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出会い

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そうして、メイシ―は公爵に会うことになった。

きらきらと着飾ったメイシ―は、普段の姿からすれば、とても美しい。
白い肌に華奢な体躯。体を包むのは、精緻な刺繍が施された美しいドレス。
真っ黒なまっすぐな髪は、花を一輪のみ飾られておろしている。
大きな黒い瞳は不安げに揺れて、じっと立っていれば、儚げな美少女の風情だ。
「とてもきれいですよ」
「……だましている気分」
「……まあ、お見合いってそういうものですから」
準備をしてくれた巫女、リラの正直な言葉に、メイシ―は顔をしかめる。
どちらかというと、メイシ―は活発な女の子だ。ドレスなど高価なものを身に着けてないときは、勉強を逃れるために木に登ったりするほど。
「だましてまで結婚したくないのよ」
近年見いだされたメイシ―以外の聖女は、全員が貴族令嬢だ。
聖女の一族というものがあり、その一族の娘だという。
去年もその前も、聖女が嫁ぐ相手として、アルランディアン公爵は候補に挙がっていたはずだ。
けれど、どの聖女も彼には嫁いでいない。
聖女といえども、さすがに嫌がる相手に結婚の無理強いはできないのだろう。
彼女らは、それぞれ、別の貴族男性に嫁いでいっている。
どうやら、聖女が望んでも、相手方に断る権利はあるようだ。
そのことに、安堵する。
「姉さま方がダメだったのだから、私が望まれるはずないのよ」
メイシ―は、大きなため息とともに言葉を吐き出した。
一つ上の聖女は、双子で、二人とも晴れ渡った空の様な髪と瞳をしていた。
二つ上の聖女は、朝露に濡れた新緑のような髪と瞳。
三人の聖女たちを、メイシ―はいつもうっとりと見つめていた。
あんなに美しい人たちがフラれてしまったのだ。
メイシ―が好まれるわけがない。
特に望んでもいない相手にフラれるためにオシャレして何の意味があるのだろう。
高価な宝石が首から下がっていることを意識して、普段のような動きができない。
窮屈だ。脱ぎ捨てたい。帰りたい。
「メイシ―は、今まで私が見た中で一番美しいのだけど」
リラの言葉に、メイシ―は苦笑を返す。
姉さまも、リラたち巫女や神官も、みんなそんなことを言う。
一番年下だから、ことさら甘やかして可愛がってくれていることは分かるが、あんまりに言いすぎだ。
黒い瞳は、見惚れるほど美しく、流れる黒髪は、触れるのをためらうほど神秘的だと。
そんなふうに言ってくれるが、絶対に姉さまたちの青や緑の髪のほうが奇麗だ。
その所作も、メイシ―と違いお淑やかで、立って歩くだけで気品を感じさせるのだ。
貴族令嬢として生まれて、容姿に優れた姉さまたちと、比べることすらおこがましい。
「まあ、どうせ断られるのだから、気楽にいきましょう」
メイシ―の投げやりなセリフに、リラは苦笑していた。

マーガレットが咲き誇る庭園に、色とりどりのお菓子が所狭しと並べられている。
帰りたいと言ったことだけ、前言撤回しよう。
全種類、試食しなくては帰れない!
さあ、どれから食べようかと吟味していたら、目の前から遠慮がちに声をかけられた。
「あ~……先に、自己紹介をいいだろうか」
テーブルに着く前からお菓子から視線を離さなかったメイシ―は、さすがにまずいと顔を上げた。
「は、はい!申し訳ありません。素晴らしいお菓子に気を取られてしまい、失礼いたしました」
正直すぎる言葉に、笑い声が返ってくる。
本音かどうかは分からないが、不快さを露にされなくてよかった。
「いや、喜んでくれたならよかった。私は、クロード・オン・アルランディアンだ。城で軍務長官として勤務をしている」
見上げた先には、理想を体現した男性が柔らかな笑顔を浮かべて立っていた。
銀色に輝く髪を短く整え、同色の太い眉毛に、意志の強そうな緑の瞳。
適度に日焼けをして、文官というよりも、軍人のような出で立ちだ。
見上げるほど大きな背に長い手足。服を着ていても分かる分厚い胸板と筋肉に覆われた腕。
こんなに大きな人を見たことがなかった。
メイシ―は教会で暮らしていたけれど、男性との接触を禁じられていたわけでもないし、教会には多くの信者がやってくる。
なんなら、姉さま目当てに貴族の男性もやってきていた。
身目麗しい男性もたくさんいたが、こんなに魅力的な人はいなかった。
見た目はもちろん、その柔らかな笑みを浮かべる表情が、メイシ―の胸に突き刺さる。

一目で恋に落ちた。

「メイシ―です。聖女……をしています」
それ以外に言えることがなかった。
ぼんやりとクロードの顔を見つめていると、彼はそっとメイシ―の椅子を引いてくれる。
「どうぞ。我が家の料理人が腕によりをかけた菓子なんだ」
好きなだけ召し上がれと、微笑んでくれるその気遣いに、撃ち抜かれる。
こんなに格好いいうえに、優しいなんて。
絶対に無理じゃないか。
聖女権限フル活用してでも妻の座に収まりたいところだが、彼を見上げて、無理だと確信する。
何より、権力が届くとしても、そんなことをして嫌悪の表情を向けられたら泣いてしまう。
向かいに座ったクロードは、ぼんやりとしたメイシ―にさらにお菓子を勧める。
「どうぞ、遠慮しないでほしい。聖女様が、お菓子が好きだと聞いて、料理人が昨日から張り切って準備したものだ」
「は、はい!いただきます」
思わず、この素敵な人の前でがっつくのは恥ずかしいと思ってしまった。
しかし、ある程度のメイシ―の情報は伝わっているとしたら。無理にお上品に繕って見せるのも、それもまた恥ずかしい。
メイシ―はいつもの自分でいることを心掛けた。どうせ、令嬢のふりをしても細かなしぐさでばれるに違いないのだ。
「あの、閣下。どうか、メイシ―とお呼びください。家族からもそうやって呼ばれています」
メイシ―が言う家族とは、教会で一緒に暮らす神官や巫女たちのことだ。
聖女様という呼び方は、大きな儀式のときくらいのもので、一対一でそう呼ばれると違和感があるのだ。
侍女が取り分けてくれたケーキにフォークを刺しながら言うと、クロードは眼を瞬かせた。
「名前を呼んでも?」
「はい。是非、呼んでください」
わざわざ、一度聞き返されることを不思議に思いながら、メイシ―はにこにこと返事をする。
「だったら、私のことも、クロードと呼んでもらえるだろうか」
「はい!ク……ロード、様」
すんなり呼ぶはずが、思いのほかじっと見つめられて、戸惑ってしまった。しかも、呼んだ後に花開くように微笑まれて、妙に気恥しくなってしまう。
赤くなった顔をごまかすように、急いでケーキを口に運ぶ。
ケーキは、口の中でほろっととろけて、花の香りが広がる。
こんなの食べたことない。
「お、おいしいっ」
ちょっとだけ恥ずかしいと思っていたことも忘れ、やっぱりがっついてしまった。
お皿が空になって、夢中で食べていたことに気が付いた。
「メイシ―」
はっと気が付いたときに、低く少しだけかすれた声に呼ばれる。
目の前に視線を向けると、微笑ましそうに見られていた。
それはそれでいたたまれない。
「次はどれが食べたいかな?」
なんて甘い声を出すのだろう。
五感全部が甘すぎて、頬が熱くなっている気がする。
メイシ―は、視線をうろうろさせて、シュークリームをお願いした。
「おいしい?」
「はい!とっても、とってもおいしいです!」
二度と食べられないだろうから、お腹がはちきれるまで食べておきたい。
なんなら、恥を忍んで、お土産に包んでもらうことすらお願いしたい。

「そうか。じゃあ、毎日これを食べるために、ここで暮らしてみるか?」
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