3大公の姫君

ちゃこ

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四章

動乱4

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 レスティアが倒れてから2日目。
 軍部では一人の兵が粛清され、王宮ではレスティアの容態の真偽で大騒ぎだった。

 事実を知っている筈のレスティアの妹フォルカや二人の父エルフェ大公も沈黙し続けていた為、亡くなったか余程容態が芳しく無いという意見が濃厚視され、さも真実かのように語られた。

「いい加減真実を語って貰わねば困る。いつまでも伏せておける事ではなかろう」

「そうですな。もし本当に逝去されたのならば次代の公王を一刻も早く決めねばならん」

 そんな言葉が議会で上がるほど、今後のルベインを憂う者たちがいた。
 それをに聞かされているオルコット公爵は気が付かない。

「順序からいうと次はフォルカ様であろう」

「確かに。しかし、フォルカ様に姉上様のような資質はおありなのかどうか」

「さよう。今は姉君の事でかなり参っているようです。精神的にも不安定なのだとか。姉が狙われたので不安が大きいでしょう。今無闇に今後の事を告げるのは酷かもしれませんなぁ」

「いや、しかしそのように悠長に言っている場合でもないでしょう。こと国の有事が起こる可能性も否定出来ませぬゆえ」

 古狸たちはさも深刻そうに公爵に聞こえるように話す。
 先程からこちらの会話に聞き耳を立てている公爵は自分の考えを纏める事に必死で気が付かなかった。

 ここは、中央議会堂。
 ルベインの政治の中枢である。
 今は3大公は不在なので、一番立場が高いのはオルコット公爵であった。

「しかし、万が一フォルカ様が継げないとなると他の大公家となるか」

「ティセリウスは順序的に最後でしょうからカーライルですかな」

「いや、しかしダグラス様は政治にはトンと疎いぞ」

「ではアラン様はどうか」

「おお、アラン様は知略にも長けておられるな」

「いや、しかしアラン様は兄君を殊の外尊敬していらっしゃるからな。兄君を差し置いてご自身が王になど望まぬやもしれぬ」

 アランは普段脳筋な兄を軽くあしらう素振りを見せるが、ある種天才的なまでの才能を持ち軍人であるダグラスを密かに尊敬すらしていた。
 傍目には全くわからないが。
 ダグラス本人も分かってないが。

 ダグラスはダグラスで出来た弟を可愛がりアランならばと公王を任せるだろう。
 しかし納得しないのはアランの方である。
 アラン自身は確かに昔から知略において抜きん出た才能を発揮するがあくまで2番手でいたい人種であった。
 理由はその方が自由が効き、思うように出来るからである。
 何かと制限のある公王になど露ほどもなりたいなどとは思っていない。


「皆々様方。それでしたら私に一つ提案が」

 そして、暫く場を見計らった後オルコット公爵が口を開いた。

「おお、公爵。何か妙案が?」

「ええ。あくまで提案ではあるのですが、現在我が国は3大公家による持ち回りの政治体制ですがレスティア様がこうなってしまった以上、次の公王問題が浮上します。候補も皆一様に継げるかわからない以上が必要かと」

 さも強調するように語り出す公爵。

「新しい…体制ですか…?」

「それはどの様な…」

 周りの貴族たちはみな不思議そうに公爵を仰ぎ見る。

「何、簡単な事ですよ。3大公制度が難しいならば数を増やせばよろしいのです」

「……何と!!」

「オルコット公爵!それは前代未聞です!」

「いや、しかし今の体制も旧帝政時代の時は前代未聞であったはず。今より大それた事だったと思われます。しかし、時運は傾き今の体制が受け入れられました。であるならば時代の移り変わりと共に変革は起きるものではありませんか」

 この男はしれっと4大公目を作ろうと言うのだ。
 皆呆気に取られる。

「もちろん今の大公家には今まで同様務めて頂きます。大公家から公王が出せぬとなれば誰かが担わねばなりませんからな」

 そんな中一人の貴族が声を上げた。

「しかし、では一体誰が担うというつもりだね?」

 この場ではオルコットの次に発言力のある貴族であった。
 その貴族はオルコットの言い分など鼻で笑いそうになる。
 邪念が透けて見えるからだ。

 先程から妙に焦ったような表情で落ち着きがなく、無意識なのか指で机を叩く音が反響している。

「それについてですが、大公家を除けば我らとて十分素質はございましょう。もし、皆様がご納得頂けるなら大公家に次いで力のある我が家が適任でしょう」

「はっ。貴公は大公の座を所望するか。大それた事よ」

 吐き捨てるように告げる言葉にオルコット公爵は余裕の笑みでいた。

「ルベインを憂いばこそですよ」

 ニヤリと答える公爵に気色ばむ貴族たち。
 どの口が言うのかと。
 ちなみにこの場にいるオルコット以外の者たちは全て事情を把握している。

 その彼らをも敵に回した事に気が付かない公爵はいっそ道化のようで哀れであった。

 皆が芝居をする。
 我々もオルコットも。

「まぁ、話はわかった。しかし未だレスティア様の容態もわからぬ今滅多な事は口に出さぬ方がよろしかろう。すぐ答えを出せる案件でもないし、大公家も交えて論議せねば」

「そうですね。私はあくまで提案ですから」

 オルコットも必死であった。
 しかし、そんなオルコットの思惑が外れ歯噛みする。

「ところでオルコット公爵。最近領地でアルー月草が不作とか。領民は困っていることでしょう」

 突然の話題転換にオルコット公爵が虚を衝かれる。
 何故いきなり自領の事など言い始めたのか。

「え、えぇ。よくご存知で。そうなのです。最近原因不明の不作に悩まされておりまして、少々困っておるのです。」

 アルー月草とはオルコット公爵領や、その近隣の他領で自生する野草である。
 昔から薬として重宝されてきたものなので大々的に栽培しているのだ。
 しかし、近年は突然の不作に悩まされ次から次へと枯れてしまう。
 何とか他の貴族の領地から王都分は確保されているが、一番収穫量の多いのがオルコットであった。
 病気とは何かという知識すら薄かった時代から軽い体調不良から重篤な病気であったものすら完治させたと半ばお伽話のような話まで付いてくる。
 全てを信じるほどではないにせよ、この野草は確かに効果があった。
 長年研究している学者も未だに説明がつかない効能を発揮した例も存在した。

「それが何か?」

 今すべき話題ではない。
 そう断じて冷たい声で返す公爵。


「いえ、面白い話を聞いたものですから気になりまして」

「面白い話?」

 含んだ物言いに疑問を浮かべる公爵。

「昨日のレスティア様毒殺未遂ですが、あれから医官たちが使われた毒物の特定に成功した話は皆さんはもう知ってると思いますが」

 あの事件の後医官たちが徹底的に調べたところ、使われた毒薬が特定された。
 毒薬の名は水毒。
 効果は数滴で人を即座に絶命させる力を持った強力な毒であった。
 水毒と聞くと、水に混ぜて使用する毒かと想像してしまうが、この毒は特殊で水に混ぜただけでは無毒であった。

 無味無臭で透明な液体であるためそれ単品では威力を発揮しない。
 この毒薬は気化する事で発現する為気が付かない事が殆どだった。

 何で気化するかと言うと、酒だ。
 常温でも室温が高ければアルコールは気化していく。
 毒もアルコールと一緒に気化されその時初めて効力を発揮するというものだ。

 効果範囲もごく局所的で1メートル以上離れていれば効果は無く、効果の継続時間もごく短時間という代物であった。

 昔から要人の暗殺に使われるポピュラーな毒。
 しかし、毒の作成にあたり高難易度の抽出力が必要でありまた材料費も高価な為滅多にお目にかかれる物ではなかった。

「レスティア様に使われた水毒の材料にはサジル球根とアドラーの葉が使われます。どちらも物自体は自然に群生している植物ですが、加工が難しく専門の技術者がいないと加工は無理です。加工済みの二つを掛け合わせると今回の毒になりますが、単品の場合その二つは非常に有効な熱病などの解熱剤や鎮静作用に優れた薬となりますね」

 医薬に詳しい貴族の一人が後を引き継ぐように語る。

「さよう。しかし、知っているか?その二つを掛け合わせた際に出来る抽出液がアルー月草と相性が最悪だと」

 その言葉にオルコット公爵の顔色が変わった。


 「何でも、原液に触れていなくとも人と人の接触で付着してしまうほど強いらしい。その手で収穫する為に触れたアルー月草はたちまち枯れてしまうそうだ。それ以外でアルー月草が枯れるなどないそうだからな。さて、オルコット公爵領のアルー月草は枯れたのか?」

 一房、二房程度ならよくある事であり、アルー月草以外の植物も枯れたり何らかの害があった場合は冷害や干ばつなどが殆どだ。

 しかし、今回やられた植物はアルー月草のみ。
 アルー月草の苗が完全に枯れ尽くすケースもあった。
 これでは言い逃れは出来ない。

「公爵。改めて問いたい。何故貴公の領内に水毒があったのですかな。使用用途をお聞かせ願いたいものです」

 冷たい瞳でオルコット公爵を見つめる周りの貴族たち。
 公爵は冷や汗を掻きながら、あ、とかう、とか言葉にならない声を上げた。

 チェックメイトだ。


「まぁ、たっぷりお話しは聞かせて頂きましょう。衛兵、公爵をお連れしろ」

「ま、待ってくれ!これは何かの間違いでっ!き、きっと真犯人に嵌められたのだ!私は何も知らん!」

 この後に及んでまだ抵抗しようとするオルコットに貴族たちは鼻で笑う。

「心配はご無用。貴方に品質確認の為に触れて頂いたアルー月草を鑑定したところ、水毒が検出しました。月草はたちまち枯れましたよ」

「なっ!!」

 毎年領主がアルー月草の納品時に実物を検品する。
 その際、下働きの者に何とかオルコット公爵に触れてもらうよう動いてもらったのだ。
 全ては決まっていた。


「浅はかでしたな。公爵。残念です」

 

 兵に連れて行かれた公爵は憤怒の表情を浮かべながらこちらを睨みつけていた。


「オルコット家の者たちも聴取だ。これでこちらの埃落としは終わりだな」

 早急に大公家に報告しなければ。
 未だレスティア様は目覚めない。
 目覚めてから、何も進んでいなければきっとがっかりなさるだろう。

 皆それぞれ与えられた役目を全うする為に動いている。
 我が国も決して一枚岩ではないが、時勢を読むのに長けた者が多い。
 どちらに着くかはその時の状況次第と言えよう。


「全てはレスティア様の掌の上…」




ーーーーーーーーーーーーーー




「エルフェ大公!オルコット公爵邸から、ローランとの密書を押収しました!」

「ご苦労」

「大公!ローランの研究者の一部からオルコット邸に当てた賄賂を見つけました」

「ご苦労」

「大公。お耳に入れたい事が…」

 次々、エルフェ大公の元へ報告が届く。
  エルフェ大公はレスティアたちの父だ。
 今回の事にも娘たちと共に一枚噛んでいる。

「……なんだと。それはまことか?」

「はい。どうやらそのようです。如何なさいますか?」

 そして、部下のある報告に眦を上げた。

 面白い情報が上がって来たものだ。と、エルフェ大公は愉快そうに目を細める。

「アラン殿が色々やってくれたようだな。流石と言うべきか」

「はい。そして、公王宛てにも届いたとか。急ぎ大公方へお知らせせよと仰せ付かっております」

 エルフェ大公は内心大笑いをした。
 これで、ローランは詰んだな、と。

「なるほど。ご苦労。では、明日ローランへ戦線布告をする準備を進めておけ」



「御意」


 全ての報告を受けた大公は椅子に深くゆったり座った。
 本当にこちらの思う通りに動いてくれるものよーー。と大公は嗤う。

 大公は机の上に置かれた一枚の密書に視線を落とした。



 中身は、




 ローラン国ロンベル騎士団団長を旗頭に民衆によるの兆し有りーーーー。



 ロンベル団長のとして隣にあるのは、アリアーネ・ルインデ公爵令嬢とルベイン公国、カーライル大公家のアラン・カーライルであると。









◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



いつも読んで頂きありがとうございます。
今回の話に出てくる水毒の記述について、wikiに載っている水毒とは全くの別物の架空の毒として描いています。
全てファンタジーとして捉えて頂きますようお願い致します。


紅茶
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