忘却の王子と孤独な女

まるい丸

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本編

男との日々

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「じゃあまずはケロの小屋を掃除をしてきてくれ」


 アエラは外にある家畜小屋を指差し男に働くよう促す。



「わかった、あの小屋を掃除すればいいんだね」 



 男はアエラの指示に従い小屋へと向かう。


 よし部屋の片付けと昨日の作業の続きをするか。男が小屋に向かったの見て、アエラは家へと戻ろうとする。



「えっと、掃除って何をすればいいのかな?」


 

 そんな彼女に向かって気まずそうなに男が問いかけてきた。

 

 アエラはびっくりして、目を丸く見開いたまま



「お前…大鳥の世話したことないのかよ」


 男に問いかけた。いくら記憶を無くしてるからと言って掃除のしかたまで忘れてしまうことなんてあるのか?

 

 大鳥はこの国の交通手段だ。一家に一匹は必ずいると言っても過言ではない。



「大鳥に乗ったりしてたのは何となくだけど覚えてる。だけど、掃除とかはした記憶がなくて…」


 男は申し訳無さそうに肩を縮めて視線を下にやる。



「ああもう分かった。やり方教えるから見てな!」



 アエラは内心呆れや苛立ちを抱きながら男を連れ小屋へと入る。




「この箒でケロの糞を集めて外の畑に捨てる。その後綺麗な藁を床に敷き詰めてー」


 アエラは実際に見せてやりながら男に伝える。最初は突立たままアエラの動きを見るだけだったが、彼女が男の胸に箒を押し付けやっと掃除をし始めた。

 

 徐々に片付きはじめ、アエラがそろそろ男に掃除を任せて家に戻ろうと思っていた時

男が急に尋ねてきた。



「えっと聞くのをすっかり忘れていたんだけど、君の名前は?」


 

「別に教えなくてもいいだろ。どうせしばらくすればお前は出ていくだろうし」


 アエラは男の問いかけに冷たく返す。


 少しの間沈黙が続いた。

 

 


「確かに僕はしばらくしたら出ていくかもしれないけど、それでも命の恩人の名前を知らないなんて嫌なんだ」


 男は真っ直ぐアエラを見据え自分の思いを伝えた。男の濁りのない澄んだ瞳は彼女が名前を教えてくれるまでひかないと訴えてるみたいだ。

 


 その瞳前では誤魔化しがきかないように思えて彼女は観念したように答える。



「はぁ、分かった分かった、アエラだよ。あたしの名前はアエラだ」



 この家に居させてくれるよう頼まれた時も思ったが、こいつは頑固だ。こっちが折れるまで聞いてくるだろう。



「アエラ…いい名前だね。僕は名前はアエラが好きなように呼んで」


 

「別に名前がなくても話は通じるだろ、後は1人でも出来るよな」


 アエラはそう言い放ち、男の返答も聞かずに小屋を出て家へと向かった。


 馴れ馴れしく名前を呼ばれ、更に男を好きな名前で呼んでなど鬱陶しい。どうせこんな不便な森に長居はしないだろう。わざわざ名前つけても呼ぶ意味などない。アエラはそんな事を考え作業部屋へと入っていた。


 

 



 男がアエラの家に住み着くようになり何日かすぎた頃、アエラは男についていくつかわかったことがあった。




 それは対して使い物にならないということである。料理や掃除はてんでダメだった。ある時野菜を切るよう頼むと、手つきがあまりに危なっかしくて結局アエラが切った。それから男には料理を任せることはやめた。


 しかし、そんな男にも得意な事はあるようだった。それは剣の扱いだった。男の剣の身のこなしは洗練されていた。アエラは何度か男と剣を交えて稽古をした。男の剣さばきは空を翔る鳥のように素早く美しかった。


 

 しかしただ美しいだけだ。つまり実戦向きかと言われればそうではない。アエラの剣さばきは決して男のようには美しくはないが、実戦向きだった。戦いになればルールなんてない。勝つまで粘り強く泥臭く戦うのみだ。



 男の剣術はルールの中で戦ってきた剣のようだった。綺麗にまとまっている。普段ならそんな自分の身を守れない剣術を馬鹿にするが、アエラはなぜだが男の剣さばきは好ましいと思った。




 また、男は文字を読むのが得意のようだった。


 アエラは文字の読み書きが苦手だ。アエラの両親は別の国からここへ来た移民のようなものため、言葉は話せたが読み書きは出来なかった。


 さらにアエラは学校に通ったことがなかった。当然両親が家で教えてくれるはずもない。たまに町の何でも屋のグレルや彼の奥さんに読み書きを教わったり、彼らからもらった本で少しづつ勉強し少しは出来るようになったが、読み書きはこの国の子どもレベルだ。


 そこである日アエラは男に読み書きを教えてほしいと頼んでみることにした。



「もちろん、僕に出来ることなら何でもやるよ!」


 アエラから頼まれ男は嬉しそうに表情を崩した。




 それからアエラは寝る前の時間、男に読み書きを教わる日々が始まった。

 



 そうして日々を過ごすうちに男が家に住み着いてひと月の時が流れていた。彼女の1人だけの世界に少しづつ男が馴染んできた。


 


 だがアエラは男をまだ一度も名前で読んでいなかった。


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