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二章

16.マドレーヌ

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「最近暑くなってきたわねー」
「なんかやる気出ないわよね。そう言えば旦那様もジーク皇子と遠征に行ったのよね? 次はいつ帰って来るのかしら?」
「さあね、でも最近のジーク皇子の快進撃はすごいわよね。三ヶ国同時制圧ですって」

 昼食後の休憩時間、食堂にいた他のメイド達が井戸端会議をしていた。
 
「すごいわよね、でも聞いた?本城ではとんだ暴君らしいわよ?このまえなんて言うこと聞かなかった側近をその場で斬り殺したらしいわ」

「「「えー!!!?」」」

 彼女達は世情に疎い私の貴重な情報源なのでとてもありがたい。

 どうやらこの国の第一皇子は中々の戦争好きらしく、皇帝が床に伏してからめっちゃ暴れ回っているようだ。

 周りが手に負えないほどの難ある性格で、それを危惧した貴族たちは既に第一皇子派と第一皇子派で分かれているとか。

 しかし誰も第二皇子のことを見たことが無いらしく、存在が謎に包まれていた。

 ま、自分には大して関係の無い話だ。
 私は誰がこの国を治めようが正直どっちでも良い。それよりも今は手元の本を読むので忙し――

「フィオネそれ、なんの本なの?」
「私も気になってたー!」
「”優しい料理の本”......?だって」

 いつの間に話が終わった三人が私に声をかけてきた。
 そう、私は昨夜シウォンの書庫から拝借した本を自力で解読していたのだ。

「こ、これが作りたくて。でもあんまり字読めないから......」

 話しかけられるとは思っていなかったので動揺する。

「私読めるから読んであげる! えーっとマドレーヌの作り方。材料は薄力粉、砂糖、バター、卵、バニラ――ねえこれ、美味しそうだし今ちょっと作ってみない?」
「さんせーい!なんか面白そう」
「いいわねー!ねっフィオネいいでしょ?」

 突然三人が作ろうと言い出したので私は流れに乗ってそのままマドレーヌを作ってみることにした。

 実はお菓子作りは初めてだ。
 一度深夜の厨房で挑戦してみたが、とんでもないことになったのでこの記憶は封印することにする。

「えーっとまずはー」

 彼女の言うことを簡単にまとめると作り方はまず、ボウルに砂糖と卵を入れてよく混ぜる。

 混ざったら薄力粉をふるいにかける。

「あっ難しいわねこれ、ちょっとこぼしちゃったわ。フィオネ、バターはどう?」

「いい具合に溶けたよ」

 ちなみに私はバターを湯煎にかけて溶かしている。レシピにはとんでもない量のバターを使えと書いているのでとりあえず従ってみる。

 そしたらバニラビーンズを入れて混ぜ、風味を付けたら取り出す。

 材料を全て混ぜた後、型に入れて空気を抜き、二十分焼く。これで完成はずだ。

 焼いている間、食堂には甘いバターの香りが充満した。

「早く焼き上がらないかしら?」
「ちょっと私も見たいわ。押さないでよ」
「押してないわよー!」
「......」

 オーブンの前を四人が中を覗き込み、ぎゅうぎゅうだ。
 そうして焼きあがったマドレーヌはちょっと焼きすぎたのか表面が茶色になっていた。

「焦げちゃった......?大丈夫かしら」
「でもほら!中見て。ちゃんと火が通ってるわよ」
「大事なのは味よ、味!」
「ごくっ」

 そして私達は一斉にマドレーヌを口に運んだ。

「「「「......」」」」

 沈黙の後、ごくっと一口飲み込むと、その場にいた四人は目を見開いた。

「おっ美味しいわねこれ......」
「うん、バターをあれだけ使った甲斐があるわ」
「生地も甘くてしっとりね。いくらでも食べちゃえそう」

(おいしっ......)

 バターを沢山使った割には軽く、しっとりしていて食べやすい味だ。私は手が止まらず結局七個も食べてしまった。

「ふぅ、美味しかったわね。あ、そろそろ持ち場に戻らないと。フィオネ、また今度何か作りましょうね」

その言葉に首を素早く縦に振る。
それから三時のおやつにちょくちょくマドレーヌが作られるようになったのは言うまでもない。
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