上 下
47 / 52

第10話1部 新しい朝

しおりを挟む
 異世界に新しい朝が来た。

「……希望の朝だといいんだがな」

 右を向いても左を向いても、だだっぴろい平野に広がる草原。
 地平線の果てには森があり、その先に空と溶け合うように蒼い山脈が広がって。

 その上は空。
 どこまでも続く青い空と白い雲。
 燦々と輝く太陽。

 雲より大きい鳥の群れが、帯状になって空を渡っていた。

「こいつはまた、壮観だ」

 ちなみに。
 雲より大きいのは、群れではなくて鳥の方。

 なるほどこれは異世界だ。
 俺の知っている世界には、あんなでかい鳥は物語の中にしかいない。
 いや、見た事はあるけれど。
 そいつは例外中の例外事案だ。

 足元には、草の間に小さな黒い染みがある。
 かつて魔王だった存在の残滓。
 それも太陽の光の晒されて、気付けば綺麗に消えていた。

「かなめちゃんは助けに来るって言ってたけれど……」

 魔王は溶けて消えてはいたが、『何か』がいまだに残っている
 皮膚感覚でそれが分かった。

 かなめちゃんが言うには、魔王は世界の在り方を変えるらしい。
 僅かな間ではあるが、ここに魔王が顕れて。
 この世界の在り方が変えられた。
 そういう事もあるのだろうか。

「ここにいつまでもはいられんなぁ」

 何にせよ、人と食い物がある場所に行かないと死んでしまう。
 よっこいせ、と背を伸ばし、巨大鳥の飛び行く方向に向けて歩き出した。

 群れで飛んでいくのだから、水場か何かはあるだろう。
 多分。
 まあ、なんとかなるだろう。

「考えていても始まらない、と」

 草を踏みしめ歩いていくと、青い香りが匂い立つ。
 足音に驚いたバッタが跳び出して、小鳥が舞い降りバッタを捕らえる。

 食い食われる生命の循環が、そこかしこで繰り広げられている。
 生物の息吹が濃い証拠だ。
 大地が肥えているということだ。

 これならまあ、なんとかサバイバルも可能だろう。
 しばらくバッタが主食になる覚悟は必要だろうけど。
 それくらいは仕方ない。
 川にでも出られれば食える魚もいる事だろう。
 子供時代に鍛えた、俺の釣りの技が火を噴くぜ。

 最悪、岩をぶっ叩けばいくらか獲れるだろう。
 多分。

「まあ、なんとかなるさ。ケ・セラ・セラだ」

 陽光が燦々を差す平原。
 『雨に唄えば』を口ずさみ。
 トレンチコートの中年が、何処を目指す訳も無く。
 さくさくと、草を踏みしめ進んでいく。

 どれほど歩いただろうか。
 香る青草の香りの中に、水の匂いがわずかに混じる。
 道なき道を進む後、ついた河原は幅広で、雄大な川の流れがゆっくりと走っていて。
 そして何よりありがたい事に、テントが一つ立っていた。

「……助かった。おーい、誰かいますか~?」

 テントは動物の皮で作ったもので、俺のよく知る化繊のテントとはちと違う。
 どちらかと言うと、持ち運び可能な簡易家屋と言った風情。
 一人で背負って進むには結構大変そうな代物だ。

 テントの前には焚き火の跡。
 積み上げた薪の炭は、まだ暖かい。

「家主は留守……か?」

 そして周囲に人の気配は無い。
 さて、どうしたものか。

 ぼちゃん、と水音がして川で魚が跳ねていた。
 時間はそろそろ夕まずめ。
 魚影は十分濃そうだし、ここは一つ夕食確保と行きますか。

「困った時のサバイバルツール、と」

 トレンチコートに隠した7つ道具。
 釣り針と糸を引っ張り出して、河原の小石の陰に隠れた小虫を刺して川に投げ入れる。
 竿なし手釣りも乙なもの。
 その内浮きや竿も作るとしよう。

 川の流れに針を沈めて待つことしばし。

「釣れるかね?」
「今、釣れたよ」

 ぐい、と糸を引く。
 びちびちと、強い抵抗が手にかかる。
 水面に背びれが踊り出す。

「おう、こりゃ大物だ」
「美味いかなぁ」
「美味いさ。デカいヤツはみんな美味い」
「そいつは楽しみだ」

 ゆっくりゆっくり糸を引く。
 糸も針も貴重品だ。ここで失くすのは流石に惜しい。
 ここが異世界ってヤツならば、この針と糸は唯一無二の存在かも知れない。

 ということで。
 ゆっくりと。
 慎重に。

「そして一気に大胆に!」

 ガバリと一気に大根抜き。
 濃紺の鱗の大物が、宙を舞って地面に落ちた。

「おお。大物大物。やったなぁ」

 いつの間にか会話に入っていた男。
 高い背丈に太い腹。
 巨体の人の身体の上に、豚の頭がついている。
 簡素な貫頭衣に鉄板の鎧まで装備して、盾と剣まで背負っている。

 ……男……だよな?
 体格的には男に見える。

「ありがとさん。場所、勝手に借りて悪かったね」
「別にいいさ。オレのものじゃねえしな」

 反り返った牙を見せてガハハと笑う。
 低くよく通る声。
 凶悪そうな顔立ちに、愛嬌が溢れるように現れた。

 うん、こいつはいいやつだ。
 いい笑い顔を見せる奴に、悪い奴はいない。

「こんな所で何やってんだよ?」
「なんと言うかな……話せば長くなるんだが」
「そりゃ長いだろうな、その格好じゃ」

 俺のトレンチコートと帽子を指さして。
 それから、1メートルほどもある魚を、平たい岩の上に置き、男はナイフを閃かせる。

「まあ、お前さんみたいな奴はまったくいないワケでも無いからよ」
「帰る方法とかあるんかね」
「いやぁ、いくつか話は聞いた事ぁあるがね。詳しい話はオレも知らねえな。それにホレ。元の身体が壊れてたらダメだって聞くぞ」
「元もクソも。俺の身体はこれ一つだぞ」
「そりゃ良かった。一回死んでやってくる奴もいるんだぞ」

 それはまた。
 色々とハードな人生を送る人もいるもんだ。

「しかしだ。そうなると、オレの旅もくたびれもうけってこったなぁ」
「都合良く人がいるから、俺の運も上向いてきたかと思ったら。出迎えがこんなムサいおっさんかよ」
「引退後に書く予定に英雄譚に、こんなムサいおっさんが登場するオレの事も考えろよ」
「そう言うつまらん下りは無かったことにするんだよ」

 話が弾むし冗談が通じる。
 いい奴だ。
 内藤よりもいい奴だ。

「あーあ。魔王降臨っつうから期待したんだがな。それともアンタ、魔王だったりしない?」
「残念ながら違うな。まあ、魔王だったらさっきそっちで倒してきたぜ」
「あっはっは。そいつは最高だ。異世界人様の最速記録じゃねえのかな」
「ギネスブックに載ってるのは、ドロシーって女の子なんだ。多分、あっちのが早い」
「ギネスブックに載ってるならしゃあないな」

 あるんだ。
 あるんだギネスブック。
 ということか、ギネス社もあったりするのか?

 男の格好からすると、西洋風ファンタジーとかそう言う感じだ。
 技術レベルもその程度なのかもしれない。

 となると困った事になる。

 この俺は、典型的な日本男児。
 ビールと言えばドライでラガーでキンキンに冷えた奴。
 果たしてこの世界に、そんなビールがあるものか。

 だが、ギネス社があるとするならば、そんな望みも叶うかもしれない。
 流石にアサヒのドライとは言いません。
 いいませんから、コクとキレのビールを一杯。

「まあ、つもる話もありそうだ。お前さんが釣った魚を食いながら、酒を呑みのみ話そうぜ」

 言いつつ、手にした包丁でザクザク魚を捌き出す。
 まあ、元々そのつもりだったからいいんだけど。
 というか、結構大物で、こいつを食い切るのはそれなりに大変そうだ。

「そうだな。俺も教えて欲しいことばっかりだ【暴食フードファイト】の事とかな」

 声に出す。
 出して、世界のなにかがカチリとはまる。
 目に見えない歯車が、そこで綺麗にハマったように。

「【暴食フードファイト】……か。もしかしてアンタ……」

 男の目の色は。
 いつしか笑いが消えていて。

「本当に。魔王を倒したのか?」

 手にした包丁が、ぎらりと夕日を反射した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~

黒鴉宙ニ
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」 自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。 全然関係ない第三者がおこなっていく復讐? そこまでざまぁ要素は強くないです。 最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

処理中です...