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会えない
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クロードから手紙が来ない。
盗賊の盗伐に向かっているのだ。
長い距離を野営しながら進むのだから、大変な行程になっているだろう。
だから、手紙を書く暇もないほど忙しいのだ。
もしかしたら、メイシ―からの手紙も、大変な道中、なくされて届いていないかもしれない。
……届いてないと良い。
許さないとか、文句があるとか、勝手な事ばかり書いた手紙なんて、破り捨てられていたらいいのに。
見送りに行けなかったとショックを受け、クロードへの不満を、そのまま手紙にしてしまった。
あんなこと、書かなければよかった。
任務の最中に、妻から文句ばかりが書いた手紙を受け取ったクロードは何を思っただろうか。
呆れて、怒って、悲しんで?
面倒だと、もうどうでもいいと思われたかもしれない。
だから、お返事をくれないのだろうか。
クロードは忙しいせいだと、何度も言い聞かせているけれど、日が経てば経つほど不安になる。
だから、もう一度手紙を書いた。
今度は、彼を案じる内容と、任務の成功を願って。最後に、最初の手紙を謝罪した。
もしかしたら、彼が見ていないことを、少しだけ期待して、言葉を濁して謝罪してしまった。
だからだろうか。
やっぱり、クロードからのお返事はなかった。
気が付けば、夕方、窓から門ばかり眺めるようになってしまった。
配達員が来ないだろうかと、考えてしまっている。
ある日、エリクが妙ににこやかな顔で言った。
「奥様、少々、里帰りしませんか」
言われた言葉が、最初よく分からなくて、エリクの顔をぽかんと眺めた。
「教会に、少しだけ帰って、のんびりしませんか?」
エリクは、クロードの筆頭侍従だ。彼が不在の間でも、クロードしかわからないようなことでもエリクは分かるらしい。よく、執事から相談を受けている姿を見かけていた。
しかし、クロードがいない状態では、メイシ―とエリクの関わりは少ない。
実際、クロードが出発してからエリクと会話をしたのなんて、挨拶程度だ。
そんな彼からの突然の呼びかけに、メイシ―は考え、ふと思い当たる。
「私、そんなに寂しそうに見えた?」
エリクは、眉を下げてにっこりと笑うだけだ。
女主人ともいえる立場のメイシ―が、使用人に気を使わせているなんて、由々しき事態だ。
ハッと気が付いたメイシ―に、エリクも、彼女が考えていることが分かったのだろう。
ゆっくりと首を横に振った。
「――ただ、ゆっくりとするだけです。ここでは、完全に拒否できない来客もありますしね」
最後、軽口のように付け加えられたが、そちらのほうが本当の理由だろう。
メイシ―が社交をしないことをよろしく思っていない方が、たまに忠告に来てくださるのだ。
聖女たるメイシ―に露骨な悪意を向ける人は少ない。だから、本当に素直なご忠告なのだ。
公爵家に嫁いだからには~~……。
今までのようには~~。
立場に甘えずに~~。などなど、いろいろなご意見を聞かせていただく。
自分の至らなさを痛感してしまっている毎日だ。
一時的とはいえ、教会に戻っていいというのは、とても魅力的なお誘いだと感じた。
だけど――
「ありがとう」
ここから、離れたいわけじゃない。
いや、見送りができなかった分、ずっとクロードが戻る場所にいたい。
「だけど、私はクロード様の妻だから、里帰りするときは、彼に直接許可をもらってからにする」
エリクは目を瞬かせた後、安心したように微笑んだ。
寂しくて、どこか不安だったのは、自分の中できちんと決めてなかったからだ。
出立の朝、クロードに『置いて行かれた』と感じてしまった。それが、意識している以上に不安になっていたのだ。
「ありがとう。うん、でも……クロード様を、ここで待ちたい」
もう一度、自分に言い聞かせるように呟いた。
「本当に、閣下にはもったいないくらいというか、もったいなさすぎて、どうしようかと思います」
エリクの言い方に、メイシ―は久しぶりに声を出して笑った。
盗賊の盗伐が終わった。
予定では一月、長くても二月で帰還する予定だったのに、なんと五か月もかかっての帰還だ。
盗賊は思った以上に大きな組織で、なんと隣国も絡んでいたようだ。
それを五か月で壊滅させてきた。
王太子、ディートリヒの、素晴らしい功績をあげての堂々たる凱旋だ。
ディートリヒ達主力部隊は、三日前に城へ到着している。
クロードはすぐにでも帰ってきてくれると思っていたのに、忙しいらしく、城から出られないようだ。
ならば、メイシ―が会いに行こうと城に出向いても、凱旋パレードの準備でごたついていることを理由に、会わせてもらえなかった。
一緒についてきてくれたエリクも侍女も、護衛も、交渉してくれたようだったが、門番は申し訳なさそうにするばかり。
メイシ―は、ため息を一つ吐いて、屋敷に戻ってきた。
一人、準備をされた紅茶を前に、ゆっくりと考えを巡らせる。
会わせてもらえない。
会ってもらえないのではない。――会わせてもらえないのだ。
メイシ―は、怒った。
そもそも、おとなしい性格ではない。
五か月だ。新婚で、五か月会えなかった夫に、一目会いたいと出向いたところ、取り次いでももらえなかった。
なんなら、一日くらい帰ってきてもいいところだ。
――なんなの?
クロードを過労死させるつもりだろうか。
クロード本人が会いたくないと言っているとは考えられない。
少しの間だけしか過ごせていないけれど、長い間放っていた新妻に対してこんなことをする人じゃない。
その認識が間違っていて、クロードの命令だった場合は、平手打ちして離婚するまでだ。
聖女をないがしろにした罪、思い知らせてやる。
盗賊の盗伐に向かっているのだ。
長い距離を野営しながら進むのだから、大変な行程になっているだろう。
だから、手紙を書く暇もないほど忙しいのだ。
もしかしたら、メイシ―からの手紙も、大変な道中、なくされて届いていないかもしれない。
……届いてないと良い。
許さないとか、文句があるとか、勝手な事ばかり書いた手紙なんて、破り捨てられていたらいいのに。
見送りに行けなかったとショックを受け、クロードへの不満を、そのまま手紙にしてしまった。
あんなこと、書かなければよかった。
任務の最中に、妻から文句ばかりが書いた手紙を受け取ったクロードは何を思っただろうか。
呆れて、怒って、悲しんで?
面倒だと、もうどうでもいいと思われたかもしれない。
だから、お返事をくれないのだろうか。
クロードは忙しいせいだと、何度も言い聞かせているけれど、日が経てば経つほど不安になる。
だから、もう一度手紙を書いた。
今度は、彼を案じる内容と、任務の成功を願って。最後に、最初の手紙を謝罪した。
もしかしたら、彼が見ていないことを、少しだけ期待して、言葉を濁して謝罪してしまった。
だからだろうか。
やっぱり、クロードからのお返事はなかった。
気が付けば、夕方、窓から門ばかり眺めるようになってしまった。
配達員が来ないだろうかと、考えてしまっている。
ある日、エリクが妙ににこやかな顔で言った。
「奥様、少々、里帰りしませんか」
言われた言葉が、最初よく分からなくて、エリクの顔をぽかんと眺めた。
「教会に、少しだけ帰って、のんびりしませんか?」
エリクは、クロードの筆頭侍従だ。彼が不在の間でも、クロードしかわからないようなことでもエリクは分かるらしい。よく、執事から相談を受けている姿を見かけていた。
しかし、クロードがいない状態では、メイシ―とエリクの関わりは少ない。
実際、クロードが出発してからエリクと会話をしたのなんて、挨拶程度だ。
そんな彼からの突然の呼びかけに、メイシ―は考え、ふと思い当たる。
「私、そんなに寂しそうに見えた?」
エリクは、眉を下げてにっこりと笑うだけだ。
女主人ともいえる立場のメイシ―が、使用人に気を使わせているなんて、由々しき事態だ。
ハッと気が付いたメイシ―に、エリクも、彼女が考えていることが分かったのだろう。
ゆっくりと首を横に振った。
「――ただ、ゆっくりとするだけです。ここでは、完全に拒否できない来客もありますしね」
最後、軽口のように付け加えられたが、そちらのほうが本当の理由だろう。
メイシ―が社交をしないことをよろしく思っていない方が、たまに忠告に来てくださるのだ。
聖女たるメイシ―に露骨な悪意を向ける人は少ない。だから、本当に素直なご忠告なのだ。
公爵家に嫁いだからには~~……。
今までのようには~~。
立場に甘えずに~~。などなど、いろいろなご意見を聞かせていただく。
自分の至らなさを痛感してしまっている毎日だ。
一時的とはいえ、教会に戻っていいというのは、とても魅力的なお誘いだと感じた。
だけど――
「ありがとう」
ここから、離れたいわけじゃない。
いや、見送りができなかった分、ずっとクロードが戻る場所にいたい。
「だけど、私はクロード様の妻だから、里帰りするときは、彼に直接許可をもらってからにする」
エリクは目を瞬かせた後、安心したように微笑んだ。
寂しくて、どこか不安だったのは、自分の中できちんと決めてなかったからだ。
出立の朝、クロードに『置いて行かれた』と感じてしまった。それが、意識している以上に不安になっていたのだ。
「ありがとう。うん、でも……クロード様を、ここで待ちたい」
もう一度、自分に言い聞かせるように呟いた。
「本当に、閣下にはもったいないくらいというか、もったいなさすぎて、どうしようかと思います」
エリクの言い方に、メイシ―は久しぶりに声を出して笑った。
盗賊の盗伐が終わった。
予定では一月、長くても二月で帰還する予定だったのに、なんと五か月もかかっての帰還だ。
盗賊は思った以上に大きな組織で、なんと隣国も絡んでいたようだ。
それを五か月で壊滅させてきた。
王太子、ディートリヒの、素晴らしい功績をあげての堂々たる凱旋だ。
ディートリヒ達主力部隊は、三日前に城へ到着している。
クロードはすぐにでも帰ってきてくれると思っていたのに、忙しいらしく、城から出られないようだ。
ならば、メイシ―が会いに行こうと城に出向いても、凱旋パレードの準備でごたついていることを理由に、会わせてもらえなかった。
一緒についてきてくれたエリクも侍女も、護衛も、交渉してくれたようだったが、門番は申し訳なさそうにするばかり。
メイシ―は、ため息を一つ吐いて、屋敷に戻ってきた。
一人、準備をされた紅茶を前に、ゆっくりと考えを巡らせる。
会わせてもらえない。
会ってもらえないのではない。――会わせてもらえないのだ。
メイシ―は、怒った。
そもそも、おとなしい性格ではない。
五か月だ。新婚で、五か月会えなかった夫に、一目会いたいと出向いたところ、取り次いでももらえなかった。
なんなら、一日くらい帰ってきてもいいところだ。
――なんなの?
クロードを過労死させるつもりだろうか。
クロード本人が会いたくないと言っているとは考えられない。
少しの間だけしか過ごせていないけれど、長い間放っていた新妻に対してこんなことをする人じゃない。
その認識が間違っていて、クロードの命令だった場合は、平手打ちして離婚するまでだ。
聖女をないがしろにした罪、思い知らせてやる。
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