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第一夜 平安の世に雪舞う
四 若君との再会 其の三
しおりを挟むおよそ五年前、国境は晴れ渡った空模様の清々しさと裏腹に殺気立っていた。
「奴らが夕陽を背にすると此方は目が眩んで面倒なことになる。そうなる前に場を制するぞ! 速やかに陣形を取れ!」
「雪政様お下がり下さい! 篤実様!」
その日太陽が南を越える前に、東朝軍が使う黄色い狼煙が上がったのだ。西朝軍が動き出したという情報を得た東朝の軍は、俄に慌ただしくなる。
前軍の兵に伝令が来る頃には太陽は更に西へと向かい始めていた。
火薬のにおい、油のにおい、そして毛皮を逆撫でるようなひりついた空気。敵の兵を前にして十兵衛達の緊張はいよいよ高まっている。
そんな前軍の一部が、開戦前の空気にしては妙なざわめき方をしていた。
一体何事か、気が散っているにしてもだらしがない。槍を握り締め、顔を顰めなながら十兵衛も後ろを振り返った。
――――甲冑の輪郭が朝露のような艶を放つ。馬が唇を震わせて息を吐き、それに跨がる人が居た。
「――槍衆よ!」
もっと後方に控えているはずの四の宮が馬に乗り、こんな所まで出て来ている。隣でそれを制そうとしているのは彼を守るべきである馬廻の役を負った人間だろう。毛皮のない首筋が覗くが、小柄な爪牙族に負けぬ体格と立派な刀を携えていた。
十兵衛が膝を突こうとするが、若大将は「やめよ」と短く制し、握り締めた采配を西へと向けた。
「余に頭を垂れるのが其方らの役目ではない。一刻も早く槍を西へ構えよ」
篤実の采配は西の敵軍へと向いているが、兜の下より翡翠の双眸が十兵衛をしっかりと見つめていた。赤い緒を締めた小さな顎の正中に、形良い唇が開く。
「大神十兵衛」
名を呼ばれた瞬間、鼻先から頭を真っ直ぐ刺し貫かれたかと錯覚した。
「ッ……し……失礼しました。槍衆!」
その一瞬の衝撃が、頭の後ろで燃えるような熱となり、毛皮は背中から脛までぶわりと立ち上がり、食い縛った牙の合間から熱い息を吐いて十兵衛は奮い立つに至る。
「太陽があ奴らの後方へ傾く前に叩くぞ! 皆の者!」
篤実の声が隼のように響く。十兵衛は前へ出ながら負けじと声を張り上げた。
「聞いたかお主ら! 槍を持てぇッー!」
そして、無意識の内に大地を蹴り走り始める。
「我らの大地を! 民を! 守るものと心得よ! 始祖神帝の御旗は此処に在り! 始祖神帝の御旗は我らにこそ有り‼」
若大将の声を背に受け、視線を受け、鼓動は足音と一体となり、大神十兵衛は戦場を駆けた。
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