな、お前の家近くだったような気がしたから話を振ってみたってわけさ。なにか詳しいことを知っているかと思ってな」
「地面に叩きつけられたと思われる時の轟音とオーロラ状の赤い線光、警察とかいろんな機関が調査したけど何も出なかった、知っているのはそれ位だ」
「そうか……、じゃあ今度下見に行かないか?」

 せっかくのご指名ではあったが、僕は丁重にお断りさせてもらった。うれしドッキリハプニングや女子と2人きりになった時など、いろいろセールスをされたが結局僕の結論は変わらないままだ。

 実は正直な所、やっぱり夢の事もあるしなにより僕も年頃だ。女子に興味があるのは確かだが、中学の頃、いや、小学生の頃からモテない街道一直線、バレンタインも普通の日で過ごしてきた僕は15歳にして悟りを開きそうになるほどの境地に達している。

「それに予定があるのも本当だ。父さんの作ったゲームのテストプレイがあるからな」
「親がゲーム会社ってのは羨ましいな。毎回発売前のゲームやり放題だもんな」
「そうでもないぞ。もう何年も開発を続けてて、毎回同じゲームをプレイしてるから飽きてきたよ。いつ発売するんだか」
「戦闘機のゲームだっけか?」
「そうなんだよ。家に操縦席を再現したシミュレーターまであるし、ゲーム自体がもの凄くリアルだから本当に戦闘機を操縦している気分だよ。おかげで戦闘機の事も詳しくなったし、空戦までこなせるようになったし。あれ売れるのかな?」

 なんてことのない会話を続け、住宅街を抜けて上り坂になっている桜並木の道に出た。
 坂を登りきると学校が見えてくる。最初に見える正門を通り過ぎると、野球部と思わしき人達がかなり気合を入れた掛け声で校庭を走っていく。

 そういえばほぼ毎日竜輝と登下校をしている気がする。入学式で知り合いそれからの付き合いだが、こいつの思考は分かりやすくある程度理解しているつもりだ。最初は合わないと思ったが、今では一番仲がいいかもしれない。
 1階の教室、1-5に到着し席に着いた。僕は最初の席替えで窓際後ろから2番目という、非常に良いポジションを得ることができた。

 後ろの席に、

「はぁ、もう眠いぜ」

 竜輝がいなければだが。

 窓の外にゆっくりと目線を移すと今朝話していた場所、朱ヶ山が高層マンションの隙間から顔を覗かせている。改めて眺めて見ると朱ヶ山は富士山に似ている形をしている。木が生い茂った小柄な富士山と言った所か。
 昔よくあの山に登った。子供の頃は大きく見えたあの山も、今では小さく見えている。
 そういえば1つ竜輝に言い忘れていた。
 今朝の夢で、あの隕石騒動の光景を見た時少女の声が聞こえたことを。
 まあ余計な事を竜輝に話さなくて良かった。夢の話をして変人扱いされても嫌だし、のちのち面倒なことに

『………』

 その時、言葉では聞き取れなかったがあの声がした。

『彼はどこにいるの? もう見つかってしまったかもしれない。やっと目が覚めたのに』

 今度は、はっきりと聞こえた。
 いや、頭の中に直接響いてきた。

 誰に教えられた訳でもなく、そのまま頭の中で聞き返してみる。なぜだか分からなかったが、ただそうすればいい気がした。体を置いて心だけがどこかに行ってしまうような感覚。
 不思議な事に恐怖や不信感が生まれず、それどころか妙な懐かしさを感じている。隕石を見たあの時と同じ懐かしさを。

『誰を捜しているの?』
『声? 見つけた! 助けて!』

 この声は、朱ヶ山から届いているように感じる。

「痛て!」

 先生に出席簿で頭を叩かれ、僕は我に帰った。
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