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一章

10. 深夜の実験

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 皆が寝静まった時間、私は深夜の厨房にこっそり忍び込んでいた。

 結局昨日は皿洗いと夕食の仕込み(野菜の皮を剥く)を手伝った。

 ぐぬぬ......。せっかく料理を教えて貰えると思ったのにライアンはとりあえず一ヶ月は見習いだなーっと笑って言っていた。

 私としては作る気満々だったが、人手も少ないし、最初は雑用しか任されないだろう。

 こうなったら自分でこっそり練習するしかない。
 私は暗闇の中で最小限の明かりで照らしつつ、まな板と包丁を用意した。

 (えーっと......何を作ろう)

 そういえばここに初めて来た時のトマトスープ美味しかったな。

 トマト、玉ねぎ、きのこ、あとなんだっけ?
 ああ、人参か。

 私は昼間盗み見た食材の配置を思い出し、各位置から少しだけ拝借した。

 まず、玉ねぎと人参を水で洗い、皮を剥く。
 昼間に練習したときは手を切りそうで怖かったが慎重にやれば大丈夫なはず。問題は――

 この、包丁だ。ライアンが切ってるのを見た感じはこう?見よう見まねで玉ねぎを切ってみる。

 サクッ。サクッ。

「切れた......」

 ぎこちないながらも半分程切っていくと、何故か急に鼻がムズムズし始めた。

 風邪でもひいたのだろうか?
 あれ、なんか目もしょぼしょぼしてきた。自然と涙が出てくる。

「うう、なんだこれ」

 泣きながら玉ねぎを全部切り終えた頃には、私は涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっていた。

(うええ、鼻水が止まんないんだけど!)

 そういえばライアンが玉ねぎを切る時に大きい眼鏡みたいなの付けてたかも。今度はあれを借りよう。

 食材を切り終えた私は鍋に水を入れて、火をかけた。
 スープなんて具を切ってお湯にぶち込めばそれで作れるし、きっと簡単なはず!

 お湯に全ての材料を入れ、そのままグツグツと煮込む。そしたら今度は味付けだ。

 コンロの近くには調味料の瓶が沢山並んでいる。

 よし、味付けは......とりあえず、塩かな?
 なんとなくフィーリングで近くにあった塩らしき瓶を手に取る。

「ん?」

 次の瞬間、白い粉の瓶がもう一つあることに気づいた。

(え、なにこれ。どっちだ?)

 よく見ると瓶にはそれぞれ文字が書かれたラベルが貼ってある。きっとここにそれぞれ名称があるはずだが、私は字が読めない......。

(じゃあ適当にこっちで――あっ、なんかこれ美味しそう。分かんないけど追加で入れちゃえ。あとこの赤いやつも......ってあれ?入れ過ぎちゃった。まあ大丈夫でしょ。最後にこれとこれも入れて、これでよしっと)

 そしてついに私のトマトスープが完成した。
 椅子に座り、早速皿に盛り付ける。

(うっ、すごい刺激臭......。この赤いやつ入れ過ぎちゃったかな?)

「いただきます......」

 私は意をけしてスープを一口食べた。

 ぱくっ、もぐもぐ。

 口の中に広がる刺激臭。と同時に舌にピリピリとした痛みが――

「うっ! げほっ、ごほっ」

 体温が一気に上がり、汗が吹き出す。心臓が脈を早くし、耳鳴りが止まらない。
 辛さと苦味が先に来たと思ったら、後味がめちゃくちゃ甘く、トマトの風味が消し飛んでいる。

 あまりの衝撃的な味に思考が停止し、私は悶え苦しんだ。

 急いで流し台の蛇口を捻り、水を飲む。

「はぁー、はぁ」

(ま、ま、不味すぎる!!!)

 結局そのあと私は三口ほど頑張ってスープを飲んだ後、泣く泣くリタイアすることに決めたのだった。
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