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一章

14. ラベル

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「じゃあ、生姜は?」

 ――“Ginger”

「じゃあトマト」

「トマトはラベル無いよ。あとはこういうのがあるんじゃないかな」

 そのままシウォンはサラサラと迷いなく地面に字を書く。

 ――“Butter“  ”oil“  “jam”

「左からバター、油、ジャム。この字、見たことない?」

「......見たような気がする。ねえ、なんで厨房に置いてあるものを知ってるの? それにシウォンはどうしてこんなところに居るの?」

「知りたい? それはね――」
「それは?」
「......うっ、突然お腹が!」

 バタッ。

 次の瞬間、シウォンがいきなり地面に倒れた。

「お腹がすき過ぎて、思い出せない~何か食べるものがあれば思い出せるのに~うう~」
「......いきなりどうしたの?」

 私は全く動揺しなかった。
 何故ならシウォンは倒れる時完全な受け身をし、尚かつとてもわざとらしい演技で上目遣いをしてきたからだ。

「もぅ! ノリ悪いぞ~(泣)」

 呆れた目で見返すと、シウォンはちょっとだけ耳が赤くなっていた。

「話すのは構わない。だけどその前に食べ物を恵んでくれないか? ここ最近あまり食べてなくてね」

「食べ物? 良いけど......」

 よく見るとシウォンはかなり痩せている。
 少し顔を動かすだけで首の筋が縦に引っ張られる。手首も薄く、指は骨の形がハッキリと浮き出ている。

 その姿が以前スラムで暮らしていた自分と一瞬、重なった。

 私はなんとなく聞かない方がいい気がしてシウォンを問い詰めるのを辞めた。

「じゃあまた明日の夜になると思うけど、大丈夫?」
「! ああ、待ってる」

 そういった途端、シウォンはぱあっと表情を明るくして見せた。

 月に照らされて、真っ白な髪の毛がきらきらと反射している。その瞬間、なんだかちょっとだけシウォンのことが綺麗だと思った。











「フィオネ、今日はサンドイッチを作るんだが具は何がいいと思う?」
「うーんじゃあ、トマトと、レタスとジャム」
「うんうん」
「ゆで卵とキュウリ」
「いいな、それにしよう。作り方は大丈夫か?」

 私は自信満々に頷いた。
 なんていったってパンに具を挟むだけ!こんなに簡単な料理はない!

 私はまず、具材の準備をすることにした。
 野菜を水洗いして、まな板の上に乗せる。
 トマトは輪切り、レタスはちぎってきゅうりは斜めに切る。

 次にお湯を沸かして、卵を割らないようにゆっくりと入れた。そして塩を入れて味を付ける。

 出来上がったゆで卵はスプーンを使うと綺麗に剥けるとライアンが教えてくれた。

 ゆで卵を冷まして輪切りにしたら具材の準備は完了だ。
 私がパンに具を置こうとした時、ライアンからストップが入った。

「フィオネ、バターは?」
「バター?」
「パンにはバターを塗ってから挟むんだ。じゃないと野菜の水分でパンが濡れてしまうんだよ。そこの棚に入ってるから取っておいで。ついでにジャムも」

 私が棚を空けると中身の見えない調味料の入れ物がいくつか入っていた。

(一体どれだ......?ラベルを見ても分からな――)

“ b......tt......”  

(あ、これ昨日シウォンに教えて貰った字だ)

 私は完全には覚えていなかったものの見覚えのある部分だけでそれがバターだと気づいた。

“o...i” “...u...ar” “ja…m”

(ジャムはどれだっけ?なんか櫛みたいな文字が入ってたような)

“ja…m”

(これかな...?)

 私はなんとなくそのラベルが貼ってある容器をとった。

「よし、じゃああとはバターとジャムを塗って、具を挟んでくれ。切るのは俺がやろう」

 ホッ......。どうやら正解だったみたい。
 その後私は出来たサンドイッチを空の容器にいくつかしまい、戸棚の中に隠した。

 それを、とある幽霊に届けるために。
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