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第三夜 冠を脱いだ者
廿一 十兵衛、止まる 其の二
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「り、理解が追いつかぬ」
頭を抱えて十兵衛は唸り、呟いた。それは天目屋も同じだったようで、間髪入れずに何か言ってくるだろう彼が、沈黙したままだった。
「ッ……く……」
「なんじゃ……儂の子種汁を口から飲んだだけじゃ、足らぬと、雪政」
天目屋が頭を掻きながら若君に尋ねると、小さな声でああと肯定する声がした。
「ッ……止めろ竜比古兄。これ以上若君に恥を掻かせるような真似はいかん」
十兵衛は身を乗り出し、手を伸ばして篤実と天目屋の間に割って入った。今すぐ腹を切って死にたいが、己の恥よりも若君に恥を掻かせるわけにはいかない。
「薬はないのか。そういう、粗相に効くような」
「その若さで、怪我をしたわけでもないのに普通は粗相せん」
天目屋の言葉に振り返り、十兵衛は篤実の肩へ手を伸ばした。
「そうじゃ。血のにおいがせんから気付かんかったが、ここまでの道中でどこか怪我をしたんじゃねえのか」
十兵衛の毛皮に覆われた手を、火照った篤実の手がそっと握って、まるで十兵衛の言葉を遮るかのように引き寄せた。
「……違う……怪我は……して、おらぬ」
十兵衛の手が引かれ、篤実の帯よりも下のなだらかな腹に触れてしまう。
「は……くっ」
熱い吐息を漏らした直後に、若君は何かを堪えるように呻き、深く息を吸った。
「余は…元服の儀式に失敗して、男の子としての役目を、果たせなくなった」
「………」
する……と衣擦れの音がした。すると十兵衛の指先は衣ではなく篤実の下腹に直に触れる。
「十兵衛、そなたには見えぬだろうから……天目屋よ。余の腹に何が有るか、説明を、たのむ」
触れた腹に、無意識に十兵衛は掌全体を当てていた。柔らかい。女のような分厚い肉ではないが、元服から少なくとも五年も経っている、甲冑を纏った男とは思えぬほどに、腹に柔らかな皮が乗って絶妙なまろみを帯びており、その下から雄を昂ぶらせるにおいをさせていた。
「……見たことのねえ図じゃ。何かの呪いか。墨を入れたんか」
「いや、墨ではない。墨ではないのだが、消えぬ。そして……これが、余の、本当の姿を暴く」
篤実の身体が震えていた。震えて、褌を濡らして、膝まで潮を垂らしていた。
「元服の前に、試練として施された。余が真に男ならば、この紋は消えて、立派な世継ぎを作れると。だが、そうでなかったら……真の男でなければ、紋は消えずに女の、雌の欲に――呑まれると」
「雪政…」
十兵衛はそっと篤実の身体を探り、乱れた着物を整えさせる。そうして、彼の前に改めて膝を突き項垂れた。
「若君が、真の男でないなど、ある筈が…」
「己だって! 己だって、信じとうなかった!」
は、は、と短く息をする篤実が再び膝から崩れ落ちた。十兵衛が肩に触れると、篤実はその手をパンッと弾いた。
「戦で南朝の悪鬼を討つにも、そなたらに庇われて震えながら虚勢を張るのが精一杯じゃ! 都からここに来るまで、他にやり方もあったとわかっているのに、己は自分から男に媚びを売った! こんな奴の何処が…どこが、――父上の、息子か…十兵衛の……目を潰してまで…生きる価値があるものか…」
頭を抱えて十兵衛は唸り、呟いた。それは天目屋も同じだったようで、間髪入れずに何か言ってくるだろう彼が、沈黙したままだった。
「ッ……く……」
「なんじゃ……儂の子種汁を口から飲んだだけじゃ、足らぬと、雪政」
天目屋が頭を掻きながら若君に尋ねると、小さな声でああと肯定する声がした。
「ッ……止めろ竜比古兄。これ以上若君に恥を掻かせるような真似はいかん」
十兵衛は身を乗り出し、手を伸ばして篤実と天目屋の間に割って入った。今すぐ腹を切って死にたいが、己の恥よりも若君に恥を掻かせるわけにはいかない。
「薬はないのか。そういう、粗相に効くような」
「その若さで、怪我をしたわけでもないのに普通は粗相せん」
天目屋の言葉に振り返り、十兵衛は篤実の肩へ手を伸ばした。
「そうじゃ。血のにおいがせんから気付かんかったが、ここまでの道中でどこか怪我をしたんじゃねえのか」
十兵衛の毛皮に覆われた手を、火照った篤実の手がそっと握って、まるで十兵衛の言葉を遮るかのように引き寄せた。
「……違う……怪我は……して、おらぬ」
十兵衛の手が引かれ、篤実の帯よりも下のなだらかな腹に触れてしまう。
「は……くっ」
熱い吐息を漏らした直後に、若君は何かを堪えるように呻き、深く息を吸った。
「余は…元服の儀式に失敗して、男の子としての役目を、果たせなくなった」
「………」
する……と衣擦れの音がした。すると十兵衛の指先は衣ではなく篤実の下腹に直に触れる。
「十兵衛、そなたには見えぬだろうから……天目屋よ。余の腹に何が有るか、説明を、たのむ」
触れた腹に、無意識に十兵衛は掌全体を当てていた。柔らかい。女のような分厚い肉ではないが、元服から少なくとも五年も経っている、甲冑を纏った男とは思えぬほどに、腹に柔らかな皮が乗って絶妙なまろみを帯びており、その下から雄を昂ぶらせるにおいをさせていた。
「……見たことのねえ図じゃ。何かの呪いか。墨を入れたんか」
「いや、墨ではない。墨ではないのだが、消えぬ。そして……これが、余の、本当の姿を暴く」
篤実の身体が震えていた。震えて、褌を濡らして、膝まで潮を垂らしていた。
「元服の前に、試練として施された。余が真に男ならば、この紋は消えて、立派な世継ぎを作れると。だが、そうでなかったら……真の男でなければ、紋は消えずに女の、雌の欲に――呑まれると」
「雪政…」
十兵衛はそっと篤実の身体を探り、乱れた着物を整えさせる。そうして、彼の前に改めて膝を突き項垂れた。
「若君が、真の男でないなど、ある筈が…」
「己だって! 己だって、信じとうなかった!」
は、は、と短く息をする篤実が再び膝から崩れ落ちた。十兵衛が肩に触れると、篤実はその手をパンッと弾いた。
「戦で南朝の悪鬼を討つにも、そなたらに庇われて震えながら虚勢を張るのが精一杯じゃ! 都からここに来るまで、他にやり方もあったとわかっているのに、己は自分から男に媚びを売った! こんな奴の何処が…どこが、――父上の、息子か…十兵衛の……目を潰してまで…生きる価値があるものか…」
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