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第一夜 平安の世に雪舞う
五 若君との再会 其の四
しおりを挟む「またお目にかかれるとは、思ってもおりませんでした」
気を失ったかつての将を、十兵衛は己の布団に寝かせて零した。腕の中に残る咄嗟に受け止めた身体の冷えた肌や、彼が身に纏う衣の泥や脂の張り付いた感触、何日も湯浴みをしていないのだろう獣じみたにおいを、改めて思い返す。
不意にぞわりと胸の奥がザワつき、股座が苛だちそうになり、十兵衛は慌てて首を横に振った。
改めて耳を澄ませば、微かな呼吸音がする。
「儂はてっきり、殿上人として若君が名を馳せると思ってたんだが…田舎過ぎるせいか……噂も流れやしねえ。それが……」
ぐる…と喉を鳴らし、十兵衛は胡座を掻いて暫し沈黙した。
かつて夫婦で暮らした庵は、戦場から帰った次の冬に妻が病でこの世を去って以来、もっぱら十兵衛が一人で暮らしている。毛皮のある十兵衛でも冬は火のぬくもりが恋しい位に寒い。人の身体の若君は尚更だろう。火鉢を傍へと引き寄せて、薄っぺらい布団を丁寧に若君の肩まで覆うように掛けた。
「ん…ぅ……」
僅かな呻き声にも十兵衛の立ち耳はピンと震えた。しかし、まだ篤実は目を覚まさない。再び規則的な呼吸が聞こえ、十兵衛はホッとした。
ごくり、と唾を飲み込む。
何故だか無闇にその頬へ触れてしまいたくなるのだが、十兵衛はぐっと堪えた。
「おトキを若様に会わせてやりたかったなぁ」
共に戦場を駆けた、美しい若武者にして、帝の四番目の御子息、篤実親王。妻も、その顔を見られるなど想像したことも無かっただろう。何せここは都からも戦場からも離れた北の田舎なのだから。亡き妻の顔を想像しながら、筵の上で尾をぱふんと弾ませた。
闇の向こうから聞こえる寝息に耳を澄ませていると、十兵衛の腹が鳴った。夕餉を食べ損ねているのだ。
膝を立てて立ち上がり、里芋を入れた粥を拵えることにした。客からもらった魚を生姜と一緒に叩いてつみれにし、豆と大根と一緒に味噌で煮る。
温かく立ち上る湯気に、最初は生の魚のにおいが強かったのが徐々に火の通った飯の匂いに変わっていく。粥を煮る鍋は掻き回したときの手応えと、やはり米から飯の匂いへと変わっていくのを感じ取って火から下ろす。
つみれ汁と里芋粥をよそい、匙と共に手に持って布団のそばへと膝頭で進んでいった。
「……若君」
十兵衛に、篤実の顔色はわからない。碗を傍らに置いて声を掛け、耳を澄ませ反応を待った。
息はしている。僅かに空気が揺れている。弱々しいが、この闇の向こうで生きている。
「冷えて、辛くはねえか…」
十兵衛は布団をそっとめくり上げ、手を探し、両手の中にすっぽりと包み込み、温めた。十兵衛の毛皮の無い掌の中に、百日紅の枝の様に滑らかで、つきたての餅のように柔らかな、しかし、まだ冷たい掌が収まった。指を絡めれば、より早く温められるだろうか等と考えて、十兵衛は己の考えが不敬であると直ぐさま咳払いして気を散らした。
すると、布団が擦れる音と共に包み込んだ薄い手がピクリと動いた。
「……ぶれい…もの…」
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