【第一章】きみの柩になりたかった−死ねない己と死を拒む獣へ−

続セ廻(つづくせかい)

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幕間Ⅰ.教会にて(イオギオス)

1※R18

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 イオギオス=ガラニスは常に襟巻きを外さない。北から冷たい風が吹く冬の季節も、日差しがじりじりと肌を焼く夏も。なんならタンクトップとハーフパンツに襟巻きなんて珍妙な格好で教会の奉公に従事することだってある青年だった。
「イオギオス、成人おめでとう」
「ありがとうございます、司祭様」
 成人の祝いは同じ年の生まれの者を集めて、年の終わりに教会で行われる習わしであった。その年は夏にじめじめとした雨が長く続いて、冬の雪は少なく穏やかと言っていい冬だった。
「雨の後の治水工事が大変でしたけど、今年は薪不足にならなくて済みそうですねえ」
「君もよく手伝ってくれました。ああ…御母上は息災ですか」
 日も暮れ、教会で開いた祝の席をのんびりと片付けながらイオギオスとその教会のシニアの司祭が話す声が響く。すでに他の参加者は居らず、皆家に帰り寝る支度をしているような時間だった。
「そうみたいです。その…母から僕に手紙とかは来ないもので、親戚伝いに聞くばっかりですけどねぇ。僕たちのことは忘れて生きているだけで十分かなあって」
 イオギオスの母はもう数年彼女の実家に帰ったきり、息子に会うこともなかった。
「思い出さないほうが良いんですよ。僕のことも父と妹のことも」
「それでいいのかね、君は。……まだ若い、周りに頼ってもなにも恥ずかしくない。教会はそのためにあるのだよイオギオス」
 並ぶ蝋燭の灯りがゆらりと揺らいで、二人の影は幾つもに分かれて壁に描き出される。空の杯を盆に乗せて、濡らした布巾で卓を拭き清めるイオギオスの手をふっくらとして年嵩を表すシワの多い手が優しく包みこんだ。
「一人きりで居ては、父上や妹御も、君を心配しているのではないかね」
「……死んだ者の言葉は僕にはわかりませんよ。教会の教えに則ると……どうなんでしょうかねぇ司祭様、僕の家族は安らかに次の生を迎えられたのかどうか」
 襟巻きの上から自分の喉元に手を当てる青年が、眼鏡の下の青葉色の双眸を細めて呟いた。
「その為に我々がいるのだよ、イオギオス」
 嫌だな、と思いながら目を瞑る。司祭の手が離れて扉に鍵をかけた。ああ、そういう事ね、と胸の内に思いながらへらへらと笑ったままでいられる自分の演技力は大したものだと思う。
「君が正しく教会に尽くせば、御魂も有るべき世界の理に救われる」
「おっしゃるとおりです、司祭様」
 長いものに巻かれることを選んだ自分にも嫌気が差す。
「眼鏡が汚れると困るので外しても構いませんか」
「汚れて困るのは眼鏡だけではないだろう。遠慮することはない。お脱ぎなさい、全て」
「お心遣いありがとうございます」
 稚児というには薹が立っているだろう自分に司祭が手を出したのではなく、自分が司祭を求めたという口実を求められている。
 眼鏡を外し、下から着衣を脱いで首を隠す襟巻きを取った。
「おお、可哀想にイオギオス。君の父上はこの世の苦しみから解き放たれてなお最期の怒りにいまだ囚われている…」
「僕の努力が足りないからです、司祭様」
 イオギオスの白い首には、ぐるりと痣が残っていた。彼が父に締め殺されかけた時に刻まれた手の痕だった。
「君はよく頑張っている」
 シャツを脱ぎ、椅子の上に重ねる。肩や背中にもそばかすが浮かぶ青年のやや猫背の肩が橙色を帯びた光に照らされた。
「お仕えすることをお許しください、司祭様」
「ええ、かまいませんとも、イオギオス。君の奉仕の心が、神に伝わるように私が微力ながら手を貸そう」
 これから先の生計の世話になったのと、事業に失敗した父の後始末にこの男の口添えがなければ、母は実家どころか娼館に行かなければならなかったであろう事を考える。偶にこのような悪趣味に付き合うぐらいが自分にできる借りの返し方だと考えて他のことから目を瞑る。
 自分がこうやってこの男の思い通りに動くことで、味をしめて他の信徒に同じことをくり返す可能性を解っていながら流されている。
 正義感の強い幼馴染に知られたらどんなに軽蔑されるだろうか、などという感傷が棘のように胸に刺さった。
 深い赤色の長い前垂れを捲りあげ、黒いスラックスの留め具を外す。作法はすべてこの男から教わった。小心者であるらしいこの田舎の司祭が尻尾を出さないのは用心ゆえに無理強いをしないのと、口の堅さを仲間に一目置かれているから、であるらしかった。
 つまり、自分と似たような卑怯者なのだ。
「ん…は……」
 下着の内にしまわれた性器を丁寧に引き出し、舌を伸ばし重く垂れる陰嚢に奉仕し始める。皮の上から玉を軽く口に含んだり、裏から繋目のような中心線を舐めて喜ばせる。
 司祭がおもむろにイオギオスの肩に触れる。
「昔はあんなに薄くて小さかった少年が、随分と立派になった……」
 手で舐め回すように首から肩の筋肉を撫で、鎖骨から胸板へと下りていく。特別鍛えるような生活ではないが、教会の手伝いは力仕事が殆どだ。イオギオスも成長期に鍛えられ、身長も伸びて体も強くなった。
「――教会のおかげです」
 やや伸び気味の前髪をサイドへ流しながら剥き出しの性器の先端へ恭しく口付けた。唇を窄めて吸い上げながら亀頭を含むと老年の司祭が呻く。
 鰓を超えた所で何度か引っ掛けるように行き来するとよろこばれた。時折顎の疲れに口を開いて、掌の窪みで亀頭をこねる。
「ああ……イオギオス、よく…勉強しているね」
「恐縮です、司祭様」
 司祭の年齢と、マゾヒストよりの性指向はイオギオスにとり幸運だった。尻の使い方も教えられはしたが、もう口と手だけでこの男は満足する。
「ああ、上がってきましたねぇ……司祭様。この場所を汚してしまうと申し訳ありません。どうか……」
 このまま、と再び自分が乞い願う形で口に含む。男の先走りで濡れた手で陰茎を扱くと、睾丸がきゅっと持ち上がり肉竿が脈打った。昔に比べて早くなったなど、どこか他人事のように思いながら頬を窄め じゅっ… と唾液ごと啜り上げると司祭は両手でイオギオスの頭を掴む。
「はぁ……ああ、良い心がけだイオギオス。君に我らが神の祝福を……おお…ッ」
 口の中でひときわ強く脈打った陰茎から青臭い精液がどろりと溢れ出した。目を開けて上を覗き見れば、司祭が天を仰ぎ達するなんとも間抜けな姿と、その後ろの掃除の行き届いた白い壁が目に入った。
「ん――」
 呑み込まずに舌の上に溜めて、こちらを見た司祭へ彼が神聖な場でしたことを見せる。飲み込んで一言「ごちそうさまでした、ありがとうございました」と礼を言って下がった。
「イオギオス――…」
 射精が終わった男ほど切り替えの早い生き物は居ない。服を整えていると声を掛けられた。
「今度手紙の代筆の催しをやる予定でね、君も手伝ってくれるかい」
 農民で字の読み書きが出来るものは半分ほどだ。教会は時折彼らのために手紙を書く場を設ける。
「もちろんですよぉ、司祭様。ああ、これ片付けちゃいますね」
 イオギオスの首には、今も痣がはっきりと残っている。襟巻きでそれを覆い隠すと、彼は使い終わった食器を抱えて裏へと消えていった。
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