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番外編2 いつもの日常
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夕闇に包まれる直前の空が青紫に染まる時間帯。
サランダは言うことを聞かない魔物がまた現れたってことで少しだけ留守にしている。
「ねえ。君が陛下の花嫁?」
振り返ると、壮絶な美形が立っていた。
色鮮やかな空を背負った不思議な雰囲気の男性は、ニコニコと笑いながら近づいてくる。
「は……ええと、こんにちは」
「ふふ。陛下が気に入った人間って興味があるんだよねえ。つまみ食い程度なら怒らないかな?」
「つまみ食い……?」
ぞわっと怖気が走った。
逃げるより先に手が近づいてくる。
そして、私に触れた。
バタンッ。
派手な音を立てて転がった。
「ああ!大丈夫ですか!?」
心配はするけれど、さっきまで襲ってこようとしていた相手に近づくのは怖い。
表情が見えるところに移動すると、にやにや笑いながら寝ている。
サランダに効かないから忘れがちだが、私の力は未だに健在のようだ。
「ど、どうしよう」
「ああ、そんなにおびえないで。さあ、優しくしてあげよう」
私の言葉に反応して、男性がしっかりと言葉を発する。
どんな夢を見ているのか想像して、どうにかその夢を終わらせたいと思う。
「やだやだ。ナナ」
傍にいつもいてくれる女性を呼ぶが、今は私のために夕食の調達に行ってくれている。
サランダがいないので寂しいだろうと、何か果物をとってきてくれると言っていた。
「三人でかい?ふふ。そんなに僕を取り合わないでくれ」
……さらに気持ちが悪くなってしまった。
どうしよう。ナナまで登場させてしまった。
この発言が彼女に聞かれたら、この男性は極刑ではないだろうか。
男性がくねくねと体を寝たままくねらせる。
彼が来た服は乱れて、肌が見えてしまっている。
何も知らない人が見たら、もしかしたら私が襲ったと思われるのではないだろうか。
しかし、寝て、服が乱れた人をここに置き去りにすることもできないし、屋内に入れることもできない。
これに触るのは、ぜっっっったいにイヤダ。
「サランダ」
小さく名を呼べば、我慢できなくなってしまった。
「サランダ。サランダ」
空を見上げても、サランダはいない。
人間界に行ってしまっているのだ。仕方がないが、ここに一人でいることが怖くて仕方がない。
「陛下!?」
地面から男性が叫ぶ声がして、びくりと体をすくませる。
「陛下までも、私を求めるのですか!ああ……そんなっ……!あ、だめですっ……!」
男性が、サランダまで登場させて、さらに喘ぎ始めてことに私は目を丸くする。
同時に、さっきよりも強い嫌悪感が湧き上がる。
「やめて。サランダを登場させないで!」
怖くても、サランダとのことを想像すらされたくなくて手を伸ばした。
――ところで、男性の頭の上に、人が降ってきた。
「ぐえっ」
カエルの鳴き声のような音がして、思う存分に踏みにじられていた。
私は、手を伸ばした状態で固まったままだ。
「夢だと気が付いた時点で起きろ。殺すぞ」
男性を思う存分踏みつけ終わった後で、サランダが私を引き寄せる。
「ああ……素敵な夢で……ぐふっ」
うっとりと呟く彼に、サランダが腕を振ると、彼はまたうめき声を上げる。
「リンカ。怖かっただろう。変態が城に入れないように、結界を強化しような」
よしよしと頭を撫でられて、ようやく体のこわばりが解ける。
「それは困る!もう一度!いえ、一度と言わず、何度でもあの夢の世界へ行きたい!」
がばりと起き上がって、男が私を見る。
怖くてサランダに抱き付く。
サランダは私を抱きかかえながら、パチンと指を鳴らす。「ひええっ」と悲鳴を上げて、男は数メートル向こうに後ずさっていた。
見ると、彼の髪の毛が焦げているようだ。
「陛下!私の美貌が損なわれると、食事がままならなくなるのでおやめください!」
「俺の女に手を出そうとした時点で、死罪なのは承知しているか?」
「ちょっとの味見ならいいかと思って。いやあ、それ以上に素敵な体験ができました。ナナや、まさか陛下とまであのような……」
「死ね」
「お待ちください。でも、もう一度見たい」
サランダと男の言い争いに、私はようやく落ち着く。
男の気味が悪いことに変わりはないが、今はサランダに抱きしめられている。世界中で一番安全な場所にいるので、怖い相手でも観察する余裕が生まれる。
「どちらさま?」
サランダを見上げれば、
「変態だ」
にべもない返事をされた。
「私は、アンブロワーズ・エリヴェシウスと申します。淫魔族でございまして、主に性交渉を食事とさせていただいております」
……変態だった。名前も覚えなくていいと思う。
「お前、最初から夢だと分かっていただろう。そして、自分で起きることもできたのに、わざと術にかかったままでいただろう」
サランダが低い声を出しても、男は気にした様子もなくニコニコ笑っている。
「もちろんでございます!性交渉になだれ込んでもさっぱり満腹にならないので、現実ではないことなど分かっていました」
見た目だけはキラキラしている顔に、満面の笑みを浮かべて、さらりと髪をかき上げている。
優しく微笑みかけられても、気持ち悪さしか感じない。
「しかし、あの夢は素晴らしかった!食事として性交渉をする私に、性交渉としての愉しみを教えたもうたのです!ああ、素晴らしかった。陛下を加えての四人でくんずほぐれつ……」
どおん……
大きな爆発音とともに、男はどこかに吹き飛ばされていった。
彼が立っていた場所は大きな穴が開いてしまっていた。
サランダが大きなため息を吐いて私を覗き込む。
「悪い、遅くなった。それと、今、吹き飛ばしたが、あいつは頑丈でな、すぐ回復するから、また来る。だけど、俺が傍に居るから」
「うん。嬉しい。お帰りなさい」
……まあ、多分、いつもの日常だ。
サランダは言うことを聞かない魔物がまた現れたってことで少しだけ留守にしている。
「ねえ。君が陛下の花嫁?」
振り返ると、壮絶な美形が立っていた。
色鮮やかな空を背負った不思議な雰囲気の男性は、ニコニコと笑いながら近づいてくる。
「は……ええと、こんにちは」
「ふふ。陛下が気に入った人間って興味があるんだよねえ。つまみ食い程度なら怒らないかな?」
「つまみ食い……?」
ぞわっと怖気が走った。
逃げるより先に手が近づいてくる。
そして、私に触れた。
バタンッ。
派手な音を立てて転がった。
「ああ!大丈夫ですか!?」
心配はするけれど、さっきまで襲ってこようとしていた相手に近づくのは怖い。
表情が見えるところに移動すると、にやにや笑いながら寝ている。
サランダに効かないから忘れがちだが、私の力は未だに健在のようだ。
「ど、どうしよう」
「ああ、そんなにおびえないで。さあ、優しくしてあげよう」
私の言葉に反応して、男性がしっかりと言葉を発する。
どんな夢を見ているのか想像して、どうにかその夢を終わらせたいと思う。
「やだやだ。ナナ」
傍にいつもいてくれる女性を呼ぶが、今は私のために夕食の調達に行ってくれている。
サランダがいないので寂しいだろうと、何か果物をとってきてくれると言っていた。
「三人でかい?ふふ。そんなに僕を取り合わないでくれ」
……さらに気持ちが悪くなってしまった。
どうしよう。ナナまで登場させてしまった。
この発言が彼女に聞かれたら、この男性は極刑ではないだろうか。
男性がくねくねと体を寝たままくねらせる。
彼が来た服は乱れて、肌が見えてしまっている。
何も知らない人が見たら、もしかしたら私が襲ったと思われるのではないだろうか。
しかし、寝て、服が乱れた人をここに置き去りにすることもできないし、屋内に入れることもできない。
これに触るのは、ぜっっっったいにイヤダ。
「サランダ」
小さく名を呼べば、我慢できなくなってしまった。
「サランダ。サランダ」
空を見上げても、サランダはいない。
人間界に行ってしまっているのだ。仕方がないが、ここに一人でいることが怖くて仕方がない。
「陛下!?」
地面から男性が叫ぶ声がして、びくりと体をすくませる。
「陛下までも、私を求めるのですか!ああ……そんなっ……!あ、だめですっ……!」
男性が、サランダまで登場させて、さらに喘ぎ始めてことに私は目を丸くする。
同時に、さっきよりも強い嫌悪感が湧き上がる。
「やめて。サランダを登場させないで!」
怖くても、サランダとのことを想像すらされたくなくて手を伸ばした。
――ところで、男性の頭の上に、人が降ってきた。
「ぐえっ」
カエルの鳴き声のような音がして、思う存分に踏みにじられていた。
私は、手を伸ばした状態で固まったままだ。
「夢だと気が付いた時点で起きろ。殺すぞ」
男性を思う存分踏みつけ終わった後で、サランダが私を引き寄せる。
「ああ……素敵な夢で……ぐふっ」
うっとりと呟く彼に、サランダが腕を振ると、彼はまたうめき声を上げる。
「リンカ。怖かっただろう。変態が城に入れないように、結界を強化しような」
よしよしと頭を撫でられて、ようやく体のこわばりが解ける。
「それは困る!もう一度!いえ、一度と言わず、何度でもあの夢の世界へ行きたい!」
がばりと起き上がって、男が私を見る。
怖くてサランダに抱き付く。
サランダは私を抱きかかえながら、パチンと指を鳴らす。「ひええっ」と悲鳴を上げて、男は数メートル向こうに後ずさっていた。
見ると、彼の髪の毛が焦げているようだ。
「陛下!私の美貌が損なわれると、食事がままならなくなるのでおやめください!」
「俺の女に手を出そうとした時点で、死罪なのは承知しているか?」
「ちょっとの味見ならいいかと思って。いやあ、それ以上に素敵な体験ができました。ナナや、まさか陛下とまであのような……」
「死ね」
「お待ちください。でも、もう一度見たい」
サランダと男の言い争いに、私はようやく落ち着く。
男の気味が悪いことに変わりはないが、今はサランダに抱きしめられている。世界中で一番安全な場所にいるので、怖い相手でも観察する余裕が生まれる。
「どちらさま?」
サランダを見上げれば、
「変態だ」
にべもない返事をされた。
「私は、アンブロワーズ・エリヴェシウスと申します。淫魔族でございまして、主に性交渉を食事とさせていただいております」
……変態だった。名前も覚えなくていいと思う。
「お前、最初から夢だと分かっていただろう。そして、自分で起きることもできたのに、わざと術にかかったままでいただろう」
サランダが低い声を出しても、男は気にした様子もなくニコニコ笑っている。
「もちろんでございます!性交渉になだれ込んでもさっぱり満腹にならないので、現実ではないことなど分かっていました」
見た目だけはキラキラしている顔に、満面の笑みを浮かべて、さらりと髪をかき上げている。
優しく微笑みかけられても、気持ち悪さしか感じない。
「しかし、あの夢は素晴らしかった!食事として性交渉をする私に、性交渉としての愉しみを教えたもうたのです!ああ、素晴らしかった。陛下を加えての四人でくんずほぐれつ……」
どおん……
大きな爆発音とともに、男はどこかに吹き飛ばされていった。
彼が立っていた場所は大きな穴が開いてしまっていた。
サランダが大きなため息を吐いて私を覗き込む。
「悪い、遅くなった。それと、今、吹き飛ばしたが、あいつは頑丈でな、すぐ回復するから、また来る。だけど、俺が傍に居るから」
「うん。嬉しい。お帰りなさい」
……まあ、多分、いつもの日常だ。
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すんごい面白かったです‼️
最近、似通ったお話ばかりだった中とってもとっても面白かったです(≧∇≦)実は今、作者様の作品を順番に読んでるとこです(笑)
ありがとうございます!順番に!?どきどき。勢いだけで書いたのもあるので……それしかないというか、気を付けてくださいね。
主人公が前向きな性格だけど、ほのぼのしていて、純でキラキラしていて。読後感も爽やかで、満足感で満たされました。
もっとこの雰囲気を楽しんでいたいと思える素敵な作品でした。