【第一章】きみの柩になりたかった−死ねない己と死を拒む獣へ−

Ⅷ．冬の訪れ

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　そして西では更に冬の寒さが強まり、森の色味が白黒に近付いていく。
「……レギオン…寂しい……」
　泉のほとりで名もなき呪いの王は、一人その時を待っていた。
　傍らには木乃伊のように干乾びた男の骸。買い出しから帰ってきたその日、獣は自らの呪いを逆手に取り自害した。これ以上老いて自由が効かなくなることよりも、生まれ直すことを選んだのだ。
　雪がちらり、ちらりと舞い始めた朝の事だった。
　パキ。パリ、バリッベリッ。
　乾いた枯れ葉を割るような音が確かに主の耳に触れた。
「……！」
割れていく躯の中から真新しい赤子の手が覗いた瞬間、主はパッと双眸を輝かせる。
「ぅ……あっ！　ああっ！」
　小さな手を握り締めて、老人の骸という揺り籠から起き上がる幼いレギオンの頭を支え、そっと抱き上げる。
「……おかえりなさい、己おれの獣」
「ぁ、う……まぁ」
　生まれたばかりの子供と変わらないレギオンは、思い通りに喋れないもどかしさに手足をバタつかせる。そんな様子も今だけの特別な姿だ。
　柔らかな頬へ頬ずりをして、名前を呼ぶと渋々といった赤子らしくない表情でレギオンは大人しくなった。
　凍えないように毛皮でレギオンを包んで主は自らの部屋へ戻っていく。
「貴方は嫌がるけど、己は小さい貴方も好き。すごく好き。えっと…愛してる」
「なぅー…」
「ん？　どうして怒るんですか。食事にしましょう」
　そうして主が丹念に咀嚼した食べ物を口移しすれば、明日には立ち上がって歩けるようになるだろう。
　今夜からは悪夢にも、痛みや苦しみにも一人きりで耐えるのではない。それがどんなに幸福なことか。
「愛してる……あいしてる。レギオン。……ごめんなさい、あの時、あの人達と行った方がいいなんて言って」
温かい毛皮に包まれて、唯一の人の腕に抱きしめられながら獣はもぞもぞと手を動かし、その白銀の髪を一束握りしめる。
「あー…う、…がぁー！」
「……えへへ」
力強く髪を引っ張る赤子をとんとんと揺らしながら、二人で身を寄せ合い寒さを凌ぐ。


　一年の終わりは、表面上いつもと変わりなく過ぎていった。