結婚が決まったそうです

ざっく

文字の大きさ
上 下
3 / 8

婚約者だ

しおりを挟む
睨むように見下ろされて、姿勢を正すこともできない。少しでも動けば切り捨てられそうな圧を感じる。

「い、今、お聞きしました……」

アリーチェが言う言葉に伯爵が顔を上げて、ふるふると首を振る。前から知っておいたことにしておいて欲しいということかもしれない。
そんな自分だけが矢面に立つ気はない。
「そのようだな」
そのまま、アリーチェを見たまま黙り込んでしまう。不機嫌をここまで表現した王太子に何を話しかければいいのか。
とりあえず、疑問に思ったことを聞いてみる。
「殿下、何故ここに?」
「自主的に休憩時間を取っていた。ライラー伯爵は私に全く気を遣わずにいるから、居心地がいい」
伯爵の後ろには、多忙の時に使う仮眠用のベッドがある。アリーチェは見たことがないが、オリバーが出てきたのは、そこからだ。
自分の簡易ベッドを、オリバーに貸し出すなんて、何て大胆なことを。
「さぼっていたということですか?」
不敬な言い方ではあるが、この方が自主的な休憩時間を取るなんておどろいて、思ったままを尋ねてしまった。
オリバーはそれについては特に不快に思った様子もなく、頷いた。
「だから、人目につかないために、この中でおとなしくしていただろう」
アリーチェは伯爵に視線を移す。
彼はどうにか仕事をやっているから、こっちと話す気はないよと見せたいようだ。
しかし、それがオリバーに通じるはずがない。
オリバーの視線が、アリーチェから伯爵に移動する。
びくりと伯爵の体が揺れる。
「伝え忘れていたと?」
「えー……婚約自体は、伝えていたはず……ですが、娘の中で、な……なかったことになっていたようです、ね……?」
「ほお?」
オリバーの視線が戻って来る。
アリーチェはオリバーの視線が伯爵に移った途端、ソファーの隅っこに移動していた。ついでに、すぐに逃げられるように、腰を浮かせている。
その様子を見て、非常に珍しいことに、彼は微笑を浮かべた。
だがしかし。この場合はその麗しい笑顔に見惚れる状態ではない。ここで笑われるって、めっちゃ怖い。
「どうやら、私のせいでもあるようだな」
「滅相もございません」
根本は、親子の会話の希薄さが原因だ。余計な話ならばたくさんしているのだが、自分がこうだと思い込んだら、特にそれについて聞く必要性を感じずに、思い込んだままだったというだけだ。
「婚約者の交流を持たなければならないな?」
ひょいと、足元にしゃがまれて、アリーチェは目を見開く。
ソファーの隣に座られるだけでも驚くのに、足元に屈むだなんて。片膝をつくとかではなく、本当に膝を曲げて、アリーチェを下から覗き込んでくるのだ。
「殿下!」
せめてソファーに!と言おうとしたところで、抱えあげられる。
家族以外の男性に抱き上げられるなんて、初めてで、アリーチェは固まる。
「交流を持つから、伯爵、娘を借りるぞ」
オリバーは、無表情に淡々と告げる。
「はい、どうぞ」
伯爵も無表情で答える。
「うそっ!?」
婚姻前の娘って貸してもいいの!?
思わず助けを求めるように手を伸ばしてしまった。
「アリーチェ」
低い咎める声に、伸ばした手を勢いよく引っ込めた。伸ばした手を切り落とされるかと思った。
伯爵も、もちろん見てないふりを貫いている。
そもそもあっちのせいだと思うのだけれど!
「さすがに、私の仮眠用のベッドは使わないでください」
「さすがにそれはしないな」
さすがに、さすがにとやかましい。ベッドを使用する交流ってなんだ。そんなもん、交流には必要ない。この後、穏やかに散歩などではないのか。

「私の部屋に行こう」

「それはどうかと思います!」
王族のプライベート空間に入るって、そんな恐ろしいことがあってたまるものか。
しかも、この状態で婚約者を私室に連れ込むって、どうみても、そうじゃないか。
「他の場所では邪魔が入るのだ。大丈夫だ。結婚を半年後に控えている」
「早っ!!」
今日聞いたばかりなんですけど!
伯爵に視線を送れば、すでに仕事を始めていやがった。
「早くはない。婚約直後からだから、一年前から準備をしている」
「お父様っ!?」
悲鳴のような声をあげると、机の上に両手をついて、頭を下げている伯爵がいる。
「言ったと思っている!」
聞いてません!そう叫ぶ前に、執務室を出た。

何故他の貴族は何も言わないのだ。お披露目さえしていないのに、結婚式の準備が着々と進められているってどんな状況だ。
アリーチェだけの結婚なら、百歩譲ってもいいだろう。だが、王族の結婚がそんなことでいいはずがない!
ついでに、半年後だろうと何だろうと、結婚前には変わりないというのに!
「今までの誤解を解いて、仲良くなりたいだけだから、安心しろ」
この体勢で運ばれて、どうして安心できると言うのか。
「最後まではしない」
思い切り何かはする気じゃないか!
いやいやいや。結婚もしてないのに、ほぼ初対面の方とそんなことできない。
「お待ちください。あの、殿下!」
反論したいのに、言葉にならない。どうにもこうにも、卑猥な言葉になりそうな気がして口に出せないのだ。
「私の愛を伝えなければならない」
「は……」
――愛?
思考が停止する。
その間に、殿下の長い脚は颯爽と歩き去り、あっという間に決して入ることは無いと思っていた王族の居住スペースにいた。
何人か使用人とすれ違うというのに、アリーチェと視線が合う人はいない。助けを求めた瞬間に、アリーチェともども、その使用人も道ずれになりそうで声をかけられない。
そうやって悩んでいる間に、さっさと居室に入ってしまう。

ふわりと優しくソファーに下ろされる。
オリバーの体が離れ、ようやく顔を上げることができた。
白い壁紙に、観葉植物があちこちに置かれた、綺麗な部屋だった。絵画やツボがドーンと置かれた重厚な部屋じゃないことに、ほっと息を吐く。いるだけで緊張を強いられる部屋でないことは救いだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!?  今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!

黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。 そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※

義妹に婚約者を寝取られた病弱令嬢、幼馴染の公爵様に溺愛される

つくも
恋愛
病弱な令嬢アリスは伯爵家の子息カルロスと婚約していた。 しかし、アリスが病弱な事を理由ににカルロスに婚約破棄され、義妹アリシアに寝取られてしまう。 途方に暮れていたアリスを救ったのは幼馴染である公爵様だった。二人は婚約する事に。 一方その頃、カルロスは義妹アリシアの我儘っぷりに辟易するようになっていた。 頭を抱えるカルロスはアリスの方がマシだったと嘆き、復縁を迫るが……。 これは病弱な令嬢アリスが幼馴染の公爵様と婚約し、幸せになるお話です。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

父の大事な家族は、再婚相手と異母妹のみで、私は元より家族ではなかったようです

珠宮さくら
恋愛
フィロマという国で、母の病を治そうとした1人の少女がいた。母のみならず、その病に苦しむ者は、年々増えていたが、治せる薬はなく、進行を遅らせる薬しかなかった。 その病を色んな本を読んで調べあげた彼女の名前は、ヴァリャ・チャンダ。だが、それで病に効く特効薬が出来上がることになったが、母を救うことは叶わなかった。 そんな彼女が、楽しみにしていたのは隣国のラジェスへの留学だったのだが、そのために必死に貯めていた資金も父に取り上げられ、義母と異母妹の散財のために金を稼げとまで言われてしまう。 そこにヴァリャにとって救世主のように現れた令嬢がいたことで、彼女の人生は一変していくのだが、彼女らしさが消えることはなかった。

完結/クラスメイトの私物を盗んだ疑いをかけられた私は王太子に婚約破棄され国外追放を命ぜられる〜ピンチを救ってくれたのは隣国の皇太子殿下でした

まほりろ
恋愛
【完結】 「リリー・ナウマン! なぜクラスメイトの私物が貴様の鞄から出て来た!」 教室で行われる断罪劇、私は無実を主張したが誰も耳を貸してくれない。 「貴様のような盗人を王太子である俺の婚約者にしておくわけにはいかない! 貴様との婚約を破棄し、国外追放を命ずる! 今すぐ荷物をまとめて教室からいや、この国から出ていけ!!」 クラスメイトたちが「泥棒令嬢」「ろくでなし」「いい気味」と囁く。 誰も私の味方になってくれない、先生でさえも。 「アリバイがないだけで公爵家の令嬢を裁判にもかけず国外追放にするの? この国の法律ってどうなっているのかな?」 クラスメイトの私物を盗んだ疑いをかけられた私を救って下さったのは隣国の皇太子殿下でした。 アホ王太子とあばずれ伯爵令嬢に冤罪を着せられたヒロインが、ショタ美少年の皇太子に助けてられ溺愛される話です。 完結、全10話、約7500文字。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 他サイトにも掲載してます。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

処理中です...