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本編
美しい男
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昔は母と父とアエラの3人で暮らしていた。
アエラの遠い記憶では、なにかに追われるように家族で逃げ流れついたのがこの森だった。
幼い頃は幸せだった。しかし母は病弱だった。森で暮らしてしばらくして母は亡くなった。森の近くにある町の医者にも見せたがもうすでに手遅れだった。母が亡くなり父は少しずつ荒れていった。何かに対して強い怒りを持っていた。
父は寡黙な人だった。あまり甘えた記憶はない。けれど母を大切に思い凛々しく堂々としている父を尊敬していた。どこで覚えたのか知らないが剣や弓などの扱いに長けていて、よくアエラに稽古をしてくれた。決して褒めてくれるわけじゃないが、彼女は父とのその時間が大好きだった。
そんな父が母の死を境に1人でいる時間が増えていっていた。しかし、しばらくして母が生きていたときのように稽古をしてくれる時間が増えた。
彼女は父が母の死を乗り越えて前を向いてくれたのだと安心し、嬉しかった。
ある時一度も褒めてくれなかったのに
「ずいぶん上手くなった」
と言ってくれた。
あまりに嬉しくてその日の記憶は曖昧だ。そのまま寝て、また稽古をしたら父に褒めてもらえると思いわくわくして起きた。
しかし家の何処を探しても父は見当たらない。母が死んでからたまに彼女を置いて何も言わずに何日か出かけてしまうことがあった。またそうなのだろうと彼女は思った。だけど待てど暮らせど父は帰ってこず1週間がたった。
アエラは思った、父は私を捨てたのだと。父は母の死を受け入れたわけではないのだ。
見ないふりをしていたが、母が死んでから父は何かに囚われ、剣や弓の鍛錬をより一層こなすようになっていた。
たまに父が1人で出て行ってしまうとき、帰ってくると血なまぐさい匂いがかすかにしていた。
父は自分たちをこの森に追い込み、母を結果的に死においやった何者かに復讐をしようとしてるのだと。
父を尊敬していたが、いつもアエラは疎外感を感じていた。いつも父の中での一番は母であるように見えていたからである。
悲しかった、母の死を乗り越え自分と一緒に歩んでくれる未来を少し期待していたからである。
彼女はこれから1人でこの広い森の中で孤独に生きていかねばならないのである。この時アエラは、12歳になろうとしていた。
父が去ってからの日々は目まぐるしかった。父は少し食料を残してくれていた。しかし、それも1ヶ月もすれば底をつきた。
森で果物採りや川で魚を釣るのは日常的にしていたため、少しは食料を確保できたが毎日収穫があるわけではない。どうにかして食料を増やさなければいけない。調味料だってもう底を尽きた。
何か食べられる物はないか家中を探してみる、しかしすでに探し尽くしているため見つかるはずもない。
途方にくれているとふと父の部屋が目にはいる。
父が出ていってからアエラは一度も父の部屋をのぞかなかった。父の作業部屋のため、母が生きていた時は「お父さんの邪魔しちゃだめよ」と言われ部屋に入ることはなかった。
父に叱られた訳ではないが何故か入ってはいけないような気がしていたのだ。
何か父の手掛かりがあるかもしれない、と意を決して中を覗く。扉を開けると父の匂いが香る。懐かしさと父がもういない悲しさにずきっと胸が痛む。殺風景な部屋だった。荷物も全部持っていってしまったのだろう。
何となく机の引き出しを開ける。
「なにこれ」
そこには木箱があった、蓋を恐る恐る開けるとそこには数枚の金貨と折り畳まれた古びた紙が入っていた。紙を広げると見たことのない文字が書いてあった。
――アエラは父や母の故郷のことを思い出す。
幼い頃母とよく町へ買い出しに行っていた。
町の住民は金髪や赤毛が多かった。しかしアエラ達家族は漆黒の髪だった。アエラ達の家から町に行くまでは多少時間がかかるが、国をまたぐほどの距離ではない。そのため、自分達家族とは明らかに違った町の住民の風貌がアエラには不思議でならなかった。
どうしても気になってしまい、母に幼い頃のアエラは聞いたことがあった。
「おかあさん、なんでアエラ達は髪が真っ黒なの?」
無邪気に聞くアエラを母は少し驚いた顔をして見つめた。
「おかあさん・おとうさんやアエラは違う国出身だからよ」
母は間をおきそう答えてくれた。
「そうなの、なんていう国なの?」
アエラは初めて聞く事実に興奮し好奇心で母に質問した。
「ここから遠いけど水がきれいな、のどかな所よ」
母は答えてくれた。アエラはそれ以上は母に聞かなかった。いや聞けなかった。
母や父の故郷の国の話をしている母は笑顔だけど、とても悲しい顔をしていたからである。
彼女はそれっきり母に故郷の事を尋ねることはしなかった。もちろん父にだって尋ねることはなかった。
彼女は直感で古びた紙に書かれている異国の文字は、母や父の故郷の文字なのだと思った。
気にはなるが今は食料が先だ。木箱から金貨だけ拝借し古びた紙は木箱にしまい引き出しを閉じる。金貨があるなら町に買い出しにいける。
父や母がいる時は、必ずどちらかと一緒に町に買い出しに行っていた。 数ヶ月に一度母が作った工芸品や父が狩ったイノシシや鳥などを町で売って、必要なものを買っていた。
だけどもう父や母はいない。
1人で生きていかねばならない。
よし、日が落ちる前にケロに乗って行こう。大鳥小屋に向かい彼女の愛鳥に声をかける。
「ケロ町へ出かけるよ!」
この地域では大鳥という成体であれば体長2メートルを超え、地面を走る鳥型の家畜動物がいる。この地域では移動する際は大鳥に乗って移動するのが普通だ。
丸い目をこちらに向け、ケロケロと嬉しそうに近づくケロをワシャワシャと撫でる。
この大鳥がいるから、父が去り誰にも頼ることのできない孤独な時間も耐えることができた。父の大鳥は父と共に出ていったためもういない。
早速町に行く準備をする。身だしなみなど森にいる時は気にしないが、人が多い場所に行くため鏡で髪を少し整える。母が生きていた時は、町へ出かける前は決まって鏡の前にアエラを座らせ髪をといてくれた。
昔の幸せだった時の記憶を思い出し感傷にふける。
ふるふると頭をふり、頬を両手で叩く。
準備を整え出発する。
ケロに乗り2時間ほどの道のりを行く。途中で休憩を挟みながら町に着いた。
相変わらず人で賑わっている。港が近く異国人も多く来訪するためか、住民たちは自分達とは違った風貌の彼女を見ても少し視線をやるだけで興味なさげに視線を他にやる。
大鳥のケロを移動動物たちの休憩小屋に連れていき、すぐ戻るねと声をかける。
金貨を1枚握りしめ、ついでにお金の足しになればと、葉っぱで作った筒を背負い記憶を辿りに何でも屋に向かう。
「いらっしゃい」
人の良さそうな丸い顔をした髭面の店主が顔をあげる。彼女の顔を見て少し驚いている。
「久しぶりだねアエラ、ここ最近こないから心配していたんだよ」
眉毛を少し垂れさせ安堵の表情を見せた。店主であるダレルはよそ者の彼女達に出会ったときから、優しかった。いくら異国の来訪者が多いとはいえ、この町の住民は最初の頃彼女達家族を不審に思い、物を買ったり売ったりしてくれなかった。
しかしこの店主だけは他の住民と違い最初から受け入れてくれていた。寡黙な父でさえ彼とは少しずつ会話をしていた。
「アトラスとは一緒じゃないのか? アトのやつ最近見てないが元気かい?」
父の名前を言われドキリとする。父を愛称で呼ぶくらいに仲が縮まった彼なら何か知っているかもと期待を込めて此処に来た。彼も知らないのかと落胆し、表情に出さないようにアエラは答えた。
「お父さんは母さんのことがあって少し落ち込んでるけど大丈夫だよ、今は家で作業してておつかい頼まれたの」
上手く言えただろうか。アエラはドキドキしながら店主を見る。
彼はまっすぐな目で彼女をみつめる。
不自然だったかとアエラは、背中に汗がつたう。
少し間が空き。
「そうかい、それなら良かった。イリーナのことがあったから、、君達のこととても心配していたんだよ。本当に惜しい人を亡くした」
母の名前が出て不意に涙が出そうになる。久しぶりに母の名前を聞いた。亡くなって以来、母の事を父と話すことは無かった。父は母が亡くなったという事実を受け入れたくないようだった。アエラもまた同じであった。
しんみりとした空気を振り払うように、グレルは明るくアエラに問いかける。
「今日は何か買いに来たのかい?」
「塩とパンを買いに来たの、それとこれって買い取ってもらえたりする?」
アエラは作った筒をグレルに見せる。
「塩とパンだね、はいよ。
う~んちょっと見せてもらえるかい」
塩とパンを商品棚から取りアエラの前に置き、アエラが作った筒を受け取りしばらく見たあと
「アエラごめんよこれは買い取れない。こういった筒なら他の奥様達も自分で作れてしまう。買う人がいない」
グレルが悪いわけではないのに眉を寄せ申し訳無さそうにいう。
やっぱり仕方ないか、母が昔に作っていたのを朧気な記憶を頼りに作った代物だ。そう簡単に売り物にはならない。
「全然大丈夫、塩とパンもらうね、これで足りる?」
受け取った塩とパンを肩に掛けていた鞄にいれ、握りしめていた金貨を1枚グレルに渡す。
「もちろんだよ、ちょっと待ってね」
金貨を受け取りお釣りを数えアエラに渡す。
グレルは、
「そうだ!」
と声をあげ、アエラに近くにあった本を見せる。
「これを見て作ってみたら?」
確かに良さそうだ、上手くできたら収入源になりそう。
「これいくら? お釣りで足りるかな」
アエラが受け取っていたお釣りから払おうとすると
「なに言ってるんだい。これは売り物じゃないから持っていておくれ」
グレルそう言ってお金を受け取らなかった。
「そんな悪いよ!」
アエラが再度お金を渡そうとする。しかしグレルは頭をふりお金を受け取らない。
「いいんだよ、その代わり作ったものをうちに売りにきてほしい」
本をタダでくれるうえに、これからの収入源も提供してくれるなんて。グレルの優しさに胸がぎゅっと締め付けられた。
「ありがとう! すぐに作って売りに来るから!」
アエラはグレルに感謝しながら本も鞄にいれ店を後にし、ケロの所に向かい帰路につく。
彼女は1人で町に行けて少し誇らしげな気分になった。とても孤独だったが、1人でも生き抜けるかもしれないと希望が見えてきた。
「平気、大丈夫だよアエラ」
潤んだ瞳を袖で拭き自分に言い聞かせ、奮い立たせた。
―8年後―
ザクザッザク
そこには、木でできた人形に剣を何度も振りおろし稽古をしているアエラがいた。
大人になり動きやすいようにと、夜のように黒い髪は耳下あたりで切りそろえていた。剣の稽古の後は、弓を引き的に矢を当てる。
稽古が一通り終わり汗を拭く、そこへ一匹の白狼が近づいてきた。
「どうした、ルイ」
何年か前に家の近くで白狼がケガをしていたため、看病をしたら懐いた白狼のルイが稽古終わりのアエラに近づく。ルイを撫でてやり、大鳥小屋に向かいケロに餌をあげる。アエラはすっかり1人での生活に慣れていた。
稽古や餌やりが終われば、町の何でも屋であるグレルの店に卸す工芸品を作る。完成した品を鞄に詰めケロに背負わせる。ケロもあれから成長し2メートルほどになっていた。
ケロに乗り町へ向かう。過ごしやすかった秋が終わり、冷たい空気で冬の訪れを感じる。
さっさと町で用事を済ませて家で休もう、そう考えケロを走らせているとふと川岸に白い毛が見える。うさぎでも溺れてるのかと思い、助けてやろうと近づく。
しかし、うさぎにしてはでかい。足を進めどんどん近づいてみる。
「誰だこいつ、」
それは男だった。
うさぎだと勘違いしていたのは、どうやろ男の白い髪だったらしい。男が川に溺れている。
辛うじて顔は川から出ているが、秋も終わり冬の始まりのこんな季節に川にはいるなど、どういうことだ。
近づいて、顔を覗く。
アエラは驚いた。なぜなら、今まで見てきたどんな人より綺麗な顔だったからだ。年は彼女と同じか少し上ぐらいに見える。
しかし、長い事川に溺れていたせいか男の顔は雪の様に真っ白になっていた。
ふと男の体を見ると、腕や胸元に斬られたような細長い傷が見える。
(こいつ助けない方がいいかもしれない。)
誰かと争って怪我を負い川に落ちたのかもしれない。アエラは一人で静かに暮らしている。誰にも気を遣わず自由な今の生活が気に入っている。
得体のしれない男を助けたら厄介事に巻き込まれて大変だと頭によぎる。
面倒事はごめんだと通り過ぎようとした。
すると男が少しみじろき
「うっ」
うめき声をあげた。ぎょっと男を見ると意識はないようだ。
しばらく男を見つめ、仕方ないと大きなため息をつき男を川から引き上げる。
「おい、起きろ!」
持っていた布で男の体を拭きながら声をかける。しばらくすると声に気づいたように、男がうっすらと目を開ける。
「おいお前何者だ、 名前はなんだ、町のもんか?」
矢継ぎ早にアエラは男に声をかける。しかし、男は意識が朦朧としているようで上手く喋れない。
やっとの思いで男は声をだす
「君が助けてくれたの? ありが…と」
男はそう言うとまた意識を失った。
感謝の言葉を言われるなんて、何でも屋のグレルと彼の奥さん以外からはもう何年も言われてない。
アエラは不意に礼を言われ面食らう
本当だったら此処に捨てていきたい。だがしょうがないと立ち上がる。イライラしながらも、よっこらせと男を背負う。
重たいがケロに乗せることぐらいならアエラでもできる。日頃から鍛錬してるかいがあった。自分の家には連れて行きたくないが、町でこの男を運んだら人目を引いてしまう。仕方ないと思い家に運ぶことにした
アエラの遠い記憶では、なにかに追われるように家族で逃げ流れついたのがこの森だった。
幼い頃は幸せだった。しかし母は病弱だった。森で暮らしてしばらくして母は亡くなった。森の近くにある町の医者にも見せたがもうすでに手遅れだった。母が亡くなり父は少しずつ荒れていった。何かに対して強い怒りを持っていた。
父は寡黙な人だった。あまり甘えた記憶はない。けれど母を大切に思い凛々しく堂々としている父を尊敬していた。どこで覚えたのか知らないが剣や弓などの扱いに長けていて、よくアエラに稽古をしてくれた。決して褒めてくれるわけじゃないが、彼女は父とのその時間が大好きだった。
そんな父が母の死を境に1人でいる時間が増えていっていた。しかし、しばらくして母が生きていたときのように稽古をしてくれる時間が増えた。
彼女は父が母の死を乗り越えて前を向いてくれたのだと安心し、嬉しかった。
ある時一度も褒めてくれなかったのに
「ずいぶん上手くなった」
と言ってくれた。
あまりに嬉しくてその日の記憶は曖昧だ。そのまま寝て、また稽古をしたら父に褒めてもらえると思いわくわくして起きた。
しかし家の何処を探しても父は見当たらない。母が死んでからたまに彼女を置いて何も言わずに何日か出かけてしまうことがあった。またそうなのだろうと彼女は思った。だけど待てど暮らせど父は帰ってこず1週間がたった。
アエラは思った、父は私を捨てたのだと。父は母の死を受け入れたわけではないのだ。
見ないふりをしていたが、母が死んでから父は何かに囚われ、剣や弓の鍛錬をより一層こなすようになっていた。
たまに父が1人で出て行ってしまうとき、帰ってくると血なまぐさい匂いがかすかにしていた。
父は自分たちをこの森に追い込み、母を結果的に死においやった何者かに復讐をしようとしてるのだと。
父を尊敬していたが、いつもアエラは疎外感を感じていた。いつも父の中での一番は母であるように見えていたからである。
悲しかった、母の死を乗り越え自分と一緒に歩んでくれる未来を少し期待していたからである。
彼女はこれから1人でこの広い森の中で孤独に生きていかねばならないのである。この時アエラは、12歳になろうとしていた。
父が去ってからの日々は目まぐるしかった。父は少し食料を残してくれていた。しかし、それも1ヶ月もすれば底をつきた。
森で果物採りや川で魚を釣るのは日常的にしていたため、少しは食料を確保できたが毎日収穫があるわけではない。どうにかして食料を増やさなければいけない。調味料だってもう底を尽きた。
何か食べられる物はないか家中を探してみる、しかしすでに探し尽くしているため見つかるはずもない。
途方にくれているとふと父の部屋が目にはいる。
父が出ていってからアエラは一度も父の部屋をのぞかなかった。父の作業部屋のため、母が生きていた時は「お父さんの邪魔しちゃだめよ」と言われ部屋に入ることはなかった。
父に叱られた訳ではないが何故か入ってはいけないような気がしていたのだ。
何か父の手掛かりがあるかもしれない、と意を決して中を覗く。扉を開けると父の匂いが香る。懐かしさと父がもういない悲しさにずきっと胸が痛む。殺風景な部屋だった。荷物も全部持っていってしまったのだろう。
何となく机の引き出しを開ける。
「なにこれ」
そこには木箱があった、蓋を恐る恐る開けるとそこには数枚の金貨と折り畳まれた古びた紙が入っていた。紙を広げると見たことのない文字が書いてあった。
――アエラは父や母の故郷のことを思い出す。
幼い頃母とよく町へ買い出しに行っていた。
町の住民は金髪や赤毛が多かった。しかしアエラ達家族は漆黒の髪だった。アエラ達の家から町に行くまでは多少時間がかかるが、国をまたぐほどの距離ではない。そのため、自分達家族とは明らかに違った町の住民の風貌がアエラには不思議でならなかった。
どうしても気になってしまい、母に幼い頃のアエラは聞いたことがあった。
「おかあさん、なんでアエラ達は髪が真っ黒なの?」
無邪気に聞くアエラを母は少し驚いた顔をして見つめた。
「おかあさん・おとうさんやアエラは違う国出身だからよ」
母は間をおきそう答えてくれた。
「そうなの、なんていう国なの?」
アエラは初めて聞く事実に興奮し好奇心で母に質問した。
「ここから遠いけど水がきれいな、のどかな所よ」
母は答えてくれた。アエラはそれ以上は母に聞かなかった。いや聞けなかった。
母や父の故郷の国の話をしている母は笑顔だけど、とても悲しい顔をしていたからである。
彼女はそれっきり母に故郷の事を尋ねることはしなかった。もちろん父にだって尋ねることはなかった。
彼女は直感で古びた紙に書かれている異国の文字は、母や父の故郷の文字なのだと思った。
気にはなるが今は食料が先だ。木箱から金貨だけ拝借し古びた紙は木箱にしまい引き出しを閉じる。金貨があるなら町に買い出しにいける。
父や母がいる時は、必ずどちらかと一緒に町に買い出しに行っていた。 数ヶ月に一度母が作った工芸品や父が狩ったイノシシや鳥などを町で売って、必要なものを買っていた。
だけどもう父や母はいない。
1人で生きていかねばならない。
よし、日が落ちる前にケロに乗って行こう。大鳥小屋に向かい彼女の愛鳥に声をかける。
「ケロ町へ出かけるよ!」
この地域では大鳥という成体であれば体長2メートルを超え、地面を走る鳥型の家畜動物がいる。この地域では移動する際は大鳥に乗って移動するのが普通だ。
丸い目をこちらに向け、ケロケロと嬉しそうに近づくケロをワシャワシャと撫でる。
この大鳥がいるから、父が去り誰にも頼ることのできない孤独な時間も耐えることができた。父の大鳥は父と共に出ていったためもういない。
早速町に行く準備をする。身だしなみなど森にいる時は気にしないが、人が多い場所に行くため鏡で髪を少し整える。母が生きていた時は、町へ出かける前は決まって鏡の前にアエラを座らせ髪をといてくれた。
昔の幸せだった時の記憶を思い出し感傷にふける。
ふるふると頭をふり、頬を両手で叩く。
準備を整え出発する。
ケロに乗り2時間ほどの道のりを行く。途中で休憩を挟みながら町に着いた。
相変わらず人で賑わっている。港が近く異国人も多く来訪するためか、住民たちは自分達とは違った風貌の彼女を見ても少し視線をやるだけで興味なさげに視線を他にやる。
大鳥のケロを移動動物たちの休憩小屋に連れていき、すぐ戻るねと声をかける。
金貨を1枚握りしめ、ついでにお金の足しになればと、葉っぱで作った筒を背負い記憶を辿りに何でも屋に向かう。
「いらっしゃい」
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「久しぶりだねアエラ、ここ最近こないから心配していたんだよ」
眉毛を少し垂れさせ安堵の表情を見せた。店主であるダレルはよそ者の彼女達に出会ったときから、優しかった。いくら異国の来訪者が多いとはいえ、この町の住民は最初の頃彼女達家族を不審に思い、物を買ったり売ったりしてくれなかった。
しかしこの店主だけは他の住民と違い最初から受け入れてくれていた。寡黙な父でさえ彼とは少しずつ会話をしていた。
「アトラスとは一緒じゃないのか? アトのやつ最近見てないが元気かい?」
父の名前を言われドキリとする。父を愛称で呼ぶくらいに仲が縮まった彼なら何か知っているかもと期待を込めて此処に来た。彼も知らないのかと落胆し、表情に出さないようにアエラは答えた。
「お父さんは母さんのことがあって少し落ち込んでるけど大丈夫だよ、今は家で作業してておつかい頼まれたの」
上手く言えただろうか。アエラはドキドキしながら店主を見る。
彼はまっすぐな目で彼女をみつめる。
不自然だったかとアエラは、背中に汗がつたう。
少し間が空き。
「そうかい、それなら良かった。イリーナのことがあったから、、君達のこととても心配していたんだよ。本当に惜しい人を亡くした」
母の名前が出て不意に涙が出そうになる。久しぶりに母の名前を聞いた。亡くなって以来、母の事を父と話すことは無かった。父は母が亡くなったという事実を受け入れたくないようだった。アエラもまた同じであった。
しんみりとした空気を振り払うように、グレルは明るくアエラに問いかける。
「今日は何か買いに来たのかい?」
「塩とパンを買いに来たの、それとこれって買い取ってもらえたりする?」
アエラは作った筒をグレルに見せる。
「塩とパンだね、はいよ。
う~んちょっと見せてもらえるかい」
塩とパンを商品棚から取りアエラの前に置き、アエラが作った筒を受け取りしばらく見たあと
「アエラごめんよこれは買い取れない。こういった筒なら他の奥様達も自分で作れてしまう。買う人がいない」
グレルが悪いわけではないのに眉を寄せ申し訳無さそうにいう。
やっぱり仕方ないか、母が昔に作っていたのを朧気な記憶を頼りに作った代物だ。そう簡単に売り物にはならない。
「全然大丈夫、塩とパンもらうね、これで足りる?」
受け取った塩とパンを肩に掛けていた鞄にいれ、握りしめていた金貨を1枚グレルに渡す。
「もちろんだよ、ちょっと待ってね」
金貨を受け取りお釣りを数えアエラに渡す。
グレルは、
「そうだ!」
と声をあげ、アエラに近くにあった本を見せる。
「これを見て作ってみたら?」
確かに良さそうだ、上手くできたら収入源になりそう。
「これいくら? お釣りで足りるかな」
アエラが受け取っていたお釣りから払おうとすると
「なに言ってるんだい。これは売り物じゃないから持っていておくれ」
グレルそう言ってお金を受け取らなかった。
「そんな悪いよ!」
アエラが再度お金を渡そうとする。しかしグレルは頭をふりお金を受け取らない。
「いいんだよ、その代わり作ったものをうちに売りにきてほしい」
本をタダでくれるうえに、これからの収入源も提供してくれるなんて。グレルの優しさに胸がぎゅっと締め付けられた。
「ありがとう! すぐに作って売りに来るから!」
アエラはグレルに感謝しながら本も鞄にいれ店を後にし、ケロの所に向かい帰路につく。
彼女は1人で町に行けて少し誇らしげな気分になった。とても孤独だったが、1人でも生き抜けるかもしれないと希望が見えてきた。
「平気、大丈夫だよアエラ」
潤んだ瞳を袖で拭き自分に言い聞かせ、奮い立たせた。
―8年後―
ザクザッザク
そこには、木でできた人形に剣を何度も振りおろし稽古をしているアエラがいた。
大人になり動きやすいようにと、夜のように黒い髪は耳下あたりで切りそろえていた。剣の稽古の後は、弓を引き的に矢を当てる。
稽古が一通り終わり汗を拭く、そこへ一匹の白狼が近づいてきた。
「どうした、ルイ」
何年か前に家の近くで白狼がケガをしていたため、看病をしたら懐いた白狼のルイが稽古終わりのアエラに近づく。ルイを撫でてやり、大鳥小屋に向かいケロに餌をあげる。アエラはすっかり1人での生活に慣れていた。
稽古や餌やりが終われば、町の何でも屋であるグレルの店に卸す工芸品を作る。完成した品を鞄に詰めケロに背負わせる。ケロもあれから成長し2メートルほどになっていた。
ケロに乗り町へ向かう。過ごしやすかった秋が終わり、冷たい空気で冬の訪れを感じる。
さっさと町で用事を済ませて家で休もう、そう考えケロを走らせているとふと川岸に白い毛が見える。うさぎでも溺れてるのかと思い、助けてやろうと近づく。
しかし、うさぎにしてはでかい。足を進めどんどん近づいてみる。
「誰だこいつ、」
それは男だった。
うさぎだと勘違いしていたのは、どうやろ男の白い髪だったらしい。男が川に溺れている。
辛うじて顔は川から出ているが、秋も終わり冬の始まりのこんな季節に川にはいるなど、どういうことだ。
近づいて、顔を覗く。
アエラは驚いた。なぜなら、今まで見てきたどんな人より綺麗な顔だったからだ。年は彼女と同じか少し上ぐらいに見える。
しかし、長い事川に溺れていたせいか男の顔は雪の様に真っ白になっていた。
ふと男の体を見ると、腕や胸元に斬られたような細長い傷が見える。
(こいつ助けない方がいいかもしれない。)
誰かと争って怪我を負い川に落ちたのかもしれない。アエラは一人で静かに暮らしている。誰にも気を遣わず自由な今の生活が気に入っている。
得体のしれない男を助けたら厄介事に巻き込まれて大変だと頭によぎる。
面倒事はごめんだと通り過ぎようとした。
すると男が少しみじろき
「うっ」
うめき声をあげた。ぎょっと男を見ると意識はないようだ。
しばらく男を見つめ、仕方ないと大きなため息をつき男を川から引き上げる。
「おい、起きろ!」
持っていた布で男の体を拭きながら声をかける。しばらくすると声に気づいたように、男がうっすらと目を開ける。
「おいお前何者だ、 名前はなんだ、町のもんか?」
矢継ぎ早にアエラは男に声をかける。しかし、男は意識が朦朧としているようで上手く喋れない。
やっとの思いで男は声をだす
「君が助けてくれたの? ありが…と」
男はそう言うとまた意識を失った。
感謝の言葉を言われるなんて、何でも屋のグレルと彼の奥さん以外からはもう何年も言われてない。
アエラは不意に礼を言われ面食らう
本当だったら此処に捨てていきたい。だがしょうがないと立ち上がる。イライラしながらも、よっこらせと男を背負う。
重たいがケロに乗せることぐらいならアエラでもできる。日頃から鍛錬してるかいがあった。自分の家には連れて行きたくないが、町でこの男を運んだら人目を引いてしまう。仕方ないと思い家に運ぶことにした
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