勘違い

ざっく

文字の大きさ
上 下
6 / 8

出会いverガーリン

しおりを挟む
ガーリンはやかましく鳴る腹を抱えてイライラと中庭を歩いていた。

それもこれも、仕事をやりたがらない貴族どものせいだ。
普段は出すことのない不満を表情で思い切り現して、舌打ちまでする。

ガーリン・エクスィアート。
彼は、この国最大の商人一族の跡取りだった。
貴族たちに顔つなぎに有効だということで入学し、勉学に励み、誰もやりたがらない雑用もにこやかにこなしてきた。本当のことを言えば、『自分でしろ』と何度思ったことか。
その功績(?)が認められ、最上学年となった今、生徒会長と言う名の最大級の雑用係を請け負っている。
ガーリンはそこらの貴族よりも裕福だ。下手をすると、王族よりも資産だけで言えば大きなものを持っているかもしれない。
しかし、その金は貴族どもから巻き上げた金で形成していく。
だからこそ、エクスィアート家は顔が広い。強く広い人脈を持っているのだ。それをガーリンの代で潰すわけにはいかないし、潰す気もない。もっと広げたいとさえ思っている。
この学校でやっていることは、その布石だ。
だから、分かっている。今やっていることは必要なことなのだ。必要――なのだが……。
「くそっ!意味のない無駄話で時間を無駄にさせやがって」
もうすぐ卒業と言う段になって、突然、女が群がってくるようになったのだ。
元々、ガーリンの容姿は整っている。微笑めば人好きのする顔をしているし、背が高く体格にも恵まれている。体力が必要で鍛えてもいるので、それなりに筋肉もついている。
それなりにモテてはいたが、今ほどじゃない。
それもこれも、卒業=将来が見えてきて、有望な男性を探し始めた貴族たちのせいだ。底辺の貴族よりも、よほどエクスィアート家は権力を持つ。さらに、ガーリンの継ぐことになる莫大な資産。
それらを手に入れようと、貴族の女が群がってくるようになったのだ。
うんざりだ。
しかし、それらさえも上手く回して人脈につなげたいと思う気持ちもある。
だからこそ、ガーリンの休み時間は全く無かった。
今日も食堂に行けなかった。
しかも、普段から持っている携帯食を見つかってしまった。それを、図々しいことに、「どんなものか食べてみたいですわ」などとぬかすのだ。あの胸についている余分な脂肪は、食べ過ぎでついたに違いない。
人の昼食まで手を伸ばすなんて、何て卑しいやつだ。
心の中は罵り言葉で溢れるけれど、ガーリンは困ったように笑いながら、「大したものではないのですよ?お嬢様のお口に合うかどうか」そう言って差し出した。
「庶民の皆様はこのようなものを召し上がるのね」
美味しいともまずいとも言わず、珍しいと一口かじっておしまいだ。
その途端、次から次へとハイエナのように「私も」「私も」と現れたのだ。ガーリンが食事をとっていないことには、誰一人として気がつかない。そんなことを気がつける人間がいない。
残されたのは、中途半端に残された携帯食。
あいつらの食べ残しを食べるほどには飢えていない。世界中であれしか口の中に入れることができない。あれを食べなければ死ぬとまでなったら食べるかもしれないが、昼食をくいっぱぐれたという理由だけであの残飯を食べる気にはなれない。
大体、人のものもらって残すって、どういう神経しているんだ。
結局、昼休みが終わる時間には、空腹をかかえたガーリンだけが残された。
明日からは、多めに軽食を準備して、見つからないように金庫にでも入れなければいけない。
――情けない。
この愛想笑いもそろそろ限界が近づいている。
イラついた表情が表に出ないようにするだけで一苦労だ。
誰を気にするでもなく大きくため息を吐いたところで、視線の先のベンチに誰か座っていることに気が付いた。
食堂の白い制服を着て、膝の上に箱を取り出しているところだった。
その小さな姿に、ガーリンの頭には食堂で雇っている学生と同じ年頃の男の子がいることを思い出した。
平民ごときが授業を受けるなんてと蔑む意見が多いが、教師からは真面目だとおおむね受けがいい。
会ってみたいと思っていたが、こんなところに。
話をしてみたいと近づいていくと、どうにも違和感がある。
……男と聞いていたけれど?
両手でパンを持ち上げて、満面の笑みでそれにかぶりつく様は、普通に愛らしい少女のようだ。
見目麗しいという噂は聞かなかったが、幸せそうに食べる姿は、見惚れるほど可愛らしかった。
こんなところで、手で直接食べ物を掴む姿にも興味を惹かれる。
商人は常に新しいものを探し求めている。
ガーリンには、彼女こそが新しく、心惹かれるものだった。
近くまで来たものの、一生懸命食べているその愛らしさに、しばし見惚れて突っ立ってしまった。
男と聞いていたけれど、何かの間違いだろう。
髪の毛こそ短いが、平民は短い髪の人間なんかたくさんいる。……残念だが、貧しい人間ほど、身なりに金と手間をかけられずに、短く切ってしまう。
彼女のさらさらの黒髪は、短く切られながらも光を反射して綺麗だった。
ガーリンが見つめ続けていると、声をかける前に彼女に気が付かれ、いぶかしげに見上げられてしまった。
声をかける前に見つめるなんて礼を失してしまったと慌てる。
そして、一言目は何と声をかけようかと考えていると、彼女が持っているパンに目が向いた。
パンの間に、いろいろな食材は挟まっている。
ごっちゃごちゃに見える。

「それは……おいしいのか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

新妻よりも幼馴染の居候を優先するって、嘗めてます?

章槻雅希
恋愛
よくある幼馴染の居候令嬢とそれに甘い夫、それに悩む新妻のオムニバス。 何事にも幼馴染を優先する夫にブチ切れた妻は反撃する。 パターンA:そもそも婚約が成り立たなくなる パターンB:幼馴染居候ざまぁ、旦那は改心して一応ハッピーエンド パターンC:旦那ざまぁ、幼馴染居候改心で女性陣ハッピーエンド なお、反撃前の幼馴染エピソードはこれまでに読んだ複数の他作者様方の作品に影響を受けたテンプレ的展開となっています。※パターンBは他作者様の作品にあまりに似ているため修正しました。 数々の幼馴染居候の話を読んで、イラついて書いてしまった。2時間クオリティ。 面白いんですけどね! 面白いから幼馴染や夫にイライラしてしまうわけだし! ざまぁが待ちきれないので書いてしまいました(;^_^A 『小説家になろう』『アルファポリス』『pixiv』に重複投稿。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

【完結】さよなら私の初恋

山葵
恋愛
私の婚約者が妹に見せる笑顔は私に向けられる事はない。 初恋の貴方が妹を望むなら、私は貴方の幸せを願って身を引きましょう。 さようなら私の初恋。

元婚約者が愛おしい

碧桜 汐香
恋愛
いつも笑顔で支えてくれた婚約者アマリルがいるのに、相談もなく海外留学を決めたフラン王子。 留学先の隣国で、平民リーシャに惹かれていく。 フラン王子の親友であり、大国の王子であるステファン王子が止めるも、アマリルを捨て、リーシャと婚約する。 リーシャの本性や様々な者の策略を知ったフラン王子。アマリルのことを思い出して後悔するが、もう遅かったのだった。 フラン王子目線の物語です。

処理中です...