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旅
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太陽を隠すほど大きな木々。緑の葉っぱの間から、光がキラキラと落ちてくる。
柔らかな草が風に吹かれて揺れていた。
少し遠くに目を向ければ、木の陰からこちらを窺う兎。花の蜜を集めて回る蝶。
聞いたことのない何かの鳴き声もする。
見回しながら歩いていると、足に固い木の根が触れた。
つまり、ひっかかったのだ。
「こら。前を向いて足元を見ながら歩け」
――なんて難しいことを言うのだろう。
つまずくのが、もう五度目となれば、サランダは慣れた様子で私の腰に腕を回し、ひょいと立たせてくれる。
「気を付けるわ」
このセリフも、五回目。
サランダは呆れた目を私に向けて、前に立って歩き始める。
前にいるのに、私がつまずくと気が付くようだ。気配で分かるというが、分かってからの反応も速い。さすが勇者様だ。
街を歩いていた時も珍しいものがたくさんあったが、緑が増えれば、そちらの方が見たことが無い生き物ばかりだ。
乗り物には乗らず、ひたすらに歩く。
私は長い距離を歩いたことが無いので、休み休みになってしまう。
傅かれて育つお嬢様や貴族令嬢のようにか弱いつもりはない。小さな頃から目が回るほどの重労働に耐えてきたし、稽古事だって体力が必要だ。重い衣装を着て美しく歩く足腰の強さだってあるつもりだった。
実際に一日中歩き続けて、自分の認識の甘さをとても後悔した。
サランダに気にしている様子はないけれど、思ったよりも体力がないとかは思われていないだろうか。
しかも、休みの度に、私の足を気にかけてくれて、ひんやりとする薬草を張ってくれたり何か魔法をかけてくれているような気もする。
だから、きっと私はまだ自分で歩けている。
自分でも、旅について行くことに覚悟が足りなかったと思っている。体力が必要になる事くらい想像できただろうに。
『きつい』『痛い』を我慢した一日目はひどかった。
ようやく休憩に入った途端、私は膝から崩れ落ちた。
サランダは気が付かなかったことをたくさん謝ってくれた。謝らせてしまった。治療もしてくれて、その日はそこで野宿になった。
旅をすると聞いていたから、野宿くらい平気なのに。サランダは私にとても気を遣う。彼はいろいろなことを知っていて、料理を作り、快適な寝床を作って休ませてくれた。申し訳ないほど、嬉しい。
きっと、同行者が彼じゃなかったら、私の足はもうボロボロで歩くことを諦めていたかもしれない。
旅について行けるほどの体力を持っていない。
私は、そんなことから目をそらしてでも、彼についてきたかった。
――ごめんなさい。
心の中で謝りながら、口には出していない。彼は、きっと『謝るようなことじゃない』と言うだろうから。
長くない付き合いだけど、分かってしまう。
彼は、とても優しい人だから。
「そろそろ休もう」
大きな樹の陰に荷物をおろしてサランダが言う。
きっと、目標の半分も進んでいない。……目標なんて知らないけれど。
これだけ強ければ、私の力なんて必要ないのではないだろうか。欲しいと思っていたとしても、こんなに足手まといになるならいらなかったとか、後悔していないだろうか。
「リンカ?座って休め」
「うん……」
本当について行って大丈夫だろうか。足手まといすぎて邪魔にされるのではないだろうか。
今は我慢してくれていたとしても、嫌になってしまったとき、私はどうしよう。
店に戻ることを想像してみる。
もう、無理だと思う。一度出てしまったのだ。新入りにしてはトウが立ちすぎている。
「ほら。さっき採った」
サランダがリンゴを手渡してくれる。
私はお礼を言いながら受け取ってかぶりついた。
それならそれで、その先を考えておくべきだ!
そうだ。彼に捨てられたときに、一人でも生きていけるように、彼のやっていることをしっかりと覚えていこう。
生活力を身につけるのだ。
「……何を決意してる?」
「えっ?」
サランダが眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。
私は無意識のうちにこぶしを握り締めて、一人で頷いていたようだ。
「……逃げようなんて、思うなよ?」
思わぬことを言われて、私は目を瞬かせる。
逃げるなんて。
本当は、捨てられたとしてもしがみついてでもついて行きたいのに。
「折角、連れて行ってくれているのに、そんなことしないわ。――もっと体力つけて、置いていかれないように、頑張る」
今度は、サランダが思わぬことを聞いたようだ。
「置いていくわけないだろ」
今は、まだそう思ってくれている。
だけど、『ずっと』なんて贅沢は望めないから。
「なぜそんなことを考える?お前、分かっていないのか?」
彼のイライラした表情に、私は微笑みを返す。
「分かってる。この旅が、本当は魔物退治の旅なんかじゃないってこと」
機嫌悪く細まっていた彼の目が、丸く開かれた。
分かっていた。
サランダは、別に魔物を倒したいわけじゃない。
魔物を連れているし、見かけても襲って来ない限りは無視をしている。
魔物と普通の動物の区別なんか、私には分からない。本当に魔物だったか確証はないけれど、多分、そうだった。サランダが手を振って追い払ったこともある。そんなことにも気がついてしまった。
柔らかな草が風に吹かれて揺れていた。
少し遠くに目を向ければ、木の陰からこちらを窺う兎。花の蜜を集めて回る蝶。
聞いたことのない何かの鳴き声もする。
見回しながら歩いていると、足に固い木の根が触れた。
つまり、ひっかかったのだ。
「こら。前を向いて足元を見ながら歩け」
――なんて難しいことを言うのだろう。
つまずくのが、もう五度目となれば、サランダは慣れた様子で私の腰に腕を回し、ひょいと立たせてくれる。
「気を付けるわ」
このセリフも、五回目。
サランダは呆れた目を私に向けて、前に立って歩き始める。
前にいるのに、私がつまずくと気が付くようだ。気配で分かるというが、分かってからの反応も速い。さすが勇者様だ。
街を歩いていた時も珍しいものがたくさんあったが、緑が増えれば、そちらの方が見たことが無い生き物ばかりだ。
乗り物には乗らず、ひたすらに歩く。
私は長い距離を歩いたことが無いので、休み休みになってしまう。
傅かれて育つお嬢様や貴族令嬢のようにか弱いつもりはない。小さな頃から目が回るほどの重労働に耐えてきたし、稽古事だって体力が必要だ。重い衣装を着て美しく歩く足腰の強さだってあるつもりだった。
実際に一日中歩き続けて、自分の認識の甘さをとても後悔した。
サランダに気にしている様子はないけれど、思ったよりも体力がないとかは思われていないだろうか。
しかも、休みの度に、私の足を気にかけてくれて、ひんやりとする薬草を張ってくれたり何か魔法をかけてくれているような気もする。
だから、きっと私はまだ自分で歩けている。
自分でも、旅について行くことに覚悟が足りなかったと思っている。体力が必要になる事くらい想像できただろうに。
『きつい』『痛い』を我慢した一日目はひどかった。
ようやく休憩に入った途端、私は膝から崩れ落ちた。
サランダは気が付かなかったことをたくさん謝ってくれた。謝らせてしまった。治療もしてくれて、その日はそこで野宿になった。
旅をすると聞いていたから、野宿くらい平気なのに。サランダは私にとても気を遣う。彼はいろいろなことを知っていて、料理を作り、快適な寝床を作って休ませてくれた。申し訳ないほど、嬉しい。
きっと、同行者が彼じゃなかったら、私の足はもうボロボロで歩くことを諦めていたかもしれない。
旅について行けるほどの体力を持っていない。
私は、そんなことから目をそらしてでも、彼についてきたかった。
――ごめんなさい。
心の中で謝りながら、口には出していない。彼は、きっと『謝るようなことじゃない』と言うだろうから。
長くない付き合いだけど、分かってしまう。
彼は、とても優しい人だから。
「そろそろ休もう」
大きな樹の陰に荷物をおろしてサランダが言う。
きっと、目標の半分も進んでいない。……目標なんて知らないけれど。
これだけ強ければ、私の力なんて必要ないのではないだろうか。欲しいと思っていたとしても、こんなに足手まといになるならいらなかったとか、後悔していないだろうか。
「リンカ?座って休め」
「うん……」
本当について行って大丈夫だろうか。足手まといすぎて邪魔にされるのではないだろうか。
今は我慢してくれていたとしても、嫌になってしまったとき、私はどうしよう。
店に戻ることを想像してみる。
もう、無理だと思う。一度出てしまったのだ。新入りにしてはトウが立ちすぎている。
「ほら。さっき採った」
サランダがリンゴを手渡してくれる。
私はお礼を言いながら受け取ってかぶりついた。
それならそれで、その先を考えておくべきだ!
そうだ。彼に捨てられたときに、一人でも生きていけるように、彼のやっていることをしっかりと覚えていこう。
生活力を身につけるのだ。
「……何を決意してる?」
「えっ?」
サランダが眉間にしわを寄せてこちらを見ていた。
私は無意識のうちにこぶしを握り締めて、一人で頷いていたようだ。
「……逃げようなんて、思うなよ?」
思わぬことを言われて、私は目を瞬かせる。
逃げるなんて。
本当は、捨てられたとしてもしがみついてでもついて行きたいのに。
「折角、連れて行ってくれているのに、そんなことしないわ。――もっと体力つけて、置いていかれないように、頑張る」
今度は、サランダが思わぬことを聞いたようだ。
「置いていくわけないだろ」
今は、まだそう思ってくれている。
だけど、『ずっと』なんて贅沢は望めないから。
「なぜそんなことを考える?お前、分かっていないのか?」
彼のイライラした表情に、私は微笑みを返す。
「分かってる。この旅が、本当は魔物退治の旅なんかじゃないってこと」
機嫌悪く細まっていた彼の目が、丸く開かれた。
分かっていた。
サランダは、別に魔物を倒したいわけじゃない。
魔物を連れているし、見かけても襲って来ない限りは無視をしている。
魔物と普通の動物の区別なんか、私には分からない。本当に魔物だったか確証はないけれど、多分、そうだった。サランダが手を振って追い払ったこともある。そんなことにも気がついてしまった。
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