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一章

8. 指輪

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「ここが私達の部屋よ。あんたはそっち側を使って」

 夕食の後、部屋に案内された。どうやら私はヘリンと相部屋らしい。

 すごい、二人部屋にしてはかなりの広さだ。
 床は残念ながらあのツルツルの石では無かったが、スラムの泥まみれの路上じゃないだけ十分である。

 私は水を含んだタオルで身体を拭き、支給された寝巻きに着替えた。

 信じられるだろうか。ふかふかのベッドが自分の目の前にある。
 私は衝動を抑えきれず、思い切りベッドにダイブした。

 すごい、身体が全く痛くない。
 一昨日までアスファルトにひいた麻布の上で寝ていたのが嘘みたいだ。

 これから昼間のキツい日差しを浴びなくてもいいし、夜の寒さに凍えて眠らなくても良い。私は嬉しさで胸がいっぱいだった。

「フィオネ、明日のことだけど......ってもう寝てる! 全くしょうがないわね、おやすみ」

 私は落ちていく意識の端でヘリンの優しいおやすみを聞きながら眠りについた。










 バタバタと廊下から足音がする。

 (むにゃむにゃ、うるっさいなあ。こっちは寝てるのに......)

「フィオネ、今すぐ起きて!」

「――へ?」

  目を開けると、メイド服に着替えたヘリンがいる。
 もう朝?それにしても一体なんの騒ぎだろう?

「旦那様がお帰りになったわ。時間がないから急いで着替えて、早く!」

 ヘリンのすごい剣幕に何が何だか分からないまま、急いで着替える。
 早足で歩く彼女に頑張って着いていくと、突然止まったので背中に鼻をぶつけてしまった。

 (いてて。一体前に何が?――って何これ)

 目の前にはざっと見て五十人以上のメイドと執事が一斉に並んでいる。

「「お帰りなさいませ、ご主人様」」

 コツコツと足音がする。角になっていて見えないが奥から誰かが歩いてくるようだ。

 ヘリンがお辞儀をしたので慌てて私も頭を下げる。 
 しばらくすると”ご主人様“が私の目の前を通り過ぎた。

 ご主人様が廊下の角を曲がっていく。
 そういえば、私は誰に仕えてるのか知らなかった。

「今の人......」
「あれが旦那様よ、私達の主よ。くれぐれも失礼の無いようにね」
「ふーん、あの人は何してる人なの?」

 そう言うと何故かヘリンの顔がぎょっとして固まった。

「あんた、本気で言ってんの? 嘘でしょ。あの”皇弟”を知らない人間がここにいるなんて」

 彼女のその表情を見てやっと自分がまずいことを言ったのかもしれないと思った。でも、誰?

「こうてい? じゃあさっきの人はこの国の王様ってこと?」
「皇弟よ、正確には皇帝の弟。ここは本城じゃなくて皇弟用の離れよ。あんた、何も知らずにここに来たの? 前はどこに住んでたのよ」

  ふいにそんなことを聞かれて、言葉に詰まる。

「えっ、前は......いや、ここにはカインって人から紹介されて来たから。そうだヘリン、カインのこと知ってる?」

 そういえば、彼にはまだお礼を言っていない。
 きっとここの関係者だろうからヘリンに聞けば分かるはずだ。

「カイン? 誰かしら、知らないわね。旦那様の知り合いにはいない気がするわ」

(え?)

 思わぬ回答に私は戸惑う。

「そ、そうなんだ」
「さっ、話が済んだらとにかく仕事するわよ。あんたはまた中庭ね」

 そういうと、ヘリンはとっとと行ってしまった。
 皇弟の宮なんて、私はどうやらとんでもない所に来てしまったようだ。それにしてもカインは一体何者なのだろうか。

 カインに対して疑問が浮かんでいく。
 彼がここで働いていないなら、それ以上に権力を持つ者でなければ私に紹介などできないだろう。

 皇弟と関係があるならまさかカインも貴族......でも貴族がただのスラムの子供にここまで親切にする理由が分からない。

 そりゃジーンのことはあるけど、たかがそんなことぐらいで?

 そういえばカインは今どこにいるんだろう。会ってお礼を言いたいし、指輪のことも聞きたい。確かめたいことがいっぱいある。

 私はいつの間にか、ポケットの中に入れていた指輪を触りながら白ひげのおじさんのことを考えていた。
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