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誤解を解く

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「抱き……は?」
ディートリヒの一歩後ろに控える王太子妃は、すぐに意味を理解したのか、真っ赤な顔を伏せている。
怒られた直後の、呆然としたディートリヒよりも、理解が早い。
メイシーだって、どこかに隠れてしまいたいほどいたたまれない。クロードは、真面目な顔で何を言っているのか。
「メイシーが遠征についてくるなんて言い出すので、絶対にできないように、一つの可能性もないように、思いきりやりました。欲望のままにとも言いますか」
一度言ってしまって、吹っ切れちゃいけないものまで吹っ切ってしまったのか、胸を張って言葉を繰り返した。
思いきりやりましたって、いたたまれない表現をしないで欲しい。最後の一言は必要だろうか。
まるで、メイシーにも責任があるような言い方に、小さな声で反論する。
「ついていきたいって、ちょっと思っただけだもの」
「でも、殿下が許可したら来る気だっただろう?」
その小声を拾って、クロードが言い返してくる。
「きょ、許可があるならいいじゃない!」
「よくないから、来られないようにしたんだ」
「もっと他の方法をとってよ!」
言い争う夫婦の間に、呆然としたディートリヒの呟きが混ざる。
「結局……奥方が見送りに来られなかったのは、クロードのせいだったということか?」
ディートリヒから確認され、クロードは情けない顔で頷く。
「……とても反省しています。衝動的に。メイシーを大勢の前に出したくなくて」
メイシーと言い合いをしつつも、自分が悪いとは思っていたようだ。
そこで、くすくすと、可愛らしい笑い声が上がる。
「殿下の勘違いでしたのね。お二人はとても仲が良いようで安心しましたわ」
そう言って朗らかに笑いながら、王太子妃は、自分は必要なさそうなのでと、その場を辞した。
ディートリヒが、メイシーに苦言を呈にし行くと聞いて、彼女は、それをできるだけ和らげようと、ディートリヒが言いすぎないようにとついてきたのだと、後日聞いた。
とんだ無駄足を運ばせた上に、卑猥な内容を聞かせて大変申し訳ない。

「私の勘違いだったようだ。……説明しよう」
ディートリヒは、深く、長く息を吐いて話し始めた。

遠征中、クロードがメイシーからの手紙を読んだ後に、泣きそうな顔をしていたという。
「クロードには幸せになってもらいたかった。遠征中くらいは、悪妻に悩まされずにいて欲しいと、自分の力でできる範囲で遠ざけなければと思った」
「いや、ショックを受けたのはエリクからの手紙だ。メイシーからの手紙は嬉しすぎて肌身離さず持っている」
「あんな内容のものを!?」
やっぱり、最初の手紙は届いてしまっていたようだ。
ひどい内容だったから謝罪の手紙を書いたというのに。
「可愛らしい内容だが?そう思って、返事をしただろう?」
「届いてないわ」
「…………すまない」
ディートリヒが、後ろの護衛に何かを言うと、彼はどこかに走り去っていった。
「手紙を、全て握りつぶしていたと?」
さっきまでの申し訳なさそうな表情から一転、鋭い視線を飛ばすクロードに、ディートリヒは、勢いよく首を振る。
「つぶしてない!保管してある!中も見ていない!いっ、今、取りに行かせたから!!」
メイシーを抱き寄せた腕とは反対のこぶしが握られ、ぎりぎりと音がする。
手って、握りしめるだけで音がするのだと感心してしまった。
「王都に戻ってこられているのに、屋敷には、全く戻ってきてくださらないから」
討伐が終わって城に戻っても、クロードは戻って来られなかった。
盗賊団が思いのほか大きかったために、情報統制が行われたためだという。
貴族が関係しているような情報もあったので、その調査が終わるまでは、軍の指揮にあたる数名は、城から出ることができないと言われていた。
このパレード後も、またクロードは城に戻らなければならないはずだった。
「連絡をしたはずだが……」
メイシーが横に首を振る姿を見て、クロードの声がさらに低くなる。
ようやく、会えなかった理由がはっきりとわかって、ほっと息を吐く。
ディートリヒに無理やり城に押し込められているだけなら、きっと無理をしてでも会いに来てくれると思っていたから。
それができない状況って何だろうと、ずっと不安だった。
「だから、何度も訪ねてきたのに、会えなかったのね」
「何度も訪ねて……、来て、くれていたのか。――殿下」
情報統制の話を聞いて、城で追い返されたのは嫌がらせではなかったのかと思ったら、やっぱり、ディートリヒの仕業だった。
「長い目で見れば、私に感謝をするようになるだろうと思っていてだな……すまない」
クロードから睨みつけられ、汗をかきながら謝っている。凛々しい王太子の姿はどこにもない。
「メイシー、辛い思いをさせてすまない。私は城から出られないが、メイシーが訪れてきたら会えると聞いていた。だから、来てくれるのをずっと待っていたのだが」
――妨害されていたとは。
殺気を込めてクロードからもう一度睨みつけられて、ディートリヒの顔色がさらに青くなる。
そこに、先ほど走っていった護衛が戻ってくる。
箱に手紙が何通も入っていた。
「こんなに」
メイシーは嬉しそうに、クロードはとても低い声でつぶやく。
ディートリヒはもう、声も出せないようで、ピクリとも動かずにうつむいてしまっている。
クロードからの手紙を受け取り、メイシーは満面の笑みで答える。
「ありがとうございます。早く読みたいわ」
「目の前にいると、少し気恥しいな。私が仕事でいない昼間にしてくれるか?」
目元をやわらげ、クロードもメイシーからの手紙を嬉しそうに懐に入れる。
クロードからの殺気がなくなったせいか、ディートリヒがほっとしたように息を吐く。
「クロードは……アルランディアン公爵夫妻は、お互い、想いあっているのだな……」
ディートリヒは、メイシーの前で初めて笑顔を見せた。
少し困ったような、情けない笑顔だったが、それが逆に受け入れてくれたのだと感じさせた。
「ええ。ご心配をおかけしました」
メイシーも、応えて、微笑みを浮かべる。
今後、クロードとの仲を邪魔しないのであれば、王太子と敵対する理由はない。
メイシーは胸を張って応える。
「私の有用性をご理解いただけて嬉しいですわ。もしも、次に出征などあれば、同行してもいいのですよ。士気が上がっていいと思いますわ」
しかし、向かい合う男二人は、眉間にしわを寄せて頷かない。
「却下だ。メイシーが心配すぎて、私の士気はダダ下がりだな。まったくやる気がなくなる」
「クロードがあなたを守りに動くと、命令系統がバラバラになる。迷惑だな」
同時に却下されて、メイシーは目を丸くする。
実は、結構本気だった。
「結構、有用だと思っていたのですが……」
「メリットに比べてデメリットが大きすぎるな」
さっきまでクロードに睨まれて震えていた情けない王太子に、きっぱりと却下されて、メイシーはそれ以上何も言えなかった。

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