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Ⅲ.墓とかまど
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しおりを挟むその頃イオは裏手の墓場の一角の土を操り穴を作っていた。獣に掘り返されないような深さの穴を作るのはなかなか根気のいる魔法で、かれこれ三十分は両手を地面についたまま動かずに居る。
「流石だな、過不足無く正確で俺には出来ない仕事だ、イオ」
メロスが飾り気のない言葉で褒める。
「君、瞬発力型だしねぇ」
メロスに穴を掘らせたら、おそらく盛大に土を飛び散らせて彼を中心にドでかい穴ができてしまう。
八体の躯を収める棺も無い。直にここに埋めるしか無いし他にここに眠る先輩方が居るとしたら、彼らを傷付けたくもなかった。
「ふぅ……こんなもんかな。へへ、褒めても何も出ないよぉ」
八人の仲間の遺体を穴に横たえ、上から土をかける。しっかりと踏み固めて、最後に新しい標を突き立てた。
他の墓も概ね似たような状況で、既に突き立てられた木の標が白っぽく風化して朽ちそうになっていて、地面には草が茂っているものもある。
「わからないことだらけだ、って顔だぞイオ」
「代わりに考えてくれるのかい?」
軽口を叩くイオに、メロスはその場にあぐらを掻いてすわりこんだ。
「まず足が痛い。普段机に向かっている奴が、昨日も今日も歩き回りすぎたよぉ」
イオも話しながら隣に腰を下ろす。木々の隙間から白い月が見えた。木に登れば詰所の旗も、東側の国土を遮る連峰の西の斜面も見えることだろう。
「腹はいっぱいだな。レギオンは料理の腕がいい」
「そのアルジさん……彼はどこの人がわからないけどきれいな人だ。見たこと無いぐらい」
「あれは女神だ。俺が何度も夢で会ったあの人だ」
「ねえー、それ本気で信じてるの?」
子供の頃からメロスは決まってある夢を見ると興奮気味にイオともう一人の幼馴染マリーに語ることが有った。白銀の髪をした女神と会話をして、彼女に幸せを祈られる。メロスが成長しても姿の変わらない夢の中だけの女神。
「ん~十年越しの予知夢なのかな。まぁいいけどさぁ」
ここまでは他愛のない、判っている事の話である。
ここからは、わからないこと。
「こんな瘴気の空白地帯が有って、この場所を知っている騎士団員が居るのに地図に載ってないのは何故かな」
「ああ、こんな場所があるならば詰所を作ってしまえば森の攻略には役に立つだろうに、それをしない」
そう、とイオが頷いて返す。
「住民がいるからそれが出来ないとして、説明と補償をして立ち退いてもらうぐらいのことはよくある話だよね」
国教会に限った話ではない。住居区画の再編、貧民窟の浄化、そう言った理由で金銭と引き換えに立ち退かされる人々は実在する。
「ふむ。何れにせよ先ずはあいつが目を覚ましたら問いただせばいい」
メロスが石を一つ掴み、森の方へと勢いよく投げつけながらつぶやく。
「彼らに何をするつもりだったのか。同じ教会に仕える身として、あんな事を繰り返させる訳にはいかない」
「…………メロス」
メロスが投げた石は木の幹にあたって跳ね返り、転がった。
イオはなにか言いにくそうに俯いた後、額に手を当てて目元を隠しながら口を開いた。
「さっきも言ったけど……ここで見たことを報告するのは止めよう。僕たちはレギオンともアルジとも会ってない、彼等はいない。居ないから何もされてない。そうしよう」
イオの言葉がよっぽど予想外だったのか、メロスは顔をしかめながら振り向いた。
「……なんだと? 教会の理念どころか、人として有るまじきことをしたことを黙っていろというのか」
深呼吸をして覚悟を決める。メロスと向き合うのはあえての普段の締まらない笑みだ。
「僕たち絶対ヤバいよ? だって今日何人死んだ? 騎士が八人だよ? もしかしたら僕も君も、予定では死ぬ数に入って居たのかもしれない」
自分達が今しがた作ったばかりの墓を見る。きっと他の墓はレギオンとアルジが今まで作ったのだろう。
もしかしたら自分達もあの中に混ざっていてもおかしくなかったのではないか。
それがイオの何よりも大きな疑念であった。
「そんな状況で全部バカ正直に報告を上げるつもりかい? オルメロス=アンディーノ」
イオが手を伸ばし、メロスの袖を掴む。
「この件は、深入りしちゃ駄目だ。メロス」
「……だが…」
「君、もうすぐマリーと結婚だろう?」
マリーの名前を出され、メロスは目を瞬かせた。
イオは幼馴染同士の結婚が決まっている友人に首を傾げて問いかける。メロスの結婚相手のことはイオも幼い頃から知っている仲の良い令嬢だった。
「あの彼が君の女神とやらに似ているから、そんなに気になるんだろう? 許せないんだろう? でも君にはもっと大切にするべき人が居る。なぁ、マリーが僕たちを待ってる。……だから、この件の報告は全部僕に任せて欲しい」
青葉色の瞳はいつになく真剣な眼差しで、友人の赤い瞳を射抜く。
「……わかった。イオ……」
「向こうで先に寝ててくれ。僕は報告の内容をもう少し考えてから寝るよ、おやすみ」
メロスは苦い表情とともに立ち上がり、友人を案じる視線を向けた後裏の墓場を後にした。
「……はぁ…」
一人残ったイオの後姿が、降り注ぐ月明かりに何時までも照らされていた。
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