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やっちゃったクロード

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メイシ―を抱きたい。
寝室に行く準備を済ませ、ドアの前で長い間悩んでいる。
怯えている様子はなかったが、それが自分の願いが見せた幻影ではないと言い切れない。
寝室でメイシ―が動く気配がする。
逃げようとしているなら、逃がしてやらなければならない。
聖女は幸せにならなければならないのだ。
何より、メイシ―を不幸にするのが自分なんて、耐えられない。
……すごく歩き回っている。
何か探しているのだろうか。
ドアをノックして、開けた瞬間、メイシ―はどんな顔をするのか。
大きく深呼吸をして、ノックをするために腕を上げた。
「クロード様」
「はいっ」
聞こえたメイシ―の声に、反射で返事をした。

結局、クロードの心配のし過ぎだった。
なんと、メイシ―まで、結婚を強要したのではないかと悩んでいたという。
こんなに美しくも愛らしい女性に求婚されて断れる人間がいるわけがない。
お互いに愛を告白しあって、甘い時を過ごした。
少々過ごしすぎて、後からエリクに滾々と説教されたが、後悔はない。
というか、まだまだやりたい。
メイシ―は、クロードを許しすぎなのだ。
「クロード様」
天上の音色のような麗しい声でクロードを呼び、他愛もないことで笑いあう。
天国だ。
この世の最高の幸せの時を経験している。
絶賛進行形だ。
大事なことなのでもう一度言おう。現在も幸せ絶頂真っただ中だ。
そんな中で、一週間の結婚休暇を経て、嫌々出勤した途端、出兵命令。
嫌だ。
盗賊の盗伐は必要不可欠だが、どうしてそんなに遠くで活動しているのだ。
日帰りできる距離でやれよと、切に思う。

家に帰ると、相も変わらず可愛らしい妻が笑顔で出迎えてくれた。
なるほど。こうやって出迎えてくれるならば仕事に出るのもいいかもしれない。五分ほど仕事してすぐに引き返したいが。
短時間で仕事を終わらせて、ずっとメイシ―を愛でていたい。
そういうわけにもいかずに、クロードは出征のことを伝えた。
「私も行きます!」
幻聴が聞こえたかと思った。
クロードがメイシ―と離れたくないから、自分の願望が――
――と、現実逃避しかけた。
「だめだ。危険だ」
いや、ないな。
クロードが行くことはやめられないが、だからといって、そこにメイシ―を連れて行くわけにはいかない。
「衛生兵として、後方で参加します」
「人出は足りている」
十分すぎるほどに。
王太子の初凱旋は失敗できないため、予想よりも余裕を持った隊列を組んでいる。その分、進みが遅くなってしまうが、先遣隊を向かわせればいいだろう。
「でも、私が行けば……っんっ!?」
まだ言い募ろうとする口をふさいで、舌を吸い上げる。
そのまま口内を舐めまわし、口の端からあふれただ液を啜る。
とろんとした表情を見せる妻に、クロードはもう一度笑顔で言い放った。

「だめだ」


出立の前夜。
荷物の準備を終わらせて、明日は早朝に発つ。
ベッドの上で、メイシ―がぎゅうっと抱き着いてくる。
メイシ―の力で首を絞められてもまったく苦しくないと思うのに、抱き着かれると息苦しさを覚える。
なんて愛らしいのだろう。
「どうした?」
力いっぱい……だと思う力で抱き着いてくる愛妻を抱きしめ返して耳元で囁く。
どうやら、メイシ―はクロードの声が好きらしい。入れているときに耳元で囁くだけで達することもあるほど。
だけど、今はメイシ―は頭をクロードの首筋にぐいぐいとこすりつけてくる。
「クロード様。必ず無事で帰ってきてください」
この出征をそんなに大したものだと捉えていなかったため、言われたことに驚いた。
そうか、残される人は、どんな場所に赴くのでも心配はするものだ。まして、戦いなど無縁の世界で生きてきたメイシ―にとって、夫が戦場に向かうとなると不安でたまらないのだろう。
実際は王太子の箔付けだが、そんなことをはっきりと伝えるわけにはいかない。
「大丈夫だよ。すぐに帰ってくる」
そう言って頭をなでるが、安心はできないだろうなと苦笑する。
逆の立場なら、もう行かないで欲しいと願ってしまうかもしれない。
「私もついていけたらいいのに」
出征の件を伝えた時に言っていたことを、メイシ―がまた呟く。
「できること、あると思うの」
「メイシー……」
メイシ―は聖女だ。
聖女は信仰の対象で、平和の象徴でもある。
さらに、クロードは、通常は知らされていない聖女の力を知っていた。
メイシ―は回復の力を持っているらしい。ゆるやかに体力を回復させる力があるという。
例え、その力を兵士が知らなくても、聖女が出征についてきたら。
いるだけで、士気が上がるのではないか。
聖女が付いているという事実は、兵たちの気持ちを上げるだろう。
もしも明日、メイシ―が見送りに来た時に「私も行きたい」などと発言したら。
王太子ディートリヒはどういう対応を取るだろうか。
兵の士気と、聖女を率いたという実績。メイシ―を連れていくことはとても利があることもある。
ディートリヒが連れて行くと言えば、連れだされるかもしれない。
彼は王太子であるから、当然メイシ―の力のことも知っているだろう。
それは避けたい。
もしも、置いていくことになったとしても、寂しそうに見送るメイシ―にキスを送って出立する。その場面を想像し、ふと、そのあとのことにまで考えが及ぶ。
クロードが出立した後、涙がにじんだメイシ―が一人だ。
当然、エリクや侍女もそばに残すが、高位貴族が話しかけてくるかもしれない。
聖女であるメイシ―を害することなどできないが、逆はできる。
心配し、声をかけ、慰めて……
「だめだ!」
自分の想像に慌てて大声を上げた。
メイシ―は目を瞬かせてから、頷く。
「は、はい。付いていけないことは分かっています。……寂しくて……ごめんなさい」
「あああぁ。なんて可愛い」
こんな可愛い子が涙を流していたら、クロードだって声をかけるだろう。
安心してほしいと、我が国の騎士たちの強さを語るかもしれない。
メイシ―は気を使って笑顔を見せるかもしれない。気を使って、だ。
その気遣いに気が付かない空気を読めないバカ者が、メイシ―に横恋慕し、挙句にクロード不在をいいことにメイシ―を口説いたりしたら!
許せない。
メイシ―が信じられないわけではないが、他の男に口説かれるのを許容できるほど心が広くない。
クロードの脳内では、メイシ―が彼を見送った後に有象無象に口説かれ始めるのが決定事項として組みあがっていく。
クロードはゆっくりとメイシ―の上に覆いかぶさり、優しくおでこにキスを送る。
クロードの優しいしぐさに抵抗は見せないが、なんとなく不穏な気配を感じているのか、メイシ―が不安そうに見上げてくる。
「しばらくあなたを抱けない。今日は、少し多めにしてもいいだろうか。あなたに私を刻み込むように」
目を見つめながら言った途端、彼女の頬は赤く色づく。
「はっ、はい!」
クロードは体の中から湧き上がる喜びのままに微笑んだ。それにつられて、メイシ―も微笑む。
「愛しているよ」
言質を取った。
さあ、足腰が立たないほど、朝まで存分に愛し合おう。





「メイシ―。……ごめんね?行ってきます」
「――くろ、どさま?……いって、らっしゃい」



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