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第七夜 若月もまた、月
六十七 紅い蝶と子供達 其の三
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はっと振り返ると、険しい顔をした村の男が二人篤実を睨んでいた。一人はかなへびの爪牙で、一人はやまねこの爪牙である。
「壊したんか」
「……何を」
「鶉捕りの罠じゃ」
「いや。己が来たときには既にこの状態だった」
努めて冷静に、堂々と言い切る。疚しいところは何もないのだから、いくら男達が篤実を不審な目で見ていようと臆する必要はない。篤実は落ちている小袋を拾い上げながら振り返った。
「見慣れない爪牙の者を見かけた故、その者が居た辺りを探ったら血の跡が此処まで続いていた。……猪の一番上の娘も先程まで一緒に居て、その者を見ている筈だ」
「確かに、さっきすれ違ったわい」
「己は洗濯の手伝いをした。……男衆が、余所者である己を見張っていたのは知っている。其方達は気付かなかったか? その……他所者の爪牙の子供が、彷徨いていたこと」
子供と聞いて、男達が顔を見合わせた。篤実が返答を待っていると、やまねこの男がフンと鼻で笑う。
「お前の様な人間族の若造に、わしら爪牙の大人子供の見分けがつくんか。のう?」
「そうじゃそうじゃ。お前、十兵衛を色仕掛けで誑かして上手いことをやったつもりかもしれんが、儂等はそうはいかんぞ」
かなへびの男も続く。
篤実は一拍か二拍の間、何も言わなかった。ただ、幾度か瞬きをして、視線を地へ向ける。
「己が……十兵衛を誑かした、か」
「……な、何じゃ」
「そう、だな。己は十兵衛を誑かそうとしているのやもしれぬ」
開き直りとも取れる発言である。男達は一瞬呆気に取られるも、ざりっと地面を踏みしめ前のめりになり口を開きかけた。
「だがッ――」
右手を突き出し、二人を制す。
「其方達の知る大神十兵衛は、色仕掛けなどに引っ掛かるような軟派者か?」
腹に力が籠もるのを感じながら、篤実は男達へ畳みかける。真っ直ぐ、正面から視線をぶつけ、左手はぎゅうと拳を握り締めた。
「この村が育てた一番槍は、妻を喪ってこれ程の年月を経ても、褪せる事のない心からの愛で墓を守る男は、色仕掛けに揺らぐような軟派者か? いや、違うであろう!」
篤実は息を吸い、丹田に力を込め浅く顔を顰めた。
「あの男は……誰よりも義に篤い勇士だ」
そして篤実は左の拳を緩め開く。拾い上げた小袋を掌に乗せて、彼らへ差し出した。
「これが此処に落ちていた。己の物ではない」
小さな巾着袋であった。栗の実程の大きさで、織り柄のある生地が使われている。篤実に気圧されてたじろいでいた二人が漸く手の上を覗き込んだ。
「ワシのじゃねえ」
「オラもしらん」
「そうか。中に何か入っているようだが、開けても構わぬか」
「……お、おう」
黒いかなへびの男が頷く。この場の空気は、篤実が制していた。
「壊したんか」
「……何を」
「鶉捕りの罠じゃ」
「いや。己が来たときには既にこの状態だった」
努めて冷静に、堂々と言い切る。疚しいところは何もないのだから、いくら男達が篤実を不審な目で見ていようと臆する必要はない。篤実は落ちている小袋を拾い上げながら振り返った。
「見慣れない爪牙の者を見かけた故、その者が居た辺りを探ったら血の跡が此処まで続いていた。……猪の一番上の娘も先程まで一緒に居て、その者を見ている筈だ」
「確かに、さっきすれ違ったわい」
「己は洗濯の手伝いをした。……男衆が、余所者である己を見張っていたのは知っている。其方達は気付かなかったか? その……他所者の爪牙の子供が、彷徨いていたこと」
子供と聞いて、男達が顔を見合わせた。篤実が返答を待っていると、やまねこの男がフンと鼻で笑う。
「お前の様な人間族の若造に、わしら爪牙の大人子供の見分けがつくんか。のう?」
「そうじゃそうじゃ。お前、十兵衛を色仕掛けで誑かして上手いことをやったつもりかもしれんが、儂等はそうはいかんぞ」
かなへびの男も続く。
篤実は一拍か二拍の間、何も言わなかった。ただ、幾度か瞬きをして、視線を地へ向ける。
「己が……十兵衛を誑かした、か」
「……な、何じゃ」
「そう、だな。己は十兵衛を誑かそうとしているのやもしれぬ」
開き直りとも取れる発言である。男達は一瞬呆気に取られるも、ざりっと地面を踏みしめ前のめりになり口を開きかけた。
「だがッ――」
右手を突き出し、二人を制す。
「其方達の知る大神十兵衛は、色仕掛けなどに引っ掛かるような軟派者か?」
腹に力が籠もるのを感じながら、篤実は男達へ畳みかける。真っ直ぐ、正面から視線をぶつけ、左手はぎゅうと拳を握り締めた。
「この村が育てた一番槍は、妻を喪ってこれ程の年月を経ても、褪せる事のない心からの愛で墓を守る男は、色仕掛けに揺らぐような軟派者か? いや、違うであろう!」
篤実は息を吸い、丹田に力を込め浅く顔を顰めた。
「あの男は……誰よりも義に篤い勇士だ」
そして篤実は左の拳を緩め開く。拾い上げた小袋を掌に乗せて、彼らへ差し出した。
「これが此処に落ちていた。己の物ではない」
小さな巾着袋であった。栗の実程の大きさで、織り柄のある生地が使われている。篤実に気圧されてたじろいでいた二人が漸く手の上を覗き込んだ。
「ワシのじゃねえ」
「オラもしらん」
「そうか。中に何か入っているようだが、開けても構わぬか」
「……お、おう」
黒いかなへびの男が頷く。この場の空気は、篤実が制していた。
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