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その希望を叶えた。
正式に遊女として――客をとることになったのだ。
私は分かっていなかった。
この場所で上り詰めることの意味を。
たった一人に愛されて添い遂げたいという、無意識に抱いていた想いは、許されない。
この場所で何年も学んできたというのに。
物語をたくさん読んだせいもあるかもしれない。
一人の女性が、一人の男性に深く強く愛され幸せになる物語に、強く惹きつけられた。夜の慰めに、そんな本もここにはあったのだ。
ほとんどの人は、ここで育って、そんな夢物語を本気にはしない。束の間の想像の世界へひたるだけだ。
なのに、私は貞操観念が捨てきれていなかった。
父も母も、お互いだけだった。幼いころに刷り込まれたその理想は、私にこの現実を拒否させるのにに十分な力を持っていた。
私のお初をもらい受けてくださる方は、向かいの店の店主。
この店を贔屓にしてくれて、金払いもいいと聞く。
「そう緊張しなくてもいい。初物を相手にするのは初めてではない。いろいろと教えてやろうな」
真っ青な顔をしているのだろう。細かく震える私に店主は一際嬉しそうな顔をして見せる。
彼は、初物がお好きなのだ。
青い顔で物慣れない、痛がる様子が好きなのだと、姉さまが不憫だと私を見つめていた。
贅沢のため。贅沢のため。美味しいごはん。ふかふかの布団。温かい部屋。
それらを確実に手にするためには、必要なことだ。
自分に言い聞かせながら、旦那から触れられた瞬間――
ぱたん。
旦那が布団につっぷした。
「は?――あのっ!」
何が起こったのか分からず、見ると、彼はすやすやと平和な寝息を立てている。
疲れていたのだろうか……?
それにしても大変だ。
今日、お初を散らしておかないと、今後、客をとることができない。
下手をすれば、また下働きに逆戻りだ。
「旦那様、旦那様」
呼べば、にやりと寝たまま、彼は顔を歪める。
「そのように何度も私を呼んで。愛らしい。さあ、もっと乱れよ」
……すごくクリアな寝言だ。
このまま、私と寝たと思ってくれるのだろうか。
このまま、起きそうにないくらいぐっすり眠っている。これは、私のせいじゃない。
そっと、顔を上げて、廊下を窺う。
私が初の客を取ったからだろうか。誰もいない。
もちろん、少々大きな声を出せば聞こえるだろうし、悲鳴を上げれば、すぐに駆けつけてくれることは知っている。
私は、そっと明かりを消して、帯を解く。
「ああ。旦那様。私、なんてはしたないっ……!」
声だけ、彼の耳元で囁く。
こういうセリフは遊女付きをしていたころから聞いていたのでよく知っている。
一人で寝ている男性に聞かせているのは恥ずかしいが、うまくいけば、今日はしなくていい上にお初を散らしていないこともばれないかもしれない。
「ふふふ。そうだ。いい子だ。ほら、ねだって見せろ」
「恥ずかしいですわ……ああん」
呟くように頭に浮かんだセリフを言いながら、彼の服に手をかける。彼の服も脱がしておかなければならないだろう。
起きないようにそっと服を乱していく。
「だめだ。その口で言わなければ、これはあげられない」
……この人は、処女に何を言わせたいのか。
ひどく痛いと聞いているし、初めてはそんなに気持ちが良くないという。行為を繰り返し、それを快感だと認識して、ようやく快感が高まっていくのだと、姉さん方は言っていた。
「旦那様、旦那様、こんなことを言っても嫌わないでくださいますか?わ、私、旦那様に嫌われるの、こわいっ……!」
自分で聞いていて、どうにもあまり上手くはない。
だって、寝ている人相手に独り言……しかもこの内容。ちょっと恥ずかしいので、心を籠めることができない。
「ああ、お前はなんて愛らしいのだろうね。正直に言いなさい。どうして欲しい?」
棒読みに近くても、彼の想像の中で、私は充分に乱れているようだ。彼の想像力で補てんしていただいて有難い限りだ。
「――わ、私、ほ、欲しいのです」
くすくすくすっと店主が笑う。
手足も動かずに、口だけが流暢な言葉を紡ぐ。
「なんだ?何がだ?きちんと言わないと分からないだろう。大丈夫だ。愛らしいリンカ。私がおまえを嫌うことなどないよ」
すごく興奮している。誰も触っていないのに、彼の中心は大きく反り返り、びくびくと動いている。
寝ながら顔を真っ赤にしてよだれまで垂らし始めた。
どうしようかと思いながら、彼の口元をシーツで拭いてみる。
「旦那様の大きなおちんちんを、この、私の淫らな場所にねじ込んでくださいませ」
「くうっ……!」
彼の体がびくんと揺れて、白濁の液が飛び出した。
……本当に出た。全く触っていないというのに、出るものなのだな。
後は、血を準備しなければ。体に傷をつける訳には行かない。ならば……鼻血しかない。
簪で鼻血を出して、白濁液と混ぜた。思った居以上にそれっぽい仕上がりになった。
「ああ。旦那様、素敵……!気持ちいいの」
少しだけ声を高くして、耳元で囁いた。
「ああ。何、もう一度だと……?」
特に何も言っていないが、想像力が補てんしたらしい。処女相手に鬼畜か。
彼はどんどん想像力だけで盛り上がっていくようになった。私のセリフは時々あいのてで入れるくらいでいいようだ。彼が、「どうした、言ってみろ」などと言えば、「恥ずかしい」というくらいで構わなくなった。
そういうことを、彼が起きるまでひたすら行っていた。
彼は目覚めると、大変ご満悦だった。
私を逸材だと褒めたたえ、また明日も必ず来ると言って帰っていった。
『あの方をお得意様にできるなんて』と、みんながほめたたえてくれた。
その後も、眠って欲しいと思って、相手に触れれば、客はパタンと眠る。
そうして、寝言に合わせた返しをすると、勝手に夢の中で理想の私を作り上げているようだ。
ある時は淫らに。ある時は初々しく。ある時は嗜虐心を煽り……。
まあ、いろいろな嗜好の方がいる。
全員が、私を抱いたと思い込み、夢の中で見た私に惚れる。
理想が現実になったように思うのだから、そりゃあ、病みつきにもなるだろう。夢の中の私は、さぞかし思い通りに動き、口に出さずともその通りに動くはずだ。
だって、妄想だから。
こうして、私は、処女のまま、遊女のトップに立った。
正式に遊女として――客をとることになったのだ。
私は分かっていなかった。
この場所で上り詰めることの意味を。
たった一人に愛されて添い遂げたいという、無意識に抱いていた想いは、許されない。
この場所で何年も学んできたというのに。
物語をたくさん読んだせいもあるかもしれない。
一人の女性が、一人の男性に深く強く愛され幸せになる物語に、強く惹きつけられた。夜の慰めに、そんな本もここにはあったのだ。
ほとんどの人は、ここで育って、そんな夢物語を本気にはしない。束の間の想像の世界へひたるだけだ。
なのに、私は貞操観念が捨てきれていなかった。
父も母も、お互いだけだった。幼いころに刷り込まれたその理想は、私にこの現実を拒否させるのにに十分な力を持っていた。
私のお初をもらい受けてくださる方は、向かいの店の店主。
この店を贔屓にしてくれて、金払いもいいと聞く。
「そう緊張しなくてもいい。初物を相手にするのは初めてではない。いろいろと教えてやろうな」
真っ青な顔をしているのだろう。細かく震える私に店主は一際嬉しそうな顔をして見せる。
彼は、初物がお好きなのだ。
青い顔で物慣れない、痛がる様子が好きなのだと、姉さまが不憫だと私を見つめていた。
贅沢のため。贅沢のため。美味しいごはん。ふかふかの布団。温かい部屋。
それらを確実に手にするためには、必要なことだ。
自分に言い聞かせながら、旦那から触れられた瞬間――
ぱたん。
旦那が布団につっぷした。
「は?――あのっ!」
何が起こったのか分からず、見ると、彼はすやすやと平和な寝息を立てている。
疲れていたのだろうか……?
それにしても大変だ。
今日、お初を散らしておかないと、今後、客をとることができない。
下手をすれば、また下働きに逆戻りだ。
「旦那様、旦那様」
呼べば、にやりと寝たまま、彼は顔を歪める。
「そのように何度も私を呼んで。愛らしい。さあ、もっと乱れよ」
……すごくクリアな寝言だ。
このまま、私と寝たと思ってくれるのだろうか。
このまま、起きそうにないくらいぐっすり眠っている。これは、私のせいじゃない。
そっと、顔を上げて、廊下を窺う。
私が初の客を取ったからだろうか。誰もいない。
もちろん、少々大きな声を出せば聞こえるだろうし、悲鳴を上げれば、すぐに駆けつけてくれることは知っている。
私は、そっと明かりを消して、帯を解く。
「ああ。旦那様。私、なんてはしたないっ……!」
声だけ、彼の耳元で囁く。
こういうセリフは遊女付きをしていたころから聞いていたのでよく知っている。
一人で寝ている男性に聞かせているのは恥ずかしいが、うまくいけば、今日はしなくていい上にお初を散らしていないこともばれないかもしれない。
「ふふふ。そうだ。いい子だ。ほら、ねだって見せろ」
「恥ずかしいですわ……ああん」
呟くように頭に浮かんだセリフを言いながら、彼の服に手をかける。彼の服も脱がしておかなければならないだろう。
起きないようにそっと服を乱していく。
「だめだ。その口で言わなければ、これはあげられない」
……この人は、処女に何を言わせたいのか。
ひどく痛いと聞いているし、初めてはそんなに気持ちが良くないという。行為を繰り返し、それを快感だと認識して、ようやく快感が高まっていくのだと、姉さん方は言っていた。
「旦那様、旦那様、こんなことを言っても嫌わないでくださいますか?わ、私、旦那様に嫌われるの、こわいっ……!」
自分で聞いていて、どうにもあまり上手くはない。
だって、寝ている人相手に独り言……しかもこの内容。ちょっと恥ずかしいので、心を籠めることができない。
「ああ、お前はなんて愛らしいのだろうね。正直に言いなさい。どうして欲しい?」
棒読みに近くても、彼の想像の中で、私は充分に乱れているようだ。彼の想像力で補てんしていただいて有難い限りだ。
「――わ、私、ほ、欲しいのです」
くすくすくすっと店主が笑う。
手足も動かずに、口だけが流暢な言葉を紡ぐ。
「なんだ?何がだ?きちんと言わないと分からないだろう。大丈夫だ。愛らしいリンカ。私がおまえを嫌うことなどないよ」
すごく興奮している。誰も触っていないのに、彼の中心は大きく反り返り、びくびくと動いている。
寝ながら顔を真っ赤にしてよだれまで垂らし始めた。
どうしようかと思いながら、彼の口元をシーツで拭いてみる。
「旦那様の大きなおちんちんを、この、私の淫らな場所にねじ込んでくださいませ」
「くうっ……!」
彼の体がびくんと揺れて、白濁の液が飛び出した。
……本当に出た。全く触っていないというのに、出るものなのだな。
後は、血を準備しなければ。体に傷をつける訳には行かない。ならば……鼻血しかない。
簪で鼻血を出して、白濁液と混ぜた。思った居以上にそれっぽい仕上がりになった。
「ああ。旦那様、素敵……!気持ちいいの」
少しだけ声を高くして、耳元で囁いた。
「ああ。何、もう一度だと……?」
特に何も言っていないが、想像力が補てんしたらしい。処女相手に鬼畜か。
彼はどんどん想像力だけで盛り上がっていくようになった。私のセリフは時々あいのてで入れるくらいでいいようだ。彼が、「どうした、言ってみろ」などと言えば、「恥ずかしい」というくらいで構わなくなった。
そういうことを、彼が起きるまでひたすら行っていた。
彼は目覚めると、大変ご満悦だった。
私を逸材だと褒めたたえ、また明日も必ず来ると言って帰っていった。
『あの方をお得意様にできるなんて』と、みんながほめたたえてくれた。
その後も、眠って欲しいと思って、相手に触れれば、客はパタンと眠る。
そうして、寝言に合わせた返しをすると、勝手に夢の中で理想の私を作り上げているようだ。
ある時は淫らに。ある時は初々しく。ある時は嗜虐心を煽り……。
まあ、いろいろな嗜好の方がいる。
全員が、私を抱いたと思い込み、夢の中で見た私に惚れる。
理想が現実になったように思うのだから、そりゃあ、病みつきにもなるだろう。夢の中の私は、さぞかし思い通りに動き、口に出さずともその通りに動くはずだ。
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