真神ノ玉-雪原に爪二つ-

続セ廻(つづくせかい)

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第七夜 暗雲に月翳り

五十五 山賊退治の支度

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 精一杯胸を張る篤実を前に、保紹やすつぐあきらも真剣な眼差しを向け、その姿を焼き付けた。そうして暫く沈黙が流れた後に、彰がパンッと鳴らした事で篤実は脱力し、十兵衛は顔を上げた。

「我等と共に帰る意思がある…と言うことですね、雪政」
「はい」
「――そこの十兵衛を連れて、と言うことですか」
「フッ。良い忠臣ではないか、保紹よ」

 そこで保紹が肯定しないので、十兵衛は次第に緊張し始める。

「こうして並ぶと毛色の白い者同士、連れ合いに見えなくもない。雪千代のそれは女物の着物であるしな」
「つれあっ…」
「叔父上、雪政をからかわないで下さい」

 保紹は眉間に皺を寄せ、指先で揉み、考え込んだ。

「……それで、十兵衛よ」
「はい、保紹殿」
「――お前は雪政がここへやって来て、何か変わったことはありましたか。愚弟は、そなたは目が見えぬ故に雪政の妖力じみたものに惑わされないと言っていましたが」
「……いや…それが、その」

 ぺたぁ…と十兵衛の耳が寝て、後ろでは尻尾が力なく垂れた。

「若君が儂の元にお出でになった日から儂は………淫らな若君の夢を、繰り返し見ております」
「そ、――そうだったのか⁉ 十兵衛」
「成る程、生まれついての盲でない限り淫らな夢は見てしまうものなのか」
「感心している場合ですか? 叔父上」

 篤実は十兵衛の言葉に頬を熱く火照らせ、俯いていた。いたたまれなさからか、崩していた足を再び正座にしている始末。

「だが…まぁ、その…儂の聞く限りじゃ、別にこの村で他にそんなふしだらな夢ばかり見る様な話は…聞いておらんので」

 夢どころか天目屋が篤実にしたことは敢えて数に入れずに十兵衛はここ最近の村の様子を思い返して首を横に振った。

「ふむ…都の屋敷は、この村の集落の家が五つは入るだろう広さです。仮に屋敷であった事が、この十兵衛以外に起きていないのなら……愚弟の宛てはあながち外れた訳でもないのやも知れません」
「雪千代に衆道の作法を説くのは早いと保紹は言ったが、いや、こうなるくらいならば手解きをしておくべきだったか」
「「叔父上!」」

 彰の台詞に保紹と篤実の声がぴったりと重なった。

 兄弟は一度チラリと視線をあわせた後に、保紹が咳払いし、座り直す。当の彰はワハハと笑うばかり。

「叔父上には後ほど余から話したいことが御座います。忘れること無きよう。それはさておき雪政」
「はい」
「お前は我等と共に都に帰ってもらう、しかし、勝手に飛び出してきたお前が何の功績も無く戻るというのも周囲に示しがつかぬでしょう」
「ほう、保紹は厳しいことを言うな」
「下手をすれば流刑の噂が立ちかねない状況です、叔父上。そこで、雪政には一つ仕事を任せたい。いや……愚弟と、隣の十兵衛にです」

 二人はピクリと背筋を正した。

「はい、我が全力を以て成し遂げます」
「こらこら、聞く前にそんなことを言うものでは無いぞ雪千代。保紹ももったいぶるでない」
「余はもったいぶったつもりも無いのですが、はぁ……本題です。二人には街道に出るという賊を退けてもらいたい」
「――わ…若君と儂で、破落戸ならずものを捕らえろと仰せにございますか」
「なんだ、怖じ気づいたのか一番槍」

 彰に挑発され、十兵衛の耳がピンと真っ直ぐ立った。そして眉間に皺を寄せてぐるぅ…と唸る声を漏らす。

「――十兵衛、そなたが案じているのがもし余のことならば、心配は無用だ」

 横から響く主君の声に十兵衛は鼻先を隣へと向けた。

「…勿論、今すぐにとは言わぬが、刻限は設けさせてもらいます。明日より一月の間です。それまでに街道に出る賊を退けなさい」
「何、俺達も力を貸すこと吝かでない。ただ、誰をどう使い、どのように事態を収めるか、それは其方が考えねばならんな、雪政」
「……はい、承知しました。十兵衛」
「はっ」
「………そなたも、頼む」
「無論じゃ、篤実殿」

 十兵衛は頭を垂れ、自らの主君が己を頼りにしていると言うその声が、凜とした張りのある声である事を喜び、膝の上の拳を握りしめた。



「我々はここに来る途中、街道に山賊が出るという話を聞きました」

 保紹と彰、そして篤実は村長と対談に臨んだ。篤実が世話になったこの集落が深刻な被害を被る前に賊に対処したいと申し出たのだ。無論、三人とも真の素性については伏せたままであるが。

「はぁ、はぁ…確かに今年の春は行商が来るのが遅れとるとうちのモンも話ちょりましたが、そんな、んまぁ」
「村長殿、昨日旨い酒に寝床を用意して貰った礼もある。仕事柄他にも国中を廻って居るが、此処の者は皆心根が清い。幸い俺達には商いの他に武の心得もある」
「そンでぇ、どうしてちりめん問屋の雪政殿が……お二人と一緒に」

 垂れ耳犬の様な顔をした村長は困惑した表情で三人の顔を順番に見て、顎を突き出すように軽く頭を下げた。隈のような黒っぽい毛が目の周りを囲んでいて、キョロキョロと大きな丸い目が動く。

おれも大神殿と天目屋殿から賊の話を伺いました。二人だけでなく、この村の皆が余所者の己を受け入れ、見守ってくださいました事、心から感謝しているのです。だから……」
「俺達と共に都に帰る前に、恩返しがしたいと、愚弟は申しているのです」

 保紹はそう言って村長の顔を見たが、ううんと唸るばかりでハッキリとした返答は返ってくることがなく、三人は「明日また来てくれ」と言われて外に出されてしまった。

「これは一雨来るやもしれんな」
「……そうですね」

 兄と叔父の呟きに、篤実は浅く眉根を寄せか胸を押さえた。

「……兄上、叔父上」
「何か」

 十兵衛の待つ庵へと戻る途次、三人は集落の人々の視線をひしひしと感じていた。

「我々は、却って怪しまれたのでしょうか」
「だろうな」
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