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9.龍王の番
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しおりを挟む侍医のおじさん怖かった。
目が笑ってなかった。
でも心配させたから有り難いと思おう。
心配してもらえる事が素直に嬉しかった。
体調が悪かった間は手拭いで清拭するしかなかったのでお風呂に入らせてくれた。
家では冬でも冷たい井戸水だったのでこんな温かいお風呂は初めてだ。
「明日は午前中に儀式を始めるそうです。時間までに準備を整えて下さいね」
お風呂から上がったら侍医のおじさんがいた。まだ帰ってなかったんだと思ったが黙っておいた。
「わかりました。侍医様、ご面倒をおかけしました。ありがとうございます」
麗華としては初めて優しさというものを感じた人なのでお礼だけは言いたかった。
もうここへも戻って来る事はないだろう。
「いえ。当然の事ですよ。お気になさらず」
当然向こうは仕事だから当たり前という風だった。
でも、それでもだ。
「ありがとうございました」
おじさんも苦笑しながら受け取ってくれた。
「ではもう休みますね。お休みなさい」
「ええ。明日また迎えに来ます。では」
おじさんは優雅に礼をして部屋から出て行った。
「御恩は忘れません」
麗華は出て行く背中にぽつりと小さな声で呟く。
◇◇◇
翌朝。
「全然眠れなかった…」
目がギンギンに冴えていた。
自分が死ぬかもしれない状況なのだから無理もない。
実家が先に動くか、皇宮が先に動くかは分からないが、どの道終わった後に皇宮にいること自体が危険だろう。
皇宮は誰が敵かわからない。
「とりあえず起きよう…」
麗華は起床し、置かれていた水桶で顔を洗った。
体調もすっかり良いようだ。
快調だった事があまりないので気分も少し上がる。
逃げた先に何があるかもわからない。女1人で生きて行けるのかも。
逃げ果せるかも不透明だ。でも素直に捕まってなんてやらない。
「よし!気合いを入れろ!麗華!」
パシッ!と両頬を叩いた。
着替えをして、水を飲む。
幸いお腹は全く空いていなかった。
「おはようございます。入りますよ」
暫くしたら、おじさんの声が聞こえてきた。
「あ、はい!どうぞ!」
そう声を掛けると静かにおじさんが入って来た。
「おはようございます。よく眠れ…てはいないようですね」
苦笑された。
「そんなに緊張せずとも大丈夫ですよ」
「あはは、わかってはいるんですけどね」
おじさんはこちらの事情は何も知らない。巻き込めないので黙っているつもりだ。
「では、参りましょう」
「………はい。よろしくお願い致します」
そう言えば、この数日お世話になったが一度も私の容姿の事には触れなかったな…と思った。
それもおじさんの優しさだったのかもしれない。
◇◇◇
皇宮は広かった。
遠いとは聞いていたけど予想外だった。
「こんなに遠かったんですね…」
「ええ。あそこは宮殿から一番離れていますからね。ここだけの話しなんですが、この皇宮には冷宮が存在しないのであの近辺にある宮は全て罪を犯した龍妃様を隔離する為の物なのです」
その言葉に麗華はヒェッと小さく悲鳴を上げた。
冷宮とは各国の国主が抱える後宮とともに併設されている場所で罪を犯したり粗相を犯した妃嬪達を永遠に閉じ込めておく場所の事だ。
死罪には相当しない人物や高貴な方の牢獄と一緒だ。
自分がそんな場所にいたとは……。
「私そんな場所にいたんですね」
「まぁ、あそこは以前おられた龍妃様が亡くなってから長い事使われておりませんでしたから。建物自体には曰くなどはありませんがあまり人は寄りたがりません」
麗華は苦笑する。
まぁ、自分にとっては快適に過ごせた場所だ。曰くがあろうがなかろうが気にしない事にする。
大事なのは今自分が良くしてもらったという事実だけだ。
「しかし。ご忠告致します。もし、この皇宮に残られるなら、十分お気を付けを。最初貴女は宮殿の医務寮へ運ばれるはずだったのです」
「……どういう意味でしょう」
「貴女の事を気に入らぬ何者かがいる。ということです。恐らくあそこに入れられたのも嫌がらせかと」
麗華は自分の置かれた状況に改めて気を引き締めた。
「わかりました。ありがとうございます。しかし、意外です」
「意外とは?」
「だって、私の故郷では番様や龍妃様は特別な存在で選ばれた方々だと教わりますから。内面も優れた方々ばかりかと思ってました」
麗華の言葉に侍医は苦笑する。
「確かに。本来はそうですね。選定では教養や容姿なども見ますが内面も考慮はされます。しかし…いつの世も女性が集まる場所には諍いが起こる。最初は良くとも嫉妬や羨望色々な感情が渦巻く場所に変わってしまう女性も多いのです」
「なるほど…」
「さぁ、お喋りはここまでです。着きましたよ」
話している間もずっと歩き続け、宮殿内に入っていた。しかし、以前儀式に臨んだ謁見の間ではなかった。
「あの、ここですか?」
「はい。龍王陛下より1人ならば態々あの広い場所でやらずとも良いだろうと指示があり、王の私室の一つである書斎で行うとの事です」
通りでなんだか警備が厳重な区画を歩いているなと思うわけだ。
さっきから視線がやたらと自分に注がれていたから。
「龍王陛下。番選定の儀に参りました。入室のご許可を」
大きな扉に向かって侍医が声を上げた。
その声に反応して扉が内側から開く。
「どうぞ。龍王様もお待ちです。お入りなさい」
顔を出したのは序列2位の泰然だった。麗華も選定の儀で見かけた顔にキュッと緊張した様子を見せた。
この後、麗華の運命は大きく変わる事になるーーー。
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