召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく

文字の大きさ
上 下
6 / 36

夜が明けて

しおりを挟む
次の日、まだ薄暗いうちから動き始める音がする。

人の動く音に目を開けた亜優は、ぼんやりと周りを見渡す。
「よく眠ってたね。もうすぐ朝ご飯だよ」
討伐隊の中の一人が、亜優に声をかけて、おいでおいでと手招いてくれる。
「え!すみません!何も手伝ってな……」
ガバリと起き上がると、めまいがしてふらつく。体が無茶苦茶だるい。なんだこれ。
「疲れてるか?もう少し休んでいてもいいぞ」
リキトがどこからともなく現れて、亜優の手に水が入った気の茶碗を渡す。
「ありがとうございます。でも、いえ、さすがに、それは……」
有難く、水を喉に流し込んで立ち上がる。
少しだるさが遠のいたような気がする。
これ以上迷惑をかけられない。自分のことくらい自分でやらねば。
両足に力を入れると、周りから「まあ、まあ」となだめる声があがる。
「そう気負わなくても大丈夫だって。今朝は、妙に調子がいいんだ。とてもよく眠れたよ」
明るい日差しの中で見る討伐隊の方々は、みんな笑顔で亜優を見てくれる。
だけど、ただでさえ寝心地の悪いテントの中、いつもより狭くなった場所で、寝心地が良くなったことは無いだろう。
亜優に同情して、気を遣ってくれているのだ。
亜優のせいで狭くなった場所に、気を遣わないで済むように。なんて優しい人たちなんだろう。

彼らに促されて座ると、すぐに、スープの入ったお椀とパンを手渡される。
定期的に街道へ食糧の配達があるらしい。食料は、そこで供給されるものと、森で採ったもので賄っているという。
そこに、ひょっこりアッシュが現れた。
昨日、亜優を迎えに来てくれた時と同じように武装しているから、この守りの空間から外に出ていたのだろう。
「今朝は、周りに魔物がいなかった。ゆっくり飯食っていいぞ!」
アッシュの言葉に、みんなが嬉しげな声をあげる。
そして、各々、好きに座って食事を始める。
亜優も、早速もらった茶碗に口をつけた。
寝惚けた頭に、温かいスープが嬉しい。

男性ばかりの中で女が一人だからか、アッシュがいろいろと気を遣ってくれる。トイレや体を清潔に保つ方法は、聞く前に教えてくれて助かる。
有難いことに、顔を洗う水などはしっかりと準備されていた。
思った以上に清潔にしている様子に目を丸くしてしまう。
「長いこと行軍するために、清潔さを保つことは必要だからな」
アッシュが亜優の様子を見て笑う。
「長いことって、どのくらいですか?」
最初に聞いたとき、彼らは外で暮らしているわけではないと言っていた。
では、どれくらいこの旅をしているのだろうと、純粋な興味本位だった。
「ん?三か月、になるかな」
「――三か月!?」
思った以上の長さに声をあげてしまう。
三か月って、亜優がこの世界に来て過ごした長さと同じだ。
その長い時間を、魔物と戦って過ごしているのか。
「丸一日、魔物と出会わなければ、任務終了なんだ。一旦、街に戻ることができる」
アッシュが苦笑いで答える。
魔物討伐隊の任務は、終わりを確認したら、ということになっているらしい。
魔物の姿が見えなくなったら、いったん終了。
だから、丸一日魔物に遭遇せずに過ごした時、夕方に門へと戻るという。
「でも一日数匹はいるんだ。全く会わないって……難しいな」
アッシュたちは、聖女がこの世界に現れてから、旅に出発した。
聖女の祝福を受けた聖戦だ。
……ということになっているが、出発するときは聖女は慣れない生活で大変で、それどころではないと、出発前に顔を見てはいないらしい。
――それどころって。
街の人々を命を懸けて救うために旅立つ討伐隊に向けて、その言い草はない。
亜優は突っ込みたかったが、アッシュは仕方がないと諦めていた。

それまでの討伐隊は、数日、長くても数週間で戻ってきていた。
彼らは魔物に合わなかった日一日の、次の日の夕方、街に戻る。
魔物を傷つけたばかりの体には匂いがついていて、その匂いに魔物が寄ってくることがあるらしい。
だから、街の外で魔物に会わない日があれば、その後に帰還できるのだ。
魔物はあまり数が多くない。そして人間に積極的に近づいて来るものはさらに数が少ない。
だから、そんなに長い旅になることは無い。

――はずだった。

アッシュたちが旅立ったその日、さっそく数匹の魔物と戦った。
次の日も。
次の日も。
傷ついた仲間を護符だけで守られたテントの中で治療しながら。
療養している時でさえ、周りに魔物が現れれば、動ける者は出て魔物を追い払う。
周りに魔物が集まれば、動けなくなり、移動できずに食糧が途絶えれば死ぬのを待つだけになってしまう。
王都へ手紙で状況を伝えているらしい。しかし、王たちも戻って来いとはいえなかった。
そんなに魔物と戦い続けた者が、すぐに街の中に入るわけにはいかない。
通常、魔物は街の中に入れないように結界が施されている。魔物も、傷つくことを恐れてわざわざ街の中に入ろうとはしない。
しかし、魔物と戦って魔物の匂いが付いたものがいれば、別だ。
その匂いを辿って街に入ろうと試みる魔物がいるかもしれない。
できなければいい。しかし、もしもできてしまったら?
どれくらいの数までだったら、街の封印は防げるのか。
テストをしてみるようなことはできない。
もしも、が起こってしまったときの被害は甚大だ。
だから、彼らは魔物に会わない日を望み続けて行軍を続けているのだ。
「そんなに、多いんですか……?」
「ああ。何故だか、多い。聖女が現れて動きが活発になるなんて、聖女を狙っているのかな?」
アッシュは自嘲気味に笑いを漏らして言う。
聖女が出てきた途端に魔物が増えるだなんて。
アッシュの言う通り、聖女を打倒さんとする最後のあがきか。
そうならば、今の時期を持ちこたえれば、魔物はいなくなる。
では、持ちこたえられなかった時は――。
ぞくっと背筋に寒気が走る。
亜優にとって、この世界に一緒に来たあの少女は好きでも嫌いでもない。そもそも、そんな感情を抱かせるほど話をしていない。
ただ、今は同情してしまう。
彼女には、何か特殊な力はあったのだろうか。
もしもなければ、魔物が襲ってくるのを眺めているだけなのか。

彼女には、何の感情もわかないが……そう考えると、少し可哀想な気もした。
しおりを挟む
感想 75

あなたにおすすめの小説

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

はずれの聖女

おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。 一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。 シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。 『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。 だがある日、アーノルドに想い人がいると知り…… しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。 なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい@受賞&書籍化
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【完結済】どうして無能な私を愛してくれるの?~双子の妹に全て劣り、婚約者を奪われた男爵令嬢は、侯爵子息様に溺愛される~

ゆうき
恋愛
優秀な双子の妹の足元にも及ばない男爵令嬢のアメリアは、屋敷ではいない者として扱われ、話しかけてくる数少ない人間である妹には馬鹿にされ、母には早く出て行けと怒鳴られ、学園ではいじめられて生活していた。 長年に渡って酷い仕打ちを受けていたアメリアには、侯爵子息の婚約者がいたが、妹に奪われて婚約破棄をされてしまい、一人ぼっちになってしまっていた。 心が冷え切ったアメリアは、今の生活を受け入れてしまっていた。 そんな彼女には魔法薬師になりたいという目標があり、虐げられながらも勉強を頑張る毎日を送っていた。 そんな彼女のクラスに、一人の侯爵子息が転校してきた。 レオと名乗った男子生徒は、何故かアメリアを気にかけて、アメリアに積極的に話しかけてくるようになった。 毎日のように話しかけられるようになるアメリア。その溺愛っぷりにアメリアは戸惑い、少々困っていたが、段々と自分で気づかないうちに、彼の優しさに惹かれていく。 レオと一緒にいるようになり、次第に打ち解けて心を許すアメリアは、レオと親密な関係になっていくが、アメリアを馬鹿にしている妹と、その友人がそれを許すはずもなく―― これは男爵令嬢であるアメリアが、とある秘密を抱える侯爵子息と幸せになるまでの物語。 ※こちらの作品はなろう様にも投稿しております!3/8に女性ホットランキング二位になりました。読んでくださった方々、ありがとうございます!

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

処理中です...