1 / 8
婚約決定の日
しおりを挟む
今日、この国の未来の王妃が決まる。
王太子殿下と伯爵令嬢の婚約が、正式に決定されるのだ。
謁見の間には、王と王妃、宰相、王太子が並び立ち、その前に膝まづいているのはグラントリ伯爵と、その娘シーラだった。
名だたる婚約者候補から選りすぐられた令嬢。
その姿は体は細く華奢であるのに、腰や胸は豊満で、何とも言えない色香を放ち、肌は抜けるように白く、赤く小さな唇を際立たせていた。ピンクゴールドの豊かな髪から覗く首筋は細く、それに支えられる小さな顔は、妖精に例えられるような儚い美しさを兼ね備えていた。
その顔に浮かぶ表情は、いつも淡く微笑みを浮かべ、髪色と同じ金に縁どられた大きな瞳は優しく細められていた。
「面を上げよ」
王が声をかけると、膝まづいていた親子は、少し緊張した面持ちで顔を上げる。
「シーラ・グラントリ。そなたをこの王太子の婚約者として……」
「お待ちください」
王が発する言葉を遮るなど、あるまじき暴挙をやってのけたのは、王の隣に立つ王太子であった。
王太子は不機嫌そうに眉を顰め、シーラに視線を投げた。
「私は彼女と婚約をするつもりはないと言っているでしょう」
そして、驚くべきことを言った。
シーラが婚約者となることは、正式発表はまだであったが、暗黙の了解で決定事項だった。
公爵、侯爵家の娘は年齢が釣り合わなかったり、すでに嫁いでいたりと条件に合わず、その他貴族の令嬢の中で、シーラが最も美しく聡明である。
他国からという話もあったが、友好的でない雰囲気が周辺国に漂っており、どれか一つの国と縁つながりになるのは得策ではないとされた。
最善として推された婚約者候補がシーラだったのだ。
それが覆されることなど考えようもないはずだった。
シーラはいつも浮かべている笑顔を消して、王太子を大きく見開いた目で見つめた。
「グラントリ伯爵。申し訳ないが、婚約などありえない。娘の結婚相手は他を当たってくれ」
王太子の言葉に、伯爵は驚いたまま微動だにせず、王は眉を顰める。
「レアン、婚約者が決まったと伝えたはずだろう」
「承諾した覚えはありませんね」
王の言葉にさえ、そっけなく答える王太子に、シーラが初めて口を開いた。
「殿下……私は、この三年間、殿下の婚約者になるために学んでまいりました」
王太子を見つめて言うシーラに、王太子は鷹揚に頷いた。
「悪いが、私に最初からそんな気はない」
「最初、から……」
王太子が発した言葉を、シーラが呆然としたように繰り返した。
王も宰相も、王太子ですらシーラが泣くだろうと思った。この場でさめざめと泣かれる様子を想像して、王太子は煩わし気に首を振った。
その予想に反して、シーラは隣に膝まづく父親に視線を向けて、微笑んだ。
「お父様、私を伯爵家と絶縁してくださいませ」
涙も流さずに父親にそんなことを言う彼女に、王は息を呑んで口を開いた。
「そんなことはさせられない。そなたは何も悪くないのだ」
そう言う王を見上げて、シーラは小さく首を振った。
「恐れ多くも陛下にご意見申し上げることをお許しください」
シーラは両手を握り合わせて、祈るような姿勢で話した。
「このようなことになれば、私は、伯爵家のためにはなりません。ならば、家族のために離れることが最善と考えます」
シーラは、王太子の婚約者とほぼ決定していたような令嬢だ。
まずはその経歴で、大多数の貴族から敬遠されるだろう。まず、王太子の様子をうかがって……ということになる。
しかし、シーラはすでに20歳になろうとしている。16歳でデビュタントを迎え、17歳の頃には、王太子妃の有力候補だと目されていたのだ。すでに、この国では行き遅れだと認識される歳なのだ。それだけ、妃教育に力を入れているのだと周囲は認識していたのだが、当人である王太子が婚約する気さえないのだとは思わなかった。
シーラは、ひどく扱いに困る存在となってしまうのだ。
そのシーラの様子に、王太子は眉間にしわを寄せながらも謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ないとは思っている。私が陛下と話し合わなかった咎をあなたに背負わせるようなことになってしまった」
シーラは顔を俯かせてしまっており、その表情は見えないが、伯爵がしきりに娘の様子を心配していた。
「申し訳ないと、思ってくださるのですか?」
震えるか細い声で紡がれる言葉が、王太子には泣いているのだろうと思われた。
「ああ。贖罪はしよう」
目の前で女性に泣かれて、冷たい言葉を吐ける教育は受けていないのだろう。
先ほどは面倒くさそうな態度が見えたが、王太子は、シーラに向かって優しい声をかけた。
贖罪をするとまで王太子に言わせたのだ。
シーラは呆然としながらも、それだけで理解しようと―――
王太子殿下と伯爵令嬢の婚約が、正式に決定されるのだ。
謁見の間には、王と王妃、宰相、王太子が並び立ち、その前に膝まづいているのはグラントリ伯爵と、その娘シーラだった。
名だたる婚約者候補から選りすぐられた令嬢。
その姿は体は細く華奢であるのに、腰や胸は豊満で、何とも言えない色香を放ち、肌は抜けるように白く、赤く小さな唇を際立たせていた。ピンクゴールドの豊かな髪から覗く首筋は細く、それに支えられる小さな顔は、妖精に例えられるような儚い美しさを兼ね備えていた。
その顔に浮かぶ表情は、いつも淡く微笑みを浮かべ、髪色と同じ金に縁どられた大きな瞳は優しく細められていた。
「面を上げよ」
王が声をかけると、膝まづいていた親子は、少し緊張した面持ちで顔を上げる。
「シーラ・グラントリ。そなたをこの王太子の婚約者として……」
「お待ちください」
王が発する言葉を遮るなど、あるまじき暴挙をやってのけたのは、王の隣に立つ王太子であった。
王太子は不機嫌そうに眉を顰め、シーラに視線を投げた。
「私は彼女と婚約をするつもりはないと言っているでしょう」
そして、驚くべきことを言った。
シーラが婚約者となることは、正式発表はまだであったが、暗黙の了解で決定事項だった。
公爵、侯爵家の娘は年齢が釣り合わなかったり、すでに嫁いでいたりと条件に合わず、その他貴族の令嬢の中で、シーラが最も美しく聡明である。
他国からという話もあったが、友好的でない雰囲気が周辺国に漂っており、どれか一つの国と縁つながりになるのは得策ではないとされた。
最善として推された婚約者候補がシーラだったのだ。
それが覆されることなど考えようもないはずだった。
シーラはいつも浮かべている笑顔を消して、王太子を大きく見開いた目で見つめた。
「グラントリ伯爵。申し訳ないが、婚約などありえない。娘の結婚相手は他を当たってくれ」
王太子の言葉に、伯爵は驚いたまま微動だにせず、王は眉を顰める。
「レアン、婚約者が決まったと伝えたはずだろう」
「承諾した覚えはありませんね」
王の言葉にさえ、そっけなく答える王太子に、シーラが初めて口を開いた。
「殿下……私は、この三年間、殿下の婚約者になるために学んでまいりました」
王太子を見つめて言うシーラに、王太子は鷹揚に頷いた。
「悪いが、私に最初からそんな気はない」
「最初、から……」
王太子が発した言葉を、シーラが呆然としたように繰り返した。
王も宰相も、王太子ですらシーラが泣くだろうと思った。この場でさめざめと泣かれる様子を想像して、王太子は煩わし気に首を振った。
その予想に反して、シーラは隣に膝まづく父親に視線を向けて、微笑んだ。
「お父様、私を伯爵家と絶縁してくださいませ」
涙も流さずに父親にそんなことを言う彼女に、王は息を呑んで口を開いた。
「そんなことはさせられない。そなたは何も悪くないのだ」
そう言う王を見上げて、シーラは小さく首を振った。
「恐れ多くも陛下にご意見申し上げることをお許しください」
シーラは両手を握り合わせて、祈るような姿勢で話した。
「このようなことになれば、私は、伯爵家のためにはなりません。ならば、家族のために離れることが最善と考えます」
シーラは、王太子の婚約者とほぼ決定していたような令嬢だ。
まずはその経歴で、大多数の貴族から敬遠されるだろう。まず、王太子の様子をうかがって……ということになる。
しかし、シーラはすでに20歳になろうとしている。16歳でデビュタントを迎え、17歳の頃には、王太子妃の有力候補だと目されていたのだ。すでに、この国では行き遅れだと認識される歳なのだ。それだけ、妃教育に力を入れているのだと周囲は認識していたのだが、当人である王太子が婚約する気さえないのだとは思わなかった。
シーラは、ひどく扱いに困る存在となってしまうのだ。
そのシーラの様子に、王太子は眉間にしわを寄せながらも謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ないとは思っている。私が陛下と話し合わなかった咎をあなたに背負わせるようなことになってしまった」
シーラは顔を俯かせてしまっており、その表情は見えないが、伯爵がしきりに娘の様子を心配していた。
「申し訳ないと、思ってくださるのですか?」
震えるか細い声で紡がれる言葉が、王太子には泣いているのだろうと思われた。
「ああ。贖罪はしよう」
目の前で女性に泣かれて、冷たい言葉を吐ける教育は受けていないのだろう。
先ほどは面倒くさそうな態度が見えたが、王太子は、シーラに向かって優しい声をかけた。
贖罪をするとまで王太子に言わせたのだ。
シーラは呆然としながらも、それだけで理解しようと―――
1,056
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。
火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。
しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。
数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
私も処刑されたことですし、どうか皆さま地獄へ落ちてくださいね。
火野村志紀
恋愛
あなた方が訪れるその時をお待ちしております。
王宮医官長のエステルは、流行り病の特効薬を第四王子に服用させた。すると王子は高熱で苦しみ出し、エステルを含めた王宮医官たちは罪人として投獄されてしまう。
そしてエステルの婚約者であり大臣の息子のブノワは、エステルを口汚く罵り婚約破棄をすると、王女ナデージュとの婚約を果たす。ブノワにとって、優秀すぎるエステルは以前から邪魔な存在だったのだ。
エステルは貴族や平民からも悪女、魔女と罵られながら処刑された。
それがこの国の終わりの始まりだった。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる