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告白

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――と、きちんと理解したところで。

ぼふんっ。
体の中で爆発が起きたのじゃないかと思うほど、急激に熱が上がった。
手のひらに汗がにじんでいる。全身、じんわりと汗をかいているような気がする。
どうしよう!
ベルトの顔を見れずに、どうにかこの至近距離から逃げようとするが、彼は全く離してくれる気が無かった。
「マリア……嬉しい」
そんなかすれた色っぽい声で呼ばないでっ!
そっと頬を彼の手が包んで、顔を上げるように促される。
そこには、うっとりとマリアを見つめる、通常仕様無表情のはずの男がいた。
なんでこんなに、いきなり色気全開なの!?
「ベルトと呼んで」
いや……あの……さっきからも大概近かったけれど、さらに近づいて来てませんかね?
それ以上近づかれると、息できなくなっちゃいます。
愛する人に鼻息吹きかけるような状態になってしまうっ!
「呼んで」
ああ、もうしゃべる吐息はかかる距離だった!
「べっ……ベルトさまっ……!」
近いですっ!とは、言えなかった。
名前を読んだ途端、唇を塞がれてしまった。
軽く触れ合うだけの、お互いの唇。
目をまん丸にして、目の前に来た彼の目を見つめてしまった。
ベルトはふっと目を細めて、もう一度、マリアと唇を合わせる。
腰を抱き寄せられ、反対の手で後頭部を押さえられ、何度も啄むような口づけが降ってくる。
――って、ちょっと展開が早い!
「べ……んっ、ちょ、んっ、待ってください!」
止めようとする間にも何度もキスをされてしまった。
息も絶え絶えにマリアはベルトの頬を押さえて、彼の顔を遠ざける。
「ん?」
この短時間で、無表情な彼の表情の変化がなんとなく分かるようになってしまった。
今は、どことなく不満げだ。
「きょ、許可を得ずには触れないって言われました!いきなりこんなことはっ……」
「嫌だったのか」
マリアの体に回っていた腕がするりとほどける。
近づいてこようとしていた顔が、またいつもと同じ位置まで上がる。
あんなに近かったのに。
思わずマリアは手を伸ばして彼の腕を掴んだ。腕を掴んだと言っても、マリアの手は小さすぎて逞しいベルトの腕に指を回すことはできないので、制服の肘の当たりをきゅっと捕まえるぐらいだ。
「嫌ではないんです。でも、あの、あんまりに急だから」
「……マリア」
声とともにふわりと抱きしめられて、声を失う。
この広い腕の中に抱きしめられてみたいと、何度妄想しただろうか。
送ると言って、後ろからついて来てくれている彼の存在を感じながら、どうにか自然に倒れられないかと考えたこともある。きっと、ベルトはしっかりと抱きとめてくれるのだろう。
彼から抱きしめられる存在になりたいと切望した。
「ベルト様」
見上げれば、熱くマリアを見返す瞳がある。
しかも、その瞳がふっとゆるんで、笑みの形になる。
「じゃあ、ゆっくりしよう」
――ん?
「んんっ」
先ほどの啄むようなキスではなく、ゆっくりと唇が合わさる。
ゆっくりって、キスの速度ではなく、行為の順番的な早さなのだが。
折角抱きしめてもらったのに、この位置を手放すのが惜しくて、文句が言えない。
また腰には腕が回り、反対の手は、マリアの頬から耳をくすぐっている。
本当だったら、耳なんて人から触られたらくすぐったいはずなのに、くすぐったくなくて、なんだかむずむずする。
ゆっくりと長く唇を合わせるキスから、彼の下がマリアの唇を舐めるようになり、その舌はすぐにマリアの口腔内に入ってきた。
「はっ……ん、んぅ。あっ……んんぅ」
お互いの唇がこすれ合うと、ぴちゃぴちゃと水音がする。
甘えるような声が出て、それが恥ずかしいのに、彼の下が口の中に入り込んできてやめさせてくれない。力が入らない手が、縋り付くように彼の腕にかかる。
「マリア。可愛い。俺の舌に舌を絡めて」
「はっ……んぁっ、ん……んぅ?」
言われるがまま、入り込んできた彼の舌に沿うように舌を伸ばす。
伸ばした途端、滅茶苦茶に絡められて、吸いつかれた。
「そう。上手。……んっ」
彼から洩れた小さな吐息が、マリアから羞恥心を奪う。
もっと。もっと気持ちよくなって。もっと求められたい。
「ベルトさま……ん、んぁ」
彼の名を呼んで、首に腕を回して引き寄せる。
「ああ、マリア……!」
強く腰を引かれ、ぐりっと固い物がお腹の当たりに押し当てられる。
マリアがびくりと体を揺らしても、その固い物は、ずっとぐりぐりと押し当てられ続けている。
ベルトの息遣いはどんどん荒くなっていって、怖いくらいだ。
なのに、それもマリアにとっては胸を高鳴らせる要因でしかない。
ふっと、休憩をとるように唇が離れる。
お互いの視線が絡んで、唇は離れてしまったけれど、抱きしめられたままだから距離は変わらない。
こんなに近くにいることが嬉しくて、マリアはふわりと微笑んだ。
「ベルト様」
愛していると声に載せて彼の名を口にした。
途端に、ベルトの眉間にしわが寄って、険しい顔になる。
満面の笑みが見られるとは思っていなかったが、さすがに嫌がられるとは思っていなかった。
困ってマリアが首をかしげる姿を見て、ベルトはさらに眉間のしわを深くする。
そうして、大きく息を吐きだしたかと思えば、大きく首を振って、ぎゅっと体を抱き込まれた。
「マリア、マリア、マリア……!どうして君はこんなに可愛くていやらしいんだ」
いやらしいって、褒め言葉じゃない。
だけど、彼から言われると、求められていると嬉しくなってしまうのだ。
ただ抱きしめられるのも、胸板に頬を摺り寄せられて、これもいい。
「ダメだ。我慢できる気がしない」
すっと姿勢を正したベルトが、制服の乱れを戻し、数秒間目を閉じた。
どうしたのかと思って、マリアはそっと横に寄り添う。
もう一度抱きしめてくれないだろうか。
それとも、腰に腕を回して抱きついても怒らないかな。
目を開けたベルトは、いつも通りの無表情だ。
しかし、思ったよりもマリアが傍に居ることに目を丸くして、上半身を反らしながらもう一度目を閉じた。
「マリア、あまり可愛らしい態度をとってはいけない」
……どれのことを言われたのだろうか。
この部屋に入ってから、そんなに長い時間は経っていないと思う。
その間に、キスをしている時以外にした行動で可愛らしかったところがあっただろうか。
心当たりが無いのがよくない。
別にあざとい態度をとろうとは思っていな……くもないが。ベルトが可愛いと思ってくれるのなら、あざとくたって、ぶりっこだってやるのは、やぶさかではない。
目を開けて無表情になったベルトは、マリアの手を取って退室を促す。
「もう終わりですか?」
寂しくて彼を見上げると、ベルトの眉間にぐっとまた眉間にしわが寄る。
――また怒らせてしまった?
ベルトと二人きりでいられる初めての時間が終わるのが惜しかったのだ。
「ごめんなさい」
怒らせたかもしれないと思ってから、今更気がつく。
ベルトはまだ制服。近衛騎士として、殿下の護衛中だ。
仕事に戻ろうとした人に何を言っているのだと恥ずかしくなる。
「もう、真っ直ぐに帰ります」
彼は、マリアを好きだと言ってくれた。
マリアも、ベルトのことが好きで、キスもしたのだ。
ここで別れても、二度と会えないということは、きっとない。
……もしも、会えなくても、婚約者候補でなくなった時から覚悟していたことだから。
「ベルト様、さようならの……」
婚約者候補でなくなり、降嫁も断ったマリアは、ベルトよりも身分がずっと劣ることになる。
気軽に会いたいなどと言える方ではないから。
最後に、もう一度キスをねだった。
ベルトの袖を軽く引いて、顎をあげて少しだけ背伸びをした。
「マリア……言ったばかりだというのに」
呆れたように呟きながらも、ベルトはマリアに優しいキスをくれた。
「きちんと送っていくから、ここで待っていろ」
キスが終わって、すぐに馬車に向かうと思ったら、部屋の隅にある椅子に座らされる。
客など呼ぶ気が無いといわんばかりのベルトの執務室でも、椅子の一つはあった。
マリアが反論する前に、ベルトは部屋を出て行った。

馬車まで、すぐに行けるのになと思いながらも、折角なので執務室を堪能させてもらおう。

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