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「フレンド」′′
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荒木と知り合ったのは中学二年生の夏だった。というか僕はすでに荒木のことを知っていた。
彼は一年のときからちょっとした有名人だった。それは彼が顔がいいからとか、運動ができるからとか、成績が良かったからとか、そういったありきたりな特徴によって位置付けられていたからではない。もっと、顕著に異常性を見せつけるエピソードがあった。そしてそのようなエピソードは、高校に入ってからも、そして僕らが大人になってからも生まれていくことになる。
とにかくその夏の昼下がり、より詳細には前日の体育祭で大きなヘマをした僕が、クラスの集団的圧力に屈して学校を抜け出した7月の下旬、荒木と僕は近くのゲーセンで会った。何の前触れもなく、まるで神が引き合わせたみたいに唐突に。
学校から抜けたころ、外では当たり前のように土砂降りのコーヒーが降っていた。その中を傘もささずに歩き、ゲーセンに現れた僕は明らかに尋常でない空気を纏っていたと思う。
そのとき僕はゾンビを撃ちまくった後で、ベンチで炭酸飲料を飲みながら程よい疲労に身を任せていた。「打てば当たる」のが心地良かった。
「ねえ、君」
声をかけたのは荒木からだった。
「B組の跡部くん?」
「……えっ、あーっと」
正直に言うとそのときの気分は最悪だった。学校という監獄から逃げ出し(少なくともその時の僕にとってはそれ以上の地獄だった)、現実逃避をするために大して好きでもないシューティングゲームで体力を使い、無理やり脳味噌をシャットダウンしたのは束の間、「B組の」という単語がたちまちにして僕を現実に引き戻した。彼が同じ学校の生徒だということ、ならば僕がそのとき最も会いたくない類いの人間であることを、理解するのに一瞬たりとも必要ない。
「なんか用……あれ……」
僕は心を閉ざす方法を考えていた。そうしたいはずだった。
「荒木くん、C組の」
「うん、そう」
目の前に立ったその少年はやけに輝いて見えた。無愛想で表情一つ変えないのに、穏やかさと溌剌さが同居していた。静と動が安定して釣り合っている人間、いまならそんな言葉が思いつく。その歳で放って良い風格ではない。ゲーセン内のチープな照明に照らされてもなお、彼にしかない異質な光を放っていた。僕の興味は一瞬にして彼へ移ったのだ。
「俺もさ、サボってきたの」
僕が見たのは微笑みだったのだろうか。そのとき彼の顔に生じた歪みは。
「隣り、いいか」
僕はなぜかグレープ味を一気に飲み干した。僕自身はコーヒーの匂いがしていた。何も気になりはしなかった。
「……うん。いいよ」
そのとき僕は笑っていたのだろうか。
僕は思い出せない。自分が本当はどんなときに笑っていたのかを。
彼は一年のときからちょっとした有名人だった。それは彼が顔がいいからとか、運動ができるからとか、成績が良かったからとか、そういったありきたりな特徴によって位置付けられていたからではない。もっと、顕著に異常性を見せつけるエピソードがあった。そしてそのようなエピソードは、高校に入ってからも、そして僕らが大人になってからも生まれていくことになる。
とにかくその夏の昼下がり、より詳細には前日の体育祭で大きなヘマをした僕が、クラスの集団的圧力に屈して学校を抜け出した7月の下旬、荒木と僕は近くのゲーセンで会った。何の前触れもなく、まるで神が引き合わせたみたいに唐突に。
学校から抜けたころ、外では当たり前のように土砂降りのコーヒーが降っていた。その中を傘もささずに歩き、ゲーセンに現れた僕は明らかに尋常でない空気を纏っていたと思う。
そのとき僕はゾンビを撃ちまくった後で、ベンチで炭酸飲料を飲みながら程よい疲労に身を任せていた。「打てば当たる」のが心地良かった。
「ねえ、君」
声をかけたのは荒木からだった。
「B組の跡部くん?」
「……えっ、あーっと」
正直に言うとそのときの気分は最悪だった。学校という監獄から逃げ出し(少なくともその時の僕にとってはそれ以上の地獄だった)、現実逃避をするために大して好きでもないシューティングゲームで体力を使い、無理やり脳味噌をシャットダウンしたのは束の間、「B組の」という単語がたちまちにして僕を現実に引き戻した。彼が同じ学校の生徒だということ、ならば僕がそのとき最も会いたくない類いの人間であることを、理解するのに一瞬たりとも必要ない。
「なんか用……あれ……」
僕は心を閉ざす方法を考えていた。そうしたいはずだった。
「荒木くん、C組の」
「うん、そう」
目の前に立ったその少年はやけに輝いて見えた。無愛想で表情一つ変えないのに、穏やかさと溌剌さが同居していた。静と動が安定して釣り合っている人間、いまならそんな言葉が思いつく。その歳で放って良い風格ではない。ゲーセン内のチープな照明に照らされてもなお、彼にしかない異質な光を放っていた。僕の興味は一瞬にして彼へ移ったのだ。
「俺もさ、サボってきたの」
僕が見たのは微笑みだったのだろうか。そのとき彼の顔に生じた歪みは。
「隣り、いいか」
僕はなぜかグレープ味を一気に飲み干した。僕自身はコーヒーの匂いがしていた。何も気になりはしなかった。
「……うん。いいよ」
そのとき僕は笑っていたのだろうか。
僕は思い出せない。自分が本当はどんなときに笑っていたのかを。
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