聖女は旦那様のために奮闘中

ざっく

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パレード

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ディートリヒを先頭に、軍が王都をパレードする。

王城の端にある軍施設から出発して、大通りをぐるりと回って、城中央の門から入城する。
国王や王妃、王太子妃は、ここで待機する。
メイシ―も、堂々と王太子妃の隣に陣取っていた。
権力など使ったことはないけれど、聖女にはそれなりに権力がある。
聖女は、誰からも愛され、大切にしなければならないから。
その上、メイシ―は公爵夫人。
王太子妃の隣に立って何が悪い。
無表情で門を見つめるメイシ―に、クレアとコリーン、アンジェリーナが近寄ってくる。
国王が座す場所のそばにやすやすと近寄れるはずもないのだが、彼女たちは、また別格だ。
聖女でもあるし、そもそも高位貴族の令嬢。現在は各高位貴族の婦人でもある。
「メイシ―。どうしたの?」
三人は、国王に形ばかりの礼をして、メイシ―に話しかける。
王族とその護衛が戸惑っている空気を感じるが、そんなもの無視だ。
「帰還を果たした皆様を祝福しようかと」
メイシ―が言うと、三人は目を丸くする。
「珍しい。目立つことは嫌がっていたのに」
「そうそう。大体、こんな場所に立っていることも驚きなのに」
クレアとコリーンが首をかしげる。
「ちょっと、怒ってるの」
聖女の力を、最大限に魅せる。
存在するだけで~というやつだから、実際に体感できる力はほとんどない。
それなのに、聖女というだけで崇められるのは、ひとえに信心の賜物だ。
神を信じるから、聖女を敬ってくれる。
ここで、最大限のパフォーマンスを披露して、メイシ―をクロードから遠ざけようなんて考えられなくする。
クロードが帰ろうとしても、それを留められる人物。
彼を城にとどめて、メイシ―に連絡もさせない……連絡を滞らせることができる人なんて、王太子に決まっている。
何を思ってそうされているのか知らないが、たぶん、ただの田舎娘が公爵となんて不釣り合いだとかそんなところだろう。
だから、民衆からの人気を見せつけてやろうと思うのだ。
「まあ。珍しい」
アンジェリーナが手をたたいて喜ぶ。
「だったら、私たちも手伝うわ」
彼女は、こういう『やり返す』というような行動が大好きだ。
さらに、クレアとコリーンは、派手な演出が大好きだ。
三人は、メイシ―を見てにっこりと笑った。

華やかな隊列が、門を潜り抜けてくる。
空に響く民衆の歓声。
戦闘は、白馬に乗ったきらびやかな衣装を身に着けたディートリヒ。
その一歩後ろを、クロードが追従する。
騎馬が続き、それから歩兵が続く。その誰もに、惜しみない歓声と拍手が贈られている。
クロードが、玉座横に控えるメイシ―に気が付く。
目を丸くした後に、目元を緩めた。
ケガをしたという話は聞かなかったから、大丈夫だと思っていたけれど、よかった。
ケガなんて重要なことさえも、情報遮断されてメイシ―には伝えられていない可能性も考えていたから、なおさらだ。
国王が立ち上がり、兵士たちへ労いの言葉をかけた。
それを受け、ディートリヒが謝辞を述べる。
美しい劇を見ているかのように、その姿は一枚の絵画のようだ。
立ち上がったディートリヒに、王太子妃が近づき、無事の帰還を喜んだ。

――さあ、出番だ。

メイシ―が無言で一歩前に出ると、ディートリヒが不快気に眉を寄せる。
やはり、王太子の仕業だ。
絶対に負けないという気合を込めて睨み返す。
睨まれると思っていなかったのが、彼は戸惑った顔をしている。
後ろに控えるクロードは、どうしたのかと不思議そうにこちらを見ているだけだ。
聖女四人が並び立って出てきて、理由もなく咎められる人間はこの国にはいない。
それだけ、聖女の力は強いのだ。
今まで、使ったこともない権力だ。
「ご無事の帰還、お慶び申し上げます」
メイシ―が頭を下げると、後ろの三人も倣ってくれたのが分かった。
もちろん、王太子にではなく、多くの兵たちに向かって頭を下げた。ディートリヒの表情なんて、確認したくもない。
「皆様に、ほんのささやかな労いを」
すうっと息を吸い込んで、両手を控えている隊列に差し出す。
クレアとコリーンが、空気中の水分を浄化する。その際に、キラキラと光が反射するのだ。
アンジェリーナが力を籠めれば、周囲の植物の成長が促され、少しだけ風が吹く。
両方とも、こうして注目された中で行わなければ、気が付かれないような変化だ。
そうして、メイシ―の力。
彼らの体力を少しだけ回復させる。
長期間遠征し、数日休んだとしても、疲れているだろう彼らは、通常に比べて、体力の回復を感じるのは大きいだろう。
光と風の中にもたらされる、優しい癒しの奇跡。

放心したような兵士たちの顔を見渡した後、クロードに視線を向けてにっこりと笑った。
途端に、王都が揺れるほどの歓声。

「聖女様!」
「聖女様!」
「奇跡だ!奇跡が起きた!」

メイシ―は微笑みを浮かべたまま、優雅に礼をすると、一歩下がり同じ位置に戻る。
それとほぼ同時に、クロードが歩み寄ってきて、エスコートされる。
このまま壇上を去るということだろう。
メイシ―は素直にクロードに促されるまま、華やかな場を後にした。

大歓声に背中を押されるような形でパレードは終了した。

姉さま方は、民衆の目が届かない場所まで来ると、「楽しかったわ~」「またね!」と言って軽く帰っていった。
問題なのは、無言で歩き続ける夫だ。
姉さま方が楽しそうに手を振る姿にも、軽く会釈をして、引っ張られ続けている。
エスコートというより、もはや手をつかまれている。連行といった方がいいような気がするほど強引だ。
控室のような場所につき、向かい合ったクロードは、明らかに不機嫌だ。
「メイシ―」
「はい」
お説教の雰囲気を感じ取り、素直に返事をする。
お説教されるようなことはしていないと思うけれど、もしかしたらしているかもしれない。
そう思いながら、怒られる前に、本当は誰より一番最初に言いたかった言葉を伝える。
「おかえりなさい」
その言葉に、クロードは目を瞬かせ、眉間のしわがなくなった後、少しだけ申し訳なさそうな表情がのぞく。
「ああ。屋敷に戻れずに済まなかった。報告も終わって、明日からは、休暇をもらった」
休暇と聞いて、メイシ―は顔を輝かせる。
疲れているクロードと出かけることは考えていないが、彼がゆっくりと自宅にいてくれることが嬉しい。
クロードもうれしそうに微笑み、メイシ―を抱き寄せた。
久々に感じる彼の体温が心地いい。
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