真神ノ玉-雪原に爪二つ-

続セ廻(つづくせかい)

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第七夜 若月もまた、月

六十六 紅い蝶と子供達 其の二

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「ん?」

 二人は振り返る。茂みに、紅い蝶がひらひらと羽を羽撃かせ宙を舞っていた。

 そして、見慣れぬ顔の少年が一人立っていた。

 黒い毛皮に覆われた顔と、袖から同じ毛色の腕が見える。ほっかむりで頭を隠しているが、爪牙の者らしい。

「どこの子ぉじゃあ?」

 少年の立っている茂みは、森の入口のような藪で道らしい道も無い。猪の娘が首を傾げているのを確認して、篤実は立ち上がった。

「己が声を掛けてみよう。其方は此処に」

 そう告げて少年の方へと顔を向けると、目が合った途端に彼は走り出した。

「……」
「其処のッ」

 ガササッ!と少年が藪を掻き分ける音はどんどん遠離とおざかっていく。追うべきかと悩むが、そこで見送るに留まった。

「あ……」

 少年の居た辺りに、数匹の赤い蝶が残る。

「追わんでえぇよ、ゆきさま」
「しかし…」
「あれぐらいの爪牙の者なら、ちょっと道に迷っても地力で戻れるじゃろう」

 猪の娘は再び残りの洗濯物を手に取り、笑いながら川で濯ぐ。少年の居たところに取り残された赤い蝶は、徐々にばらけて村の中を飛び始めた。

「強いのだな、爪牙の者達は」
「雪の中を、あーんな格好で此処まで来たゆきさま程じゃねえよう。ゆきさま、ほらまだ残っとるよお」

 娘の小さな尻尾がくるんと揺れて、河原の石を撫でた。近くに止まろうとした一匹の赤い蝶が払われて、またひらひらと飛び回る。
 篤実の側へと飛んできたまた別の一匹へ人差し指を差し出すと、赤い蝶は音も無く止まり、ゆっくりと羽を動かした。まるで、木瓜の花弁が独りでに揺れるかのように見える。

「珍しい蝶だな。初めて見る」
「へぇー、オラぁ蝶はぜーんぶ同じに見えるなぁ」
「そうか?」
「蝶は食えねえしなあ」

 顔を上げ空を見上げ、ふすー…と娘が鼻を鳴らす。ぎゅううと絞った着物から、水が滴り落ちた。

「はは、違いない」

 洗濯を終えると、篤実は娘に昼餉へ誘われた。しかし篤実はそれをまた今度と断ることにした。

 娘を見送った頃には濡れていた髪もすっかり乾いて、風が吹くとふわりと揺れる。見たことの無い蝶と見知らぬ少年が現れた事が気になって、篤実は彼が現れた辺りへと足を向けた。

 手で茂みを分けて周囲を見回す。すると、何処からともなく赤い蝶が再びやってきて、枝の先に止まった。

「ん……?」

 なんとなしにその蝶の方を見、さらにその下を見ると土の上が不自然に濡れていた。
 水が零れたのとはまた違う、それよりももっとどろりとした黒い水。

「……――血?」

 血溜まりというには小さすぎるし、辺りに動物も居ない。

「そういえば、この辺りにうずら捕りの罠が……」

 集落に近いこの辺りには、子供らの練習を兼ねた小さな罠が仕掛けてあったはずだ。篤実が注意深く足元を見ると、藪の中を歩いた痕の上に血痕が残っていた。

「あの子供……怪我をしていたのだろうか」

 さく、さく、と土を踏みしめながら足跡を辿っていく。すると、さっきよりも量の多い血の跡と、壊れてしまった罠が見つかった。壊れ方からして、何か獲物が掛かっていたようなのだが無理矢理外してしまったらしい。

「盗まれた……のか?」

 なら、血痕は罠に掛かっていた獲物の物なのだろうか。しゃがみ、地面を撫で、歪んでしまった罠を退けて篤実は手を止めた。

「……これは……」

 紐が解けてしまった小さな袋が、その側に落ちていた。

「何をしとる!」
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