君に嫌われるまで死ねない

月址さも

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第一章

6.王子の願い

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 ガタンッ、という馬車が石を踏む振動で目が覚める。

(むにゃ......。あれ、なんで僕ここにいるんだっけ?)

 みゃー。

(フユ? ああ、そっか。ここは......)

 荷台の奥から顔を覗かせると、外は生い茂った緑のトンネルを通っている最中だった。

 影の位置から計算して......あれ、僕そんなに寝てたのか。
城を出発したのは大体午前十一時、しかし影の向きは午後二時半を指していた。

 窮屈な荷台の中で、あくびとともに屈伸する。
 その瞬間、近くにあった木箱に腕がぶつかってしまった。
 慌てて木箱の後ろに身をかがめるも、幸いなことに御者は気づかなかったようだ。

(ふぅー、焦った......)

 ホッと一息吐いて、木箱の中身を覗く。
 するとそこにはキラキラとした薄紫色の綺麗な液体が入った瓶が八個ほど入っていた。

 すごいなあ、これ全部魔女が作ったんだよね。

 みゃあ。
 猫の隣で瓶を見つめる青年の瞳には分かりやすい憧れの色が浮かんでいた。

 僕は魔女のことはよく知らない。
 知っているのは人智を超える力を手にする者であること。希少な存在である彼らは身の安全のため、迷いの森に固まって住んでいるということ。
 そしてそこで薬品を制作し、それを売って生活をしていること、くらいだ。

 人智を超える存在......。

 彼らの作った薬なら”あの子”を治療することは出来るだろうか。

 ごくり、と唾を飲む。
 いけないことを考えている自覚はある。
 直接話したことはないものの、父はあの生き物を嫌っているからきっと言っても無駄だろう。

 でも今日は魔女に会うだけだ。
 この話は別に、今言わなくてもいい。

 ずっと城内にいたら気が詰まるし、迷いの森に行くのはただの気分転換だと思えばいい。
 どうせ僕がいなくたって、国は回るのだから。

 そう思った矢先、ちょうどいいタイミングで馬車が止まる。
 御者が木箱の一つを抱えて馬車から離れると、それと同時に僕は荷台を降りた。

 その瞬間、ずっと暗がりにいた僕の視界に入ったのは青々とした緑が生い茂る広大な大地だった。

「わあ、すごい」

 雲ひとつない快晴の空の下、生きる力が湧いてくるような美しい自然。春の暖かい風がふわりと通り過ぎていく。
 それは、まるで幻想のようだった。

 みゃあっ!

「あっ、フユ!」

 ずっと狭い所に居て窮屈だったのだろう。フユは僕の懐から飛び出すと広大な大地を嬉しそうに駆け回った。

 ここが迷いの森......。
 魔女が住んでいるところだけあって一段と美しい場所だ。

「フユ? 待って!」

 その瞬間、いきなり走り出したフユ。
 さすがに迷子になるとまずいので、追いかける。
 すると低い丘を越えたその先に、レンガで作られた綺麗な建物があった。

「魔、工......製、薬所?」

 看板にはそんなふうに書いてあった。
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