珈琲確率100%

仲葉彗

文字の大きさ
上 下
4 / 5

「フレンド」′′

しおりを挟む
 荒木と知り合ったのは中学二年生の夏だった。というか僕はすでに荒木のことを知っていた。
 彼は一年のときからちょっとした有名人だった。それは彼が顔がいいからとか、運動ができるからとか、成績が良かったからとか、そういったありきたりな特徴によって位置付けられていたからではない。もっと、顕著に異常性を見せつけるエピソードがあった。そしてそのようなエピソードは、高校に入ってからも、そして僕らが大人になってからも生まれていくことになる。
 とにかくその夏の昼下がり、より詳細には前日の体育祭で大きなヘマをした僕が、クラスの集団的圧力に屈して学校を抜け出した7月の下旬、荒木と僕は近くのゲーセンで会った。何の前触れもなく、まるで神が引き合わせたみたいに唐突に。
 学校から抜けたころ、外では当たり前のように土砂降りのコーヒーが降っていた。その中を傘もささずに歩き、ゲーセンに現れた僕は明らかに尋常でない空気を纏っていたと思う。
 そのとき僕はゾンビを撃ちまくった後で、ベンチで炭酸飲料を飲みながら程よい疲労に身を任せていた。「打てば当たる」のが心地良かった。
「ねえ、君」
 声をかけたのは荒木からだった。
「B組の跡部くん?」
「……えっ、あーっと」
 正直に言うとそのときの気分は最悪だった。学校という監獄から逃げ出し(少なくともその時の僕にとってはそれ以上の地獄だった)、現実逃避をするために大して好きでもないシューティングゲームで体力を使い、無理やり脳味噌をシャットダウンしたのは束の間、「B」という単語がたちまちにして僕を現実に引き戻した。彼が同じ学校の生徒だということ、ならば僕がそのとき最も会いたくない類いの人間であることを、理解するのに一瞬たりとも必要ない。
「なんか用……あれ……」
 僕は心を閉ざす方法を考えていた。そうしたいはずだった。
「荒木くん、C組の」
「うん、そう」
 目の前に立ったその少年はやけに輝いて見えた。無愛想で表情一つ変えないのに、穏やかさと溌剌さが同居していた。静と動が安定して釣り合っている人間、いまならそんな言葉が思いつく。その歳で放って良い風格ではない。ゲーセン内のチープな照明に照らされてもなお、彼にしかない異質な光を放っていた。僕の興味は一瞬にして彼へ移ったのだ。
「俺もさ、サボってきたの」
 僕が見たのは微笑みだったのだろうか。そのとき彼の顔に生じた歪みは。
「隣り、いいか」
 僕はなぜかグレープ味を一気に飲み干した。僕自身はコーヒーの匂いがしていた。何も気になりはしなかった。
「……うん。いいよ」
 そのとき僕は笑っていたのだろうか。
 僕は思い出せない。自分が本当はどんなときに笑っていたのかを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛するものと出会えたなら

白い恋人
青春
昔、ある事件により、人を信じる・愛することをやめてしまった主人公、白恋 優一(はくれん ゆういち)。 そんなある日、転校してきた天真爛漫な少女、双葉 ひかり(ふたば ひかり)と出会う。そんなグイグイ迫ってくるひかりを拒絶するつもりの優一だったが………。 優一はこれから人と深く関わり合えるのか、ひかりにいったいどんな過去があったのか、これからどうなってしまうのか………。

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

TEN-ent
青春
女子高生5人が 多くの苦難やイジメを受けながらも ガールズバンドで成功していく物語 登場人物 ハナ 主人公 レイナ ハナの親友 エリ ハナの妹 しーちゃん 留学生 ミユ 同級生 マキ あるグループの曲にリスペクトを込め作成

あしたのアシタ

ハルキ4×3
青春
都市部からかなり離れた小さな町“明日町”この町の私立高校では20年前に行方不明になった生徒の死体がどこかにあるという噂が流れた。

壊れた廃人な俺の「恋、ナニソレオイシイノ?」なラブコメ

うつげしょう
青春
幼い頃からいじめられていた主人公。 壊れてしまった彼に元クラスメイトやバイト先の先輩、妹などが関係構築をはかるが...

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

献誌

レオスギ
青春
幼馴染から無視されるようになった男子高校生の話。 短編1万字程度

処理中です...