最後の夜

ざっく

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離縁が決まった日

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明日、離縁される。

シルヴィー・ロベールは、夕闇に沈んだ窓の外をぼんやりと眺めていた。
まだ、月も顔を出しておらず、美しい庭園も遠くに望める山々も、その姿は何も見えない。
シルヴィーは普段は飲まないワインをもう一度グラスに注いだ。
夕食も取らずに、こんなに早い時間帯から酒盛りを始めているなんて、使用人たちからなんと思われているだろう。
そう考えて、もう会うことのない人たちに何と思われたってかまわないのだと、苦笑を浮かべる。
夫である、ルドヴィック・ロベールも、最後の夜だというのに、仕事で遅くなるから夕食を一緒にできないと連絡があった。
だったら、シルヴィーだけがかしこまった場所で食事をしなくても良いではないか。
そもそも、食欲だって無い。
あんなに広い場所で一人でナイフとフォークを持って食事をするなんて、涙が出たらどうするのだ。
せめて、最後くらい……と、彼の席を睨み付けてしまうかもしれないじゃないか。

離縁は、最初から決まっていたことだった。

一年前に結婚する前は、シルヴィーは平凡な貴族令嬢だった。
伯爵という高位と言うには低く、定位というには高い、微妙な立ち位置の貴族。多くの財産を持つわけでも、国王からの信任が厚いわけでもなく、貴族の中のごくごく平凡な貴族。貴族の見本のような、貴族令嬢だった。
だからだろうか、ロベール侯爵と縁を結べたのは。
シルヴィーの生家であるマルティネス家は、下位貴族が縁を結べば、それなりに……まあ、それなりに?うまみがあるかもしれないが、高位貴族にとっては特に何の面白味もない相手だ。
力をそぐわけでも顔を広げられるでもない相手。
多大な権力を有するロベール侯爵家と縁続きにさせるには、国にとって都合の良い相手だったのだろう。
シルヴィーがデビューを迎えた途端、縁談が持ち込まれ、そんな高位の方からの申し込みを断るはずもなく、すぐに話はまとまった。
夫となる人と初めて顔を合わせたのは、婚約の調印式の日。
ひと回り年上の彼は、黒髪黒目で背が高くたくましい美男子だった。
そんな彼が、シルヴィーのために背を曲げてエスコートしてくれる姿に、とてもドキドキした。
あまり口数は多くないが、シルヴィーのたわいもない話を聞いて微笑んでくれる。それだけで嬉しくて、次から次へと色々な話をした。
今思えば、しゃべりすぎだったのかもしれない。
婚約式から半年後の、結婚式。
侯爵家と伯爵家の結婚式という割には簡素なものだったが、ルドヴィックがあまり派手なことを好まず、シルヴィーはそれでもかまわなかった。
それよりも、早く彼の妻になりたかった。
ドレスや会場準備で結婚式が遠のくよりも、簡素でいいから、彼の傍に居たかった。
――シルヴィーは、婚約者であった、今の夫に恋をしていた。

初夜。
寝室のソファーに二人で並んで座っていた。
緊張しながらも、シルヴィーは彼の手に触れられることを待ち望んでた。逞しい胸に抱き寄せられて眠りたい。
しかし、ルドヴィックが発した言葉は、謝罪だった。
「……すまない。君を、抱くことはできない」
辛そうに紡がれた言葉は、シルヴィーには理解できなくて、首をかしげる。
そんな彼女の様子に目も向けず、ルドヴィックは立ち上がった。
「申し訳ない。私は、結婚生活を続けられない」
続き部屋の扉へと歩く夫の背中に、ようやく、声をかけることが出来た。
「な……ぜ、ですか?」
彼はシルヴィーを振り返って、辛そうに眉を寄せる。
「私が悪いのだ……。詳しい話は、明日、しよう」
意味が分からなかった。
何故、彼は新婚初夜に、早々に自室へと戻ってしまったのだろうか。
そういえば、ここに来た時から、彼には珍しく、とても緊張しているようだと思った。
もちろん、それ以上にシルヴィーの方が緊張していたから、彼を気遣う余裕なんてなかったけれど。
『私が悪い』?
彼が、何を……と疑問に思ったところで、気が付いた。
薄着を纏った自身の体を見下ろして、涙がこぼれそうになった。

きっと、彼は――反応しなかったのだ――。

シルヴィーは同年代からしても、全体的に小柄だった。
薄い胸に細い手足。女性らしさとかけ離れた体つき。綺麗な金髪は気に入っているけれど、大きな瞳は垂れがちで、小さな口と鼻。人形のような、幼い顔立ちなのだ。
その上、しゃべり続けるという幼い言動もしてしまった。
彼は、シルヴィーを大切にはしてくれたけれど、女性としては見られなかった。だから、男性機能が働かなかったのだ。
身につけた初夜のための薄い夜着が、滑稽で、恥ずかしくて、シルヴィーは二度とその夜着を身につけることはしなかった。

次の日、予想していたことを突き付けられた。

一年後、離縁する。

理由は、ルドヴィックの浮気。離縁後は、別の場所に嫁げるように取り計らってくれるという。
つまり――結婚式翌日に、夫から、浮気をするから、離縁して欲しいと頼まれたということだ。
シルヴィーは、何も言わずに受け入れた。
彼は、辛そうだった。
優しい方だから、こんな扱いをして申し訳ないと思ってくれている。
だから、仕方がない。

彼が、自分に反応できなかった。

シルヴィーが、女性としての魅力に乏しいというのは、誰のせいでもないのだから。

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