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部屋
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案内された部屋は、一歩部屋に入った途端、植物の清涼な香りがして、気持ちのいい部屋だった。
部屋の奥に、大きな柔らかそうなベッドが置かれ、手前には応接セット。鏡台や本棚まである。居心地の良さそうな部屋だ。
「さあさ、お茶でもお入れしましょうかね」
「やり方を教えていただけますか?私がお入れします」
彼女が手を伸ばしたポッドを、リンカは彼女の手に届く前に取り上げた。
両手で持ってみると、意外と重い。
お茶の入れ方は教えて欲しい。きっと、とても美味しいお茶の入れ方を教えてくれるに違いない。
「おや、私の入れたお茶は飲みたくないですかね」
くっくっくと、とてもおかしそうに、全身を揺らして笑う。
私は少し困りながらも、遠慮しながら言葉を紡ぐ。
「正直に言えば、味わってみたいです。こんな立派な場所で働いていらっしゃるのですもの。とてもお上手なのだと思います。しかし、それと、私が何もしないのとでは話が違うと思うのです」
私は、今も昔も、食いしん坊なところは変わっていない。
客の食事に手を出すようなことはしないが、基本的に食には貪欲な方だと思う。
美味しいものがあると分かっているのに、それを遠慮するのには、多大な努力が必要だ。
「おや、では、一度味わってみますか?」
私は目を瞬かせてから、勢い良く頷いた。
「そうだわ!一度は味わってみなくては学べませんものね。ええ、是非!横で学ばせてください!」
そうだ。彼女から学ぶのならば、最初は彼女が淹れた物をしっかりと味わわせていただくということも必要だ。
私はうきうきと急須を差し出す。
一度だけで虜になってしまったらどうしよう……と考えている時に、ナナが大笑いをした。
「あーはっはっはっは!」
さっきまでのしわがれ声ではなく、快活な声だ。
目を瞬く間に、彼女の腰は伸び、髪は輝く銀髪のままだが、艶やかに美しく変化していった。
「おもしろい人間ね」
見る間に若返って見せた彼女は、私を見ながら妖艶に微笑む。
遊郭のトップを持っていた私でさえ、足元にも及ばないような美女が立っていた。先ほどまで来ていたストンとしたワンピースまで変わって、艶めく真っ赤なドレスになっていた。
「汚らしいから入れるなというかと思えば、私の姿を見て、遠慮されるとは思わなかったわ」
目も口も目いっぱい開いた私を、ニヤリと笑って覗き込みながら、彼女は囁くように言う。
「私、こんな姿も取れるの。どうかしら?」
色っぽい声が私の耳に届く。
妖艶な美女は、笑いながらも、私を厳しく見据える。
「ええと……結局、若いんですか?お年寄りですか?」
私の返事を聞いて、彼女は拍子抜けしたような顔をする。
「あなたよりは高齢だと思うけど、あなたよりは強いわね」
「なるほど」
強いというのは、戦ったらということだろうか。
強さの問題ではないのだ。ただ、年配の方には敬意を払いたいだけで。そして、高齢ということは、敬意を払う対象ではあるということだ。
と、理解して顔を上げると、嫌そうな視線でこちら見るナナがいた。
「老人扱いはやめてね。それで、期待しているところ悪いけど、私は人間のお茶なんて淹れられないわ。材料は準備したから、自分で淹れて」
それは残念だ。
まあいいかと、私はポットを持ち上げた。
彼女は高齢だが、老人ではなく、特に知恵袋的な方でもないようだ。
私は二人分のカップに、お茶を注ぎ、テーブルにセッティングする。
準備が整って振り返ると、ナナは豊満な胸を押し上げるように腕を組んで微笑んでいた。
「傍に居られるのは老婆と美女、どちらがお好みかしら?」
私は問われた内容を考え、首をかしげた。
どちらが……と言われても、どちらでもいいとしか思わない。
「私はどちらでも。見た目だけで言えば、体力仕事をしている時におばあさんの姿だったら、ハラハラしてしまいそうですが。一緒にお茶をしている時はおばあさんの方が楽しそうだと思います」
私が言うと、ナナが目を見開くので、何か間違ったのだと思う。
私はどうにも周りと感覚がずれているようなところがあって、質問の返答が微妙にずれていることか多いようだ。きちんとどちらが好きか答えて欲しかったのだろうか。
私は戸惑いながら頑張って答えを探し出す。
「ええと、そんなのは私が見た目と違うと分かってしまえばいいだけだし、ナナ様の楽な格好で良いです」
結局、どちらでもいいってことだ。
付け加えたっていうのに、何も変わっていないのだが。
「ふうん?」
気に入らなそうに目を細めて、ナナは私をじっと眺めている。
折角淹れたのに、冷めてしまう。
「どうぞ。ええと……座ってもいいですか?」
お茶を準備したのは私だが、この部屋はナナのものだ。
なのに、どうぞお座りくださいとは言えずに、妙な薦め方になってしまった。
「一番、楽な格好はこれね」
言いながら、もう一度彼女の姿が変わる。
銀の毛は量をそのままに一本一本が太くうねうねと意思を持って動き始める。
肌はさらに白く、唇はさらに赤く、顔つきは美しいままだが、目は真っ赤に染まり、口元からは牙が出てきた。体型は変わったようには見えないが、その爪は長く鋭く尖っていた。
私は、目を丸くしてナナを見つめながら、なるほどと納得もしていた。
人間っぽい格好をしておけとサランダは言っていたらしい。
それは、突然、異形に囲まれて、私が怖がらないようにと配慮した言葉なのだろう。
ただ、私は普通とは少し違っていた。
異世界で十歳まで、漫画やアニメに触れていた記憶が残っている。こちらでは水彩画のような絵でしか見たことが無かったものを、映画の特殊メイクで見たことがあったのだ。
映像の中のものが目の前に現れれば、通常は怖いはずだが、私の記憶が薄れていたことも影響した。
――どこかで見たことがある。
そして、見た時はとても楽しくて、わくわくしていたはずだ。
ナナが自分を傷つけようとしていないことを分かっていることもあって、全く怖くはなかった。
部屋の奥に、大きな柔らかそうなベッドが置かれ、手前には応接セット。鏡台や本棚まである。居心地の良さそうな部屋だ。
「さあさ、お茶でもお入れしましょうかね」
「やり方を教えていただけますか?私がお入れします」
彼女が手を伸ばしたポッドを、リンカは彼女の手に届く前に取り上げた。
両手で持ってみると、意外と重い。
お茶の入れ方は教えて欲しい。きっと、とても美味しいお茶の入れ方を教えてくれるに違いない。
「おや、私の入れたお茶は飲みたくないですかね」
くっくっくと、とてもおかしそうに、全身を揺らして笑う。
私は少し困りながらも、遠慮しながら言葉を紡ぐ。
「正直に言えば、味わってみたいです。こんな立派な場所で働いていらっしゃるのですもの。とてもお上手なのだと思います。しかし、それと、私が何もしないのとでは話が違うと思うのです」
私は、今も昔も、食いしん坊なところは変わっていない。
客の食事に手を出すようなことはしないが、基本的に食には貪欲な方だと思う。
美味しいものがあると分かっているのに、それを遠慮するのには、多大な努力が必要だ。
「おや、では、一度味わってみますか?」
私は目を瞬かせてから、勢い良く頷いた。
「そうだわ!一度は味わってみなくては学べませんものね。ええ、是非!横で学ばせてください!」
そうだ。彼女から学ぶのならば、最初は彼女が淹れた物をしっかりと味わわせていただくということも必要だ。
私はうきうきと急須を差し出す。
一度だけで虜になってしまったらどうしよう……と考えている時に、ナナが大笑いをした。
「あーはっはっはっは!」
さっきまでのしわがれ声ではなく、快活な声だ。
目を瞬く間に、彼女の腰は伸び、髪は輝く銀髪のままだが、艶やかに美しく変化していった。
「おもしろい人間ね」
見る間に若返って見せた彼女は、私を見ながら妖艶に微笑む。
遊郭のトップを持っていた私でさえ、足元にも及ばないような美女が立っていた。先ほどまで来ていたストンとしたワンピースまで変わって、艶めく真っ赤なドレスになっていた。
「汚らしいから入れるなというかと思えば、私の姿を見て、遠慮されるとは思わなかったわ」
目も口も目いっぱい開いた私を、ニヤリと笑って覗き込みながら、彼女は囁くように言う。
「私、こんな姿も取れるの。どうかしら?」
色っぽい声が私の耳に届く。
妖艶な美女は、笑いながらも、私を厳しく見据える。
「ええと……結局、若いんですか?お年寄りですか?」
私の返事を聞いて、彼女は拍子抜けしたような顔をする。
「あなたよりは高齢だと思うけど、あなたよりは強いわね」
「なるほど」
強いというのは、戦ったらということだろうか。
強さの問題ではないのだ。ただ、年配の方には敬意を払いたいだけで。そして、高齢ということは、敬意を払う対象ではあるということだ。
と、理解して顔を上げると、嫌そうな視線でこちら見るナナがいた。
「老人扱いはやめてね。それで、期待しているところ悪いけど、私は人間のお茶なんて淹れられないわ。材料は準備したから、自分で淹れて」
それは残念だ。
まあいいかと、私はポットを持ち上げた。
彼女は高齢だが、老人ではなく、特に知恵袋的な方でもないようだ。
私は二人分のカップに、お茶を注ぎ、テーブルにセッティングする。
準備が整って振り返ると、ナナは豊満な胸を押し上げるように腕を組んで微笑んでいた。
「傍に居られるのは老婆と美女、どちらがお好みかしら?」
私は問われた内容を考え、首をかしげた。
どちらが……と言われても、どちらでもいいとしか思わない。
「私はどちらでも。見た目だけで言えば、体力仕事をしている時におばあさんの姿だったら、ハラハラしてしまいそうですが。一緒にお茶をしている時はおばあさんの方が楽しそうだと思います」
私が言うと、ナナが目を見開くので、何か間違ったのだと思う。
私はどうにも周りと感覚がずれているようなところがあって、質問の返答が微妙にずれていることか多いようだ。きちんとどちらが好きか答えて欲しかったのだろうか。
私は戸惑いながら頑張って答えを探し出す。
「ええと、そんなのは私が見た目と違うと分かってしまえばいいだけだし、ナナ様の楽な格好で良いです」
結局、どちらでもいいってことだ。
付け加えたっていうのに、何も変わっていないのだが。
「ふうん?」
気に入らなそうに目を細めて、ナナは私をじっと眺めている。
折角淹れたのに、冷めてしまう。
「どうぞ。ええと……座ってもいいですか?」
お茶を準備したのは私だが、この部屋はナナのものだ。
なのに、どうぞお座りくださいとは言えずに、妙な薦め方になってしまった。
「一番、楽な格好はこれね」
言いながら、もう一度彼女の姿が変わる。
銀の毛は量をそのままに一本一本が太くうねうねと意思を持って動き始める。
肌はさらに白く、唇はさらに赤く、顔つきは美しいままだが、目は真っ赤に染まり、口元からは牙が出てきた。体型は変わったようには見えないが、その爪は長く鋭く尖っていた。
私は、目を丸くしてナナを見つめながら、なるほどと納得もしていた。
人間っぽい格好をしておけとサランダは言っていたらしい。
それは、突然、異形に囲まれて、私が怖がらないようにと配慮した言葉なのだろう。
ただ、私は普通とは少し違っていた。
異世界で十歳まで、漫画やアニメに触れていた記憶が残っている。こちらでは水彩画のような絵でしか見たことが無かったものを、映画の特殊メイクで見たことがあったのだ。
映像の中のものが目の前に現れれば、通常は怖いはずだが、私の記憶が薄れていたことも影響した。
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