3大公の姫君

ちゃこ

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三章

胎動3

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「ところで、今回ヘルゼンはどうするの?」

 フォルカが疑問を投げかけて来た。
 現在レスティアとフォルカは入浴後に侍女達の手によりマッサージされている最中だった。

 二人揃って台の上にうつ伏せになり、あーだの、うーだの、恍惚とした表情で声を上げていた。


「そうねぇ。ローランと企み合っているのは事実なんでしょうけど、私もちょっと考えあぐねているわ」

「お姉様が?」

 フォルカにとってはこの姉が悩んでいる姿など想像出来ない。
 思わず顔を上げて姉の方を見てしまった。

「ほら、あそこの皇帝…」

「…あー…そういえば、うん…」

 二人とも微妙な顔になる。
 二人がそんな反応をするのには理由がある。

「今あの方で忙しいでしょう?国内がゴタゴタしている筈ですもの。ローラン何かと遊んでいる暇はない筈なのよ」

「あのおじさんまた何かしたの?」

「貴女にはあまり聞かせたくない話なのだけどね…あの方、ご自身の皇妃を殺してしまったようなのよ…」


「え……!?」

「今の所事実は伏せられてるようだけれどね。それも宰相の娘だったらしくて色々ややこしいのよ」

 フォルカはその事実に愕然とする。
 姉の情報はヘルゼンに潜伏している密偵の情報だろう。
 あそこの皇室は色々大変だとは聞いた事がある。


 ーーーヘルゼン帝国皇帝、グライム・ヘルゼン。

 御歳45歳。
 筋骨隆々な大男である。

 強欲王と呼ばれるように性格は苛烈を極める。

 血の皇帝とも度々言われているのも、また強欲王と共に有名なワードである。

 欲しい物は力ずくで手に入れる。
 それが人でも物でも、邪魔するものは切り捨てられる。

 自国民に対してもそうなのだ。
 ヘルゼンの民たちからは恐怖の対象である。

 自分の妃でさえ手にかけると言われているのだから。

「皇妃が殺されるなんてよっぽどの事があったの?」

 フォルカのその素直な質問にレスティアは苦笑する。
 普通の人なら皆そう考えるのだが。
 相手はあの皇帝である。


「…違うわ。皇妃が亡くなったのは寝室の寝台の上なのよ」




「………ん?」


 毒殺の類か?
 それか、皇帝の怒りに触れ殺されたか。

「あの色欲魔は皇妃をあろう事か、させたのよ」





「は…はぁ!?」



 フォルカは姉の言葉を最初理解出来なかった。

 姉は今何と言ったか。


「腹上死…?」


「そうですわ。閨での最中らしいわ」

「え、どゆこと。え?」

「あの方精力が有り余って無理させた挙句、気が付いたら朝皇妃が冷たくなっていたらしいわ」

「んなバカな」

「事実よ」

 あーりーえーなーいー!と叫ぶフォルカにレスティアはやれやれと溜息をついた。



 グライムという男は、こと女性問題に事欠かない。
 現在、皇妃を抜き側室が29人。
 近隣諸国と比べても、かなり多い数だ。

 しかし、この人数は何も好色なだけが原因ではなかった。
 グライムという男は大柄で粗野なイメージのある男だが、意外と女性に対する扱いは丁寧である。
 しかし、普段体力が有り余るのかグライムは精力についても頑強だった。

 最初は皇妃と数名の側室だけだったのだが、それだけではとてもではないが女達がのだ。
 これはまずいと気付き、周囲の臣下達は沢山の女を後宮にいれた。

 さすがに人数がいれば大丈夫だろうという配慮であったが、最初は女達からの反発も大きかった。
 人数が増えれば自分の立場が危うくなると危機感を持ったからだ。

 しかし、そんな事も言ってられなくなった。
 皇帝とで閨を過ごした側室が死んだからだ。
 一日でそうなったわけではなく、その時は5日間だったらしい。
 グライム自身は最中であっても平気で臣下を寝室に入れ仕事を持って来させるくらい元気なのだが、臣下がその場で盗み見た側室の様子は顔面蒼白だったという。

 こうなってから、側室達は自分達の身を守る為に色んな事を試した。

 結果的に落ち着いたのが、一度に閨を共にする人数を3人からとし、体力作りに前日には栄養価の高い食事を取るといった方法だった。

 皆背に腹は変えられなかったからだ。


 しかし、今回起こった悲劇は正にタイミングが悪かった。

 ヘルゼンでは、年に一度の正月のような時期を迎えていた。
 その期間1週間だけは側室達も実家に帰省出来るというものだったのだ。

 普段なら皇妃も宰相の父の家に帰省する筈であったが、ローランとの案件が宰相の手を煩わせていた。
 その結果。実家には家族は集まらずそれぞれで過ごす事になったのである。

 皇妃も一人で残る危険性には身を持って良く知っていたので、期間中それはもう皇帝とうっかり遭遇せぬよう努力した。

 しかし、いらない嗅覚が働いたのか皇妃を捕獲した皇帝が寝室に引きずり込んだ結果がこれだ。


 正直レスティアとしては、あのおっさん…となっている。



 宰相はこの事実に発狂したらしい。
 愛娘であり、一人娘でもあったのでその嘆きようは凄まじかった。
 さすがにグライムも少しくらい良心が痛むので現在宰相のご機嫌取りをしているらしい。



「あのおじさんさいてー」

「女の敵ね」


 まぁ、そんな下らないゴタゴタが起こっているので、宰相がストライキ状態でローランどころではないとレスティアは見ている。

 後、フォルカにはとても教えられないが、あの皇帝の色狂いは何も女だけが対象ではなかった。

 所謂、両刀だ。
 好みは美女か、男。
 来る者拒まずで、入れ食い状態ではあるが食指が動くのがそれらしい。
 側室達は輿入れの際、何人か護衛を手土産に後宮へ入るとか。

 グライム曰く、屈強な男を自分の手で屈服させる事が得も言われぬ快感らしい。

 やはり、最低色魔だ。


「でもね、あんなお方でも国を治める手腕については中々のキレ者ですのよ」

 だから、より面倒臭い。

 ローランの杜撰な計略にあの男が簡単に乗るだろうか。
 恐らく、この話の裏には何かがある。



「恐怖政治は敷いてるけど、民の悪感情は程々に娯楽なんかで誤魔化して発散させてるもんね」

「ですわね」

 レスティアは軽く相槌を打ちながら考える。


 ヘルゼンには無くて、ルベインには有る物。
 もしくは、にある物。

 ヘルゼンの旨味は何か。


「…まさか」


「ん?お姉様どうしたの?」


 レスティアは出て来た答えににんまりと笑った。


「ヘルゼンは昔から大陸続きですわよね」

「うん。陸しかなくて山の幸がいーっぱいよ!美味しいのが沢山あるわ!」


「そして、我が国とローランには海がある…!」

「!」

 ヘルゼンは土地柄険しい山に囲われ海がない。
 内陸なので海の幸などは貴重で高価だ。

「食べ物や土地がメインではなく、恐らく海を手に入れたいのでしょうね」

「じゃ、じゃあ…!」

「ヘルゼンが海のある南の方へ南下してきたらやっかいどころではないわ」

「ローランと手を組んでルベインを手に入れようとしてるって事!?」


 その言葉にレスティアはええ、と頷く。

「機会を狙っているでしょうね。そしてローランの土地も」

「え、ローランも?」

 恐らくルベインとローランを睨み合いさせ、有利な方へ付く算段だろう。
どちらにせよどちらかの地が手に入る。

 旨味しかない。



「舐めた真似を」




 レスティアは怒りで沸騰しそうだったが、侍女のいる手前感情は抑えた。



「まぁ、ヘルゼンが良いところ取りをして来るなら頂くまでよ」





ーーーーーーーーーーーー





 ーーヘルゼン帝国帝都、皇宮。


「おい!!サイラスやめろっ!殺す気か!?」


「陛下を殺そうと思い始めて幾星霜。いざ尋常に参る」


「ちょっ!待て待て待て!」

 グライムが後ろから追いかけて来る男に焦ったように制止をかけるが、サイラスと呼ばれた壮年の男性は短剣片手にグライム目掛けて振り下ろしてきた。


「待てと言ってるだろうが!そもそもお前の娘はだろ!!」

「死んでいなくとも死にかけたのは誰のせいですかね。簡潔にご説明を。そろそろ去勢すんぞこの絶倫遅漏野郎が」

 恐ろしい笑顔で迫るサイラスにグライムは滝の様な汗を流した。

「そ、それについては本当にすまん!そんなつもりはなかったんだ!」

「不倫相手に言い訳してるダメ亭主の台詞ですか?」

 グライムは言い訳出来なかったので、大人しくサイラスの説教を受けた。




「全く。で?私の娘が死んでいると諸国に?」

「ああ。その方が面白いだろ?」

「はぁ、娘は不憫な上に死人扱いされ私は悲しいですよ」

 しかし、サイラスはそれについては然程怒っていない。
 必要な事だからだ。

「こうすれば、ルベインのお姫様が反応してくるだろ。俺はそれを待ってるのさ」


「確かに。あの方ならばすぐこちらの意図にも気が付くでしょうな」


 グライムはニヤリと笑う。
 ローランの緩い計略に乗ってやったのもこの為だ。
 全てはヘルゼンの為。


「俺はルベインと組むぜ。ローランの海をちーとばかし拝借出来ればおの字だ。後はルベインと太いパイプを繋ぐ」


 最初から、ローランなど眼中にはない。
 あのような泥舟に乗るような馬鹿ではない。
 破滅は見えているのだから。


「ルベインと同盟を結ぶので?」

「今までが今までだからな、それに近い契約であればいい。あのお姫様が公王になれば、あそこは巨大化するぞ。それに乗り遅れるなどあってはならん」


 こうしてヘルゼンの首脳部は密かに計画を立てていた。



「唯一残念なのは、あのお姫様を手に入れてみたかった事だな」


 ゾクゾクする程の美人である。
 王獣のような気配を持つ娘。
 自分のでどんな表情を見せるか興味がある。


「そんな事を考えてたら、カーライル兄弟が出てきますよ?」

「そりゃ、こえーな」


 クッと笑いを堪える。
 確かにあの兄弟は面倒臭い。


「ま、なるようになるだろ」






 こうして夜は更けていったーー。




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