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一章

15. 僕は幽霊?

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 ヘリンが寝静まったのを見計らってベッドをそーっと出る。私が忍び足で一歩踏み出した瞬間、

 ガバッ。

「そっちに馬走らせてもしょうがないでしょ......。背後からいくの......よ。ばかぁ......。むにゃむにゃ」

 びっくりした。寝言か、良かった。
 それにしてもヘリンは一体どういう夢を見てるの。

 私はゆっくり部屋を出ると駆け足で食堂に向かった。
 棚の上に隠して置いたサンドイッチが入った容器がある。

 私は自分の部屋から持ってきた巾着に容器を入れた。それと、きっと飲み物も必要だよね?

 私はコップに水を入れるとそれを手に持ったまま地下に向かった。

 階段を降りきった先、昨日と同じ月明かりが廊下を照らしている。
 どんどん進んでいくと人影が見えた。

 (ホッ......)

 良かった。昨日のことは夢じゃないみたい。

 シウォンは座って月を見ていた。
 こちらには気づいていないようなので声をかける。

「シウォン、きたよ」

「!フィオネ」

 その瞬間、シウォンが嬉しそうに振り向く。
 月明かりで照らされた銀髪は昨日より綺麗に整えられている。
 そして服も普通の服になっている。着替えたのだろうか?

「フィオネが来るから着替えたんだ。髪もいつまでもボサボサじゃまずいしね」
「そうなんだ。はいこれ、サンドイッチと水。ちょっと時間経ってるけど」
「わあすごい。いただきます」

 そう言うとシウォンはさっそく私が作ったサンドイッチにかぶりついた。

  ――ぱくっ、もぐもぐ。

 シウォンはサンドイッチを一気に三つほど食べて、水で一気に流し込んだ。余程お腹が減っていたのだろう。

「ど、どう?」

「......」

 返答が無い。どうしたんだろう?まさかまた失敗したのかな私。

「ぷはっ、美味しい」

 シウォンはにっこり微笑み、私にお礼を言った。

「! 良かった。ずっと黙ってるから美味しくないのかと思ったよ」
「味わってたんだよ。せっかくフィオネが作ってくれたから。バターとジャムが入ってるんだね。僕の好きな味だ」

(この人、よっぽどお腹減ってたんだ)

 彼の食べっぷりに若干驚きながらも美味しそうに食べる表情を見て私はまたあの時の感情を感じていた。誰かに食べてもらうの、なんか嬉しい。

「そうだ。今日シウォンが教えてくれた字が役に立ったよ。ラベルでバターとジャムが分かったの」
「そうなんだ。僕で良ければまたいつでも教えるよ」
「そう?じゃあこれはなんて読むの?」

 私は日頃気になっていた文字をメモした紙を見せた。

「これはね......こうで......」

「へぇ、じゃあこれは?」

 そのまま他愛も無い会話は月がてっぺんに登るまで続いた。私はこんなに途切れずに会話ができる人に会ったことがなかった。

「ねえ、そろそろ聞いてもいい? シウォンは何者なのか」

 私は聞きたかった文字を全部教えてもらった後、思い切って昨日の続きを聞いてみた。

「実は、結論から言うと僕は孤児なんだ」

「こじ......」

 それはおおむね予想の範囲ではあった回答。
 
「名前は伏せるけど、ここの使用人の子供なんだ、僕。七歳ときにここに捨てられてそのままここに住んでるんだ」
「それで、今までどうやって生きてきたの?」
「ここは城の後ろが海に面してるでしょ?岩の近くの貝とか魚をとってなんとか暮らしてたよ」

 そう言って二の腕に力を入れて見せるシウォン。でも別に筋肉らしき物はない。

「それは......すごいね。シウォンはここから出ないの?」
「別に行くところが無いからね。それにここは使ってない書庫があって沢山本が読めるから離れたくないんだ」
「そっか。というか使用人達の中に母親が居るの?」

 あ、ちょっと踏み込みすぎたか。
 しかし彼はあまり気にしてなさそうに応えた。

「今はいないと思う。母は虐められていたから、僕を置いてそのままどっかに行ったんだよ。だから、帰る場所が無くなったんだ」

「......」

 想像以上の重たい話に私は気分が暗くなった。

「でもフィオネが来てくれて良かった。誰にも話せないままずっとここで一人だと思ってたから」
「シウォン......」
「あのスープ、実は母さんなのかと思ったんだ。ありえないよね。でもだから必死で全部食べたんだよ。すごい味だったけどね」

 シウォンは軽くおどけながら、笑って言った。
 それでも私はその表情の裏に少しの寂しさと悲しさがあるのを見逃さなかった。
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