君に嫌われるまで死ねない

月址さも

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第一章

13.剣を構えろ

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 ピリピリした殺気を肌で感じる。
 ふと城壁の上を見ると相棒はもうどこかに行ってしまったようだった。

 目前の老人の名前はセバスチャン。
 長い白髪を後ろで一つにまとめ、その少しユーモアがある髭がチャームポイントだと普段から自称している。
 そしてこの城に三十年仕える生真面目な執事兼、僕の教育係でもある人物だ。

「セ、セバスチャン! これは......その」

 慌てて言い訳しようとするも、今まで見たことのない彼の気迫に言葉が出てこない。
 いつもならすぐに罵声が飛んでくるはずなのに、今はなぜか微笑んでいるようにすら見える。

「与えられたものをこなす人だけが、褒められるとは限りません。いつの世も枠を超えて大成する者がいるからです」

「え、あの......? セバスチャン?」

 すると執事は右手に持っていた”剣”をゆっくりと構えた。

(えっ、ちょ、まさか――)

「ですから貴方がどちらなのか、これで証明してください」

 ガキィィン!

 目の前に青い火花が散る。
 とっさに前に出したこの短剣がなければ、僕は今この瞬間にも首が吹っ飛んでいたかもしれない。

「いっっっっ......」

 刃が噛み合う衝撃でビリビリと手が痺れる。
 あまりの本気さに面食らうも、彼がその気ならこちらもやるしかないだろう。

 僕は一瞬押す力を緩めると、その反動で一気に剣を弾き返した。

 キィィン!

 その隙に壁づたいに平行移動し、距離を取る。

 しかしそれでも執事の猛攻は止まらなかった。

 キィィン!キンッ!ガキィィン!

 数秒の間に何度も自分を襲う斬撃。
 目で追う暇もなく、感覚だけで無理やりなんとか受け流す。

「はあっ、はあっ」

(やっぱ強いなこの人......)

 セバスチャンは今はただの優秀な執事だが、昔はソードマスターとして一躍いちやく名をせた男でもあった。
 つまり今の僕にはそんな彼の刃をかわすので精一杯なのである。

 ――与えられたものをこなす人だけが、褒められるとは限りません。いつの世も枠を超えて大成する者がいるからです。

 ふいに脳裏に浮かぶ、彼が言った台詞。
 僕は兄さんのように何でもこなすことは出来ない。
 勉強や運動だって平均的だし、長所があるとすれば多少明るくて社交的なところぐらいだ。

 でももし、自分でどちらになるかを選べるのなら――

「大枠でも太枠でも、なんでも超えてやる!」

「っ!」

 ガキィィン!

 渾身の一撃をセバスチャンにぶつける。 
 兄のようになれなくても僕にはきっと僕だけの道がある!

「甘い!」

「うわっ!?」

 しかしリーチの短い僕の剣ではいささか踏み込みが甘かったらしく、すぐに剣を弾かれた僕は後方に吹っ飛んでしまった。

「ぐっ......このっ!」

 それでも急いで立ち上がると、ほんのちょっとだけセバスチャンの呼吸が乱れているのに気づいた。

「はあ、はあ。セバスチャン、実は意外ともう限界なんじゃないの?」

「はあ、はあ......。ふ、貴方がそう思い込みたいだけでしょう」

 お互いに切りかかるタイミングを伺うような、そんな静寂。
 次の一手。お互いが同時に足を踏み込んだ瞬間、けたたましい怒号が僕たちの動きを止めた。

「やめんかあああ! 今はそんなことをしてる場合ではない!」

(へ?)

「む、陛下......!?」

 その瞬間、僕とセバスチャンはお互いにぱちくりと目を見合せた。
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