聖女は旦那様のために奮闘中

ざっく

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クロードの事情

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クロード・オン・アルランディアン公爵は、現国王の弟だ。
王太子の叔父にあたる。
現在の治世はおだやかで、幸いなことに、大きな災害にも見舞われず、緩やかに発展していっている。
ただ、そんな平和な国でも、国境がある限り、それなりに小競り合いがある。
東の辺境の地、そこに相次いで盗賊が現れると報告があった。
辺境の守りは、その地の辺境伯が担っている。
しかし、今回は国境の砦から半日ばかりこの国に入り込んだ場所。
数度、討伐隊を国境から送り込んだが、逃げられてしまい捕まえられていないらしい。
しかも、それが隣国から流れ込んできているのではという話もある。それならば、そんな懸念があるときに国境の守りをおろそかにするわけにもいかず、王都へ派兵の依頼があった。
そこへ、派遣されることに決まったのが、王太子ディートリヒ・アルランディアン。
それに、副官としてクロードが指名された。

王太子の初凱旋だ。
そこに、クロードをつけて、万全の態勢で臨ませたい国王の親心だろう。
本来ならば、国軍の将軍たるクロードが出張るほどのものじゃない諍いだ。
盗賊討伐に力を注ぎすぎて王国の治安が乱れては目も当てられない。
だが、王太子はまだ18歳だ。
ようやく机上の勉強が終わり、実務を任せられるようになったところ。
ここで、軍を率いるという責任と苦労を経験させたいのは分かる。そして、万が一でも危険な目に合わせたくないのも。
「……三日後か……」
クロードは、命令を受けて、深いため息をついた。
緊急事態が、『今暇だからいいよ~』というタイミングで来ることなどないことは知っている。
大体が、『何故、今なんだ!』と言いたくなるタイミングのほうが多い。
だが、あえて言いたい。
「何故、今なんだ……」


――メイシ―との結婚、一週間後の命令であった。

**************************************



クロードは体が大きい。そばに寄れば、男性にも威圧感を与えるほどらしい。
早くに体が大きくなり、鍛えれば鍛えるほど成果が出せる。軍人としては恵まれた体躯だ。この恵まれた体格に感謝していた。
しかし、結婚を考える年齢になって、初めて気が付く。
夜会などに顔を出しても、周囲に人が寄ってこない。
話をしようと近寄れば、相手は身構え、何を言われるのだろうと戦々恐々とする。ただ雑談しようと思っただけだったのに。
それは、女性にはさらに顕著だった。
小さな美しい女性には、人並に興味を持ったが、ことごとく女性から怖がられている。
何もしていないのに、近寄るのはもちろん、立っているだけで怖がられるのだ。
本来の大きな体と、それを思うがままに鍛え上げてしまったから、さらに威圧感が増している。
そうなると、周りには訓練で一緒になる軍人が多くなる。
さらに近寄りがたくなるという悪循環。
すでに結婚はあきらめていた。

だというのに。

聖女との見合いを命じられた。
独身の高位貴族。金持ち。
権力と地位、富を持つ人間が、聖女と引き合わせられるらしい。それが一番、人間の欲望の中で分かりやすく与えやすいものだから。
この見合いは、聖女の幸せを最優先に考えられる。
権力や富を欲する人間ばかりではない。結婚に幸せを求めない聖女もいたらしい。
引き合わせられたからといって、必ず結婚に至るわけではない。
お互いの了承がなければ幸せな結婚にならないという考えのもと、クロードにも拒否する権利は与えられている。
しかし、原則、聖女様のご意向だということだ。

見合い当日。
予想通りというか、緑の髪を持つふわふわと美しい姿をした聖女は、クロードが入室した時から顔をこわばらせていた。
アンジェリーナという名前だっただろうか。
だが、この様子では、クロードが名前を呼べば気絶しかねない。
直接声をかけようとして――びくりと震えた細い肩に、そっと背を向けた。
クロードが話そうとする気配さえ敏感に察知するほど緊張した女性のそばにこれ以上いるべきではない。
「お茶と菓子を存分に楽しむように伝えて欲しい」
侍従に伝えて、そのまま椅子に座ることもなく執務に戻った。

もう嫌だと言ったのに。
次の年には、双子の聖女との見合いを組まれた。
二人の印象は、青い。
その髪も目もそうだったと思うが、何より顔色が青い。
「ひっ!」
見合いの場に選んだテラスの扉を開けた途端、短い悲鳴を上げられた。
侍従をちらりと見れば、あきらめたように頷いた。
今度は入室すらせずに終わった。

さすがにもうないだろう。無しにしとけよと声を荒げたい。

今度は、中庭にテーブルをセッティングしてもらった。
逃げ場がないと思われるからさらに怖いのかもしれないと、侍従長であるエリクが言って作った会場だ。
逃げ場とか、さらっと言われて、納得しそうになったが、逃げ場が必要な時点で終わっていると思う。
今度は、先にテーブルのそばで立って待っておくことにした。
聖女が来ても、クロードの姿を見た途端帰ることができるだろう。
この後、普通に執務の予定を入れている。一瞬顔を合わせるためだけの時間だ。
ため息をつきたくなるのを我慢しながら待っていると、侍女に案内されて彼女がやってきたのだ。

真っ黒な髪と真っ黒な大きな瞳。
その美しさに、クロードは目を奪われた。
しかし彼女は、クロードに目を止めるよりも先に、テーブルの上の色とりどりの菓子に、目を奪われたらしい。
近寄りがたいほどの神秘さを放つその美貌が、菓子を前にほころぶ。
その一瞬の変貌をどう表現したらいいだろうか。
花が咲くようだとか、太陽のようだとか、どんな表現も陳腐に聞こえてしまいそうなほど、彼女の笑顔は、クロードの世界の色を変えた。
メイシ―はテーブルの上から視線を外さず、すでに何を食べようか吟味しているようだ。
言葉がのどに張り付く。
このまま声をかけずに、彼女が食べるのを見守ってはだめだろうか。
こんなに嬉しそうにしているのに、クロードが声をかけた途端、怯えて去って行ってしまうかもしれない。
しかし、挨拶をしないことには、使用人は彼女のために椅子を引くこともできないから、お茶も準備できない。
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