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結婚の話

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――そんなふうに自分を娶らないといけない貴族男性は、なんて可哀想なのだろうと思う。

メイシーは、結婚について話す大司教の顔を見上げながら思っていた。

メイシ―・エデン。
来月、十八歳になる。
貧しい農家に生まれ、学校に行って読み書きを学んだあとは、親の手伝いをしながら無難に近所の男の子と結婚をし、また貧しいながらも生活をしていく未来がほぼ決まっていた。
その他の未来なんて、考えたことがなかったのだ。
黒い髪と黒い瞳を持ち、色鮮やかな髪色を持つ人が多いこの国では珍しがられたけれど、それ以上でもそれ以下でもない。きれいな色の中の黒は、目立つ。それが美しいと言われたこともあるけれど、物珍しさからだ。
メイシ―からしたら、派手な中に地味なのがいて、逆に目立っているだけだ。
メイシ―がそんな態度だから、周囲もそれについて触れるわけでもない。
ごく普通に、髪を適当に一つにまとめて、農作業をしていた。

――なのに、聖女として見いだされた。
両親もメイシ―も、まるで予想していなかった事態に呆然としている間に、周囲は喜びに沸いた。
何が何だかわからないうちに、水晶の儀式が終わってしまったような事態だ。

気が付いた時には、教会に引き取られることになっていた。
家族とは、たまに手紙のやり取りをして、最初の二年ほどはたまに会っていた。
しかし、王都と遠い田舎の農家。行き来するのにもお金がかかり、時間もかかる。
聖女の予算で家族には一定のお金が支払われていたらしいが、一家が楽して暮らせるほどではなかったようだ。両親はずっと農家を続けていた。
畑を長く空けられなくて、王都に来る頻度は、来ることができても一年に一度。
忙しい合間に、苦労して王都まで来て、面会できるのは、数時間。
共通の話題もなくて、メイシ―の記憶からも両親が消えていく。
弟妹の世話に追われ、だんだん疎遠になって、もう数年間やり取りをしていない。
十八歳になって、いまさら両親と感動の再会ができる気はしない。
きっと、結婚が決まっても、そのことを手紙で知らせて終わりだろう。
もちろん、多くの聖女の中には、家族のもとに帰る聖女もいたようだ。
貴族の生活を窮屈だと感じ、田舎暮らしを望むこともできる。
幸せの中でも、一番わかりやすい『財力のある異性に嫁ぐ』ということが、第一候補に考えられるだけで、聖女が幸せになることができるのならば、その選択は自由なのだ。

そのようなことを、大司教が懇切丁寧に説明してくれる。

そうして、長い長い前置きの後に、メイシ―に紹介したい男性がいるとのことだ。
クロード・オン・アルランディアン公爵閣下。
大層な名前と肩書を持つ若き公爵は、現国王の弟で、独身貴族の中でも最高位。
国軍長官、つまり将軍として活躍し、国王の相談役も務めているという。
まさに、最高の生活を約束してくれる相手だ。

だからこそ、メイシ―は申し訳ないとさらに思うのだ。

メイシ―には、貴族令嬢として家の後ろ盾があるわけでもない。
とても美しいわけでも、賢いわけでもない。
ドレスは動きにくくて嫌い。
手の込んだ料理は口に合わない。
急いでいるのにしとやかに歩くなんて、無理。
そんなメイシ―は、『聖女』という肩書以外何も持っていない。
浄化しているって言われても、最初から『魔』が発生していない世界では、浄化を実感することさえできないのだから、実質何もないに等しい。

聖女は存在するだけでいいと言われながら、実は、それぞれに特殊な力を持っていることがある。
アンジェリーナは、植物の力を助け、クレアとコリーンは、水を浄化する力を持つ。
植物の力を助けると言ったって、アンジェリーナがいると、少しだけ育ちがよくなったりするだけ。干ばつが起きれば植物は枯れるし、見る見るうちに回復するなんてことはない。
クレアとコリーンだって、明らかな泥水を浄水にするほどではなく、濁った水がきれいになるくらいだ。
だから、言われなければ気が付かない。
教会で一緒に暮らして、アンジェリーナが育てる野菜は大きく育つ。クレアとコリーンが作る食事は食中毒を起こさない。
そして、メイシ―は回復の力を持つ。治癒じゃないところがミソだ。少しだけ疲れを癒す。病気で弱っている人のそばにいれば、体力を回復させて、少しは治癒の役に立つのかもしれないが、治せるわけじゃない。
こんな力を教会に来てから知った。
だけど、ほとんど使ったことがない。使っても気が付かれないのだ。
メイシ―は役に立っているという実感がない。
働かずに勉強だけさせてもらえる。
勉強して数時間祈るだけで衣食住が十分すぎるほどに保証されている環境。

……例えばメイシ―が、十数年ぶりの聖女で、国を挙げて祝福ムードとかであれば、まだ救われた。
しかし、メイシ―の前年にも聖女が見いだされ、その三年前にも、なんと二人の聖女がいた。
供給過多だと思う。
教会の人は、そうは思わず、多くの聖女を迎え入れられることは神の祝福であり、有難い恵みだと言う。
メイシ―がいてくれることが嬉しいと、愛して育ててくれたことはありがたい。
神官も巫女も、みんないい人ばかりだ。

「私は、貴族に嫁がなくてもいいのですが」
メイシ―が言うと、大司教は大きく頷いた。
自由に選ぶとよいと、慈悲深い笑みが返ってきた。
だが、そうじゃない。
もう、お前にはこれがお似合いだ!とか言って、無理やり決めてもらえないだろうが。なまじ、選択肢が自由すぎて選びにくい。
何をしたらいいのか、あんまり頭がよくないメイシ―には難しい。
アルランディアン公爵は、本当ならば、美しくて気立てがよいご令嬢を妻に迎えられていたはずが、ちょうどいい具合に独身だったばかりに、突然、美しくもない聖女を迎え入れなければならないのだ。
一族的には聖女を迎え入れることは利益があることだろうが、結婚相手その人にとってはどうだろうか。
むごいとしか思えない。
「メイシ―の好きなように。貴族を選んでも、どんな者を選んでも、私たちは、あなたが幸せになるための手助けをします」
大司教の言葉に、少しだけ考えてから、今の希望を言う。
「教会で、このまま働きたいのですが」
メイシ―の言葉が心底うれしいと大司教は微笑む。
「それが、メイシ―の幸せならば。けれど、そのほかの可能性も見てきなさい。それからでもまったく遅くはないのです」


――やっぱり、難しい。
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