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Ⅳ.五人の生贄
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翌朝、建物の外に腰を下ろし寄りかかった状態で睡眠を取ったメロスが目を覚ますと、既にレギオンが鍋を火にかけておりそこに魚の干物やきのこを放り込んでいた。
どういうわけか彼は頭に頭巾を被さり、目元だけ出して顔を隠している。メロスは首を傾げた。昨夜の印象と何かが違うのだがうまく言葉に出来ない。
「…………んぐぅ…」
隣では体をくの字に曲げながら寝ているイオが転がっていた。
「起きたか」
「ああ。良い天気だな」
「そうだな。晴れている内に帰れ」
頭巾越しの籠もった声は昨日よりやや低く掠れていた。鍋の中身は昨夜と同じぐらい多い。
メロスがなかなか目を覚まさないイオを小突いた。
「イ…ロ…イア……ふぐっ! あ……あぁ…おはようふたりとも」
眼鏡を手探りで探しながらイオが体をおこす。良い天気だね、と空模様を確認して、既に革の鎧を身につけ始めたメロスを手招きした。
「もう一人の様子は?」
「おはようイオ。遠目で見た限り昨日と変わらないな……時々起きて藻掻く。死んでは居ない」
「……ちょっとおはようの挨拶してくるよ。僕は朝ごはん要らないからさ、先に食べててくれ」
イオは昨晩遅れて現れた男の元へと向った。大木に腰縄を結び付けて動ける範囲を制限し、視界を塞ぎ猿轡を噛まされた作業服の男。夜の間も藻掻いたのか足元の地面が抉れている。
イオは男の傍に膝を付き脈を確かめ、猿轡を解く。
「おはよう。僕の事わかりますぅ?」
目隠しは外さずに声をかけて男の返答を待った。できれば理性の有る返答が返ってくることを期待して、である。
「ぅ………う………」
男が呻き始めたのを聞いて、その様子を注視する。
「……つ…くしき…くもつ……」
「つくし? くもつ?」
「あ゙ぁ……生贄よ――…」
およそ数日前に交わした時とは全く違う様子の彼の声と意味の分からない単語の羅列に眉を顰める。
「何の話かなぁ……とりあえずさぁ、一緒に帰りますよー。帰るまでが遠征ですよぉ」
呻く男は体を揺らして拘束から逃れようとし始める。これは危険な兆候だ。彼自身の体も傷付けてしまうだろうし、レギオン達の方へ向かえば戦いが始まってしまうかもしれない。
ため息を付いてイオは再び男の首を締め、呼吸と血流を遮断して意識を失わせる。
「レギオンの言っていたことが本当だとしたら、詰所に戻った後もどうしたもんか…」
「イオ」
後ろから声をかけられてのんびりと振り返れば装備を整えたメロスが立っていた。
「昨日と変わらないね」
「そうか……」
「ところでさぁ」
今から君が嫌がりそうなことを頼みたいんだけど、とイオが両手を合わせてメロスの顔を覗き込む。
当然メロスは怪訝な顔をして友人の顔を見下ろし。
「嫌だといってもお前は聞かないからな……聞くだけ聞こう」
心外だなぁ、と笑う友人からどんな面倒事をふっかけられるのかとメロスが身構えると。
「ちょっと僕の事本気で十発ぐらい殴ってよ♡」
想定の十倍は受け入れ難い頼み事だった。
メロスが腹を殴る、足を蹴る。どれも本気で、と言われたがつい手加減してしまうのはやむを得まい。蹌踉めいて倒れてしまったイオを見て怯み手を止める。すると、笑いながらあと最低三発などと抜かすイオに気が触れたかと眉を顰めずにいられない。
「……終わったら説明しろよ」
顔も一発入れといて、と言われて横っツラを殴った。
「はー……痛い…さすが本職だぁ」
大の字に手足を投げ出して何故か満足げな幼馴染を見て、騎士は深く長いため息をついた。
「ゴメンって。レギくんだと加減が分からなさそうだしさあ」
「加減?」
腫れた頬を撫でながら身を起こすイオへ首を傾げながら、殴った後の痛みが残る拳をひらく。
「僕が他の班員に殴る蹴るされて、正当防衛で反撃したことにするからさぁ。痛ってて……」
「馬鹿野郎……」
イオへ肩を貸してレギオンの前へ戻る。鍋の中には具入りの粥が出来上がっていて、椀にまた山盛りによそわれてすぐに食べられるようになっていた。イオはいらないと断ったのだが、レギオンの無言の圧力に折れた。
腹の痛みに呻きながらも粥を残さず食べた一つ年上の幼馴染の頭をメロスが撫でると、彼は眼鏡の下の青葉色を丸くした後にへらへらと締まらない笑顔を浮かべた。
朝食を終えても白銀の髪の青年は建物から出てこなかった。
「騒がせたな、ありがとう」
「おい。……イオ、メロス。お前らだけなら、また来てもいい」
別れ際にそうレギオンに言われて、彼らは少しばかり救いを感じながら、気を失ったもう一人を担いでその場をはなれていった。
どういうわけか彼は頭に頭巾を被さり、目元だけ出して顔を隠している。メロスは首を傾げた。昨夜の印象と何かが違うのだがうまく言葉に出来ない。
「…………んぐぅ…」
隣では体をくの字に曲げながら寝ているイオが転がっていた。
「起きたか」
「ああ。良い天気だな」
「そうだな。晴れている内に帰れ」
頭巾越しの籠もった声は昨日よりやや低く掠れていた。鍋の中身は昨夜と同じぐらい多い。
メロスがなかなか目を覚まさないイオを小突いた。
「イ…ロ…イア……ふぐっ! あ……あぁ…おはようふたりとも」
眼鏡を手探りで探しながらイオが体をおこす。良い天気だね、と空模様を確認して、既に革の鎧を身につけ始めたメロスを手招きした。
「もう一人の様子は?」
「おはようイオ。遠目で見た限り昨日と変わらないな……時々起きて藻掻く。死んでは居ない」
「……ちょっとおはようの挨拶してくるよ。僕は朝ごはん要らないからさ、先に食べててくれ」
イオは昨晩遅れて現れた男の元へと向った。大木に腰縄を結び付けて動ける範囲を制限し、視界を塞ぎ猿轡を噛まされた作業服の男。夜の間も藻掻いたのか足元の地面が抉れている。
イオは男の傍に膝を付き脈を確かめ、猿轡を解く。
「おはよう。僕の事わかりますぅ?」
目隠しは外さずに声をかけて男の返答を待った。できれば理性の有る返答が返ってくることを期待して、である。
「ぅ………う………」
男が呻き始めたのを聞いて、その様子を注視する。
「……つ…くしき…くもつ……」
「つくし? くもつ?」
「あ゙ぁ……生贄よ――…」
およそ数日前に交わした時とは全く違う様子の彼の声と意味の分からない単語の羅列に眉を顰める。
「何の話かなぁ……とりあえずさぁ、一緒に帰りますよー。帰るまでが遠征ですよぉ」
呻く男は体を揺らして拘束から逃れようとし始める。これは危険な兆候だ。彼自身の体も傷付けてしまうだろうし、レギオン達の方へ向かえば戦いが始まってしまうかもしれない。
ため息を付いてイオは再び男の首を締め、呼吸と血流を遮断して意識を失わせる。
「レギオンの言っていたことが本当だとしたら、詰所に戻った後もどうしたもんか…」
「イオ」
後ろから声をかけられてのんびりと振り返れば装備を整えたメロスが立っていた。
「昨日と変わらないね」
「そうか……」
「ところでさぁ」
今から君が嫌がりそうなことを頼みたいんだけど、とイオが両手を合わせてメロスの顔を覗き込む。
当然メロスは怪訝な顔をして友人の顔を見下ろし。
「嫌だといってもお前は聞かないからな……聞くだけ聞こう」
心外だなぁ、と笑う友人からどんな面倒事をふっかけられるのかとメロスが身構えると。
「ちょっと僕の事本気で十発ぐらい殴ってよ♡」
想定の十倍は受け入れ難い頼み事だった。
メロスが腹を殴る、足を蹴る。どれも本気で、と言われたがつい手加減してしまうのはやむを得まい。蹌踉めいて倒れてしまったイオを見て怯み手を止める。すると、笑いながらあと最低三発などと抜かすイオに気が触れたかと眉を顰めずにいられない。
「……終わったら説明しろよ」
顔も一発入れといて、と言われて横っツラを殴った。
「はー……痛い…さすが本職だぁ」
大の字に手足を投げ出して何故か満足げな幼馴染を見て、騎士は深く長いため息をついた。
「ゴメンって。レギくんだと加減が分からなさそうだしさあ」
「加減?」
腫れた頬を撫でながら身を起こすイオへ首を傾げながら、殴った後の痛みが残る拳をひらく。
「僕が他の班員に殴る蹴るされて、正当防衛で反撃したことにするからさぁ。痛ってて……」
「馬鹿野郎……」
イオへ肩を貸してレギオンの前へ戻る。鍋の中には具入りの粥が出来上がっていて、椀にまた山盛りによそわれてすぐに食べられるようになっていた。イオはいらないと断ったのだが、レギオンの無言の圧力に折れた。
腹の痛みに呻きながらも粥を残さず食べた一つ年上の幼馴染の頭をメロスが撫でると、彼は眼鏡の下の青葉色を丸くした後にへらへらと締まらない笑顔を浮かべた。
朝食を終えても白銀の髪の青年は建物から出てこなかった。
「騒がせたな、ありがとう」
「おい。……イオ、メロス。お前らだけなら、また来てもいい」
別れ際にそうレギオンに言われて、彼らは少しばかり救いを感じながら、気を失ったもう一人を担いでその場をはなれていった。
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