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第9章
09-230 不死の軍団
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最初に意識を回復したのは、住民委員会外交部副部長である鏑木健介だった。
異常発生の瞬間、エリシアは墜落を回避するために、沼か池か微妙な大きさの水面に強引に着水した。
着水時の衝撃でシートベルトに身体が圧迫され、週十秒間だが鏑木副部長は意識を失った。
カプランは呼吸しており、明らかに生きている。
「カプランくん、起きなさい」
コパイ席に座るカプランの身体を揺すると、大きく息を吸ってから目を開けた。
「あの世ですか?」
「いや、まだこの世だ。
あの世に行って、最初に見る顔がジジイじゃきみもイヤだろ?」
「確かに」
「怪我は?」
「わかりませんが、身体中が痛いです。
でも、手足はちゃんと動きます」
「では、手伝ってくれ。
早く脱出しないと、沈みそうだ」
「大丈夫です。
浅瀬に乗り上げたんです。
その衝撃で、急に減速したんです。
俺の操縦じゃ、墜落でした。
エリシアに感謝しないと」
カプランがエリシアを揺する。
「エリシア、起きろ」
鏑木副部長は、地理学者の畠山省吾と歴史学者の佐成真結を介抱している。
機内には水が少し入っているが、沈んではいない。浸水が進んでいる様子もない。
「カプラン、どう?」
エリシアの問いかけに、左翼上のカプランが首を振る。
「見ての通り。ブレードが1枚ちぎれた。
エンジンは無事だと思う。
普通のパイロットなら墜落だ」
「修理は無理ね?」
「交換できるプロペラがあればいいけど。
マハジャンガに」
「カプランはただの整備士で、魔法使いじゃないかぁ」
エリシアの軽い嫌味にカプランは反応しない。
彼が凄腕の整備士であることは、誰もが認めるところだからだ。
それに、ブレードが欠けているのだ。修理不能であることはわかる。
「全員無事だ。怪我はない」
だが、一番年齢が高い鏑木には明確な疲れがある。
それと、彼だけが都会の装いだ。地理学者と歴史学者は迷彩服、パイロットはオリーブドラブの飛行服を着ている。
地理学者が「鏑木さん、その服じゃ動きにくい。私のじゃ大きすぎるとは思うけど、これに着替えたほうがいい」と自分の着替えを渡す。
歴史学者が「エリシアさん、避難しなくてもいいの?」と尋ねる。
エリシアも思案していた。
「すぐに動かなくても大丈夫。
飛行機は着底しているから沈まない。
左の外側プロペラが欠けていて、左の補助フロートがなくなっているけど、それ以外の損傷はないみたい。
機内の水は、どこから入ったのかわからない。機内の飲料水タンクから漏れたのかも……」
「救助は呼べる?」
「呼べるけど、少し様子を見る」
「なぜ……?
攻撃だから?」
「違うと思う。
たぶん、バードストライク」
「バードストライク?!」
「そう鳥が衝突したの。
不死の軍団の攻撃じゃない。
たぶんだけど……」
「鳥?」
「確実じゃないけど……」
「不死の軍団の攻撃なんじゃ?」
「安全なルートを飛んでいたはずだけど、気付かずに不死の軍団の機嫌を損ねたのかもしれない。
その可能性はあるよ。
だけど、違うと思う」
カプランもエリシアの判断に賛成する。
「先生、かなりデカイ鳥がプロペラの先端にあたったんだ。
間違いないよ」
エリシアが続ける。
「で、無線で救助を要請しない理由だけど、不死の軍団にも知られる可能性があるから……。
正体不明の武装集団の捕虜にはなりたくないでしょ」
「機体に損傷はない」
カプランの報告に、全員が安堵する。
「着水時の衝撃で、機体に損傷があるかもしれないけど、目視に限ってはない。
だけど、衝撃がもう少し強ければ、機体も身体もバラバラだったかも。
幸運だった。
エリシアに感謝しないと」
歴史学者がエリシアに「これから、どうすれば……?」と尋ねる。
エリシアは端的に答えた。
「3日分の非常食を積んであるから、どうにか6日は持つ。
それと、お土産のオレンジ。
オレンジで1日か2日」
沼は岸辺まで森が迫っている。森は深く、濃密で、この沼からどこにも行けない。
だが、着底している機首の先は、やや木々の密度が薄い。陸を進めるかもしれない。
エリシアは、そう感じていた。全員が胴体の上にいる。機内から梯子を使って、上がってきたのだ。
「左の翼には乗らないで!
フロートが外れちゃっているから、傾いちゃう」
地理学者がエリシアと同じ判断をする。
「森の中が開けている。
西に進めそうだ」
カプランが重要な目撃を報告する。
「西に建物を見た。
建物?
建造物のほうが正しいかも。石造りで4面が階段状になっていて、頂上に祠みたいなものがあって……」
エリシアが小首をかしげる。
「私は見ていないけど……」
「エリシアが機長席に座っていたからだよ。
それにあの状況じゃ、風景を眺める余裕はないでしょ」
地理学者も見ていた。
「私も見たよ。
カプランくんほどはっきりとではないけどね。
北アフリカのパイロットたちが言う“ピラミッド”だろう」
歴史学者が反応する。
「聞いたことがある。
エジプト文明のピラミッドのような四角錐ではなく、4面に階段があり、頂上に建物があるメソアメリカ文明タイプらしいよ」
残念だが、大消滅以後の生まれである地理学者は、エジプトとマヤのピラミッドの形状がどう違うのかまったく知らなかった。
歴史学者にしても、限られた資料を読んで知ったことであり、当然だが実物を見たことはない。
大消滅によって、ヒトの文明の痕跡は新古に関わらす、消えてしまっている。
歴史学者はピラミッドに対して、ある種の畏怖を感じていた。ヒトが紡いだ生の遺物に触れるようで、文献研究とは異なった緊張を与える。
だから、彼女は「見に行きたい」という本心を言葉にできなかった。
対して、地理学者は気楽だ。
「あれほどのランドマークは、滅多に見られないね。
救助されるまで時間があるようだから、探検に行かない?
ジッとしているのもストレスだよ。
それに短い人生なんだから、時間を無駄にしたくないしね。
銃があるから、身を守れる。穴居人よりも危険な動物なんて、この世にいないでしょ」
歴史学者は無言だが、興味があることは明らか。
エリシアはどうでもよくて、カプランは本能的な危険を感じていた。
機長であるエリシアは、現状において正規の指揮官だった。他のメンバーは、彼女の判断に従う義務がある。
カプランはエリシアが「いや、ここを動かずに救助を待つ」と正常な判断をすると考えていた。
しかし、彼の期待は裏切られた。
「せっかくだから、行ってみようか?
概算だけど、15キロくらいでしょ。
4時間か5時間歩けば、着くでしょ。
日の出とともに出て、ちょっと見物して、すぐに帰路につけば、日没前に戻ってこられるよ。
もし、救助が来たらわかるように、メモを残しておけばいいよ」
彼女の判断に、地理学者は微笑み、歴史学者は緊張し、副操縦士のカプランは迂闊な判断だと呆れていた。
4人には、同一の感情もあった。それをカプランが発する。
「あてなく待つのは疲れるし、おもしろそうだ。無謀な判断だけどね」
翌朝、4人は装備をまとめる。4人とも7.62×51ミリ弾を発射するライフルを持つ。
この弾なら、よほどの巨獣でない限り、倒すことができる。
4挺ともスコープ付きだが、学者2人はボルトアクションの5連発、エリシアとカプランは20連発の半自動を持っていく。
もちろん、4人とも拳銃と山刀を腰に佩く。山刀は茂みを切り開くためだけではなく、場合によっては武器としても使う。
学者2人は穴居人との不期遭遇を警戒しているが、エリシアとカプランにこの気持ちはなかった。
パイロット2人の心配は、不死の軍団との接触にあった。
高齢の鏑木は、機内に残ることにする。彼の判断だ。
4人は30分間隔で小休止をとりながら、6時間歩いて、ピラミッドの頂上が遠望できる地点に達していた。
方向と距離はほぼ正しかったが、森を避けて草原を歩くと、どうしても迂回になってしまい、移動距離が長くなる。
地理学者が「もう少しだが、食事にしよう」と提案し、全員が受け入れる。
ヒトよりも持久力が高いと評される丸耳族のカプランでも、相当にきつい行程だった。
心配した歴史学者は平然としているが、体力自慢のエリシアがかなりバテている。
この場所での休息は必然だった。
この付近の動物は、ユーラシアやサハラでは見かけない種ばかり。
西ユーラシアやサハラでは有胎盤類が主流を占めるが、ヴィスワ川以東のユーラシアは有袋類が圧倒的に多い。というよりも、有胎盤類はほぼいない。
サブサハラ以南のアフリカも、有胎盤類とは思えない奇妙な動物が多い。
サイに似ているが、角がY字形をしていたり、耳が短いウサギのような姿だが、体長が1.5メートルもある群で狩りをする捕食動物がいる。
背中に縦縞模様があるイヌに似た捕食動物は、単独で狩りをする。
太くて長い尾を持ち、二足歩行する捕食動物もいる。
クマの身体にウマの頭を付けたような、ナックル歩行する動物は、体高5メートルに達する。
マダガスカルとはまったく異なる、驚異の生態系だ。
食事は、焚き火をせず、ガソリンストーブで湯を沸かして飲み物を作り、携行食ですませる。
ゴミは残さないし、埋めたりもしない。
こういった痕跡をヒトは追跡する。ヒトにとって、最大脅威はヒトだ。野生動物じゃない。
4人は、そのことをよく理解していた。
食事を終え、再出発の支度をしていると、カプランが警告する。
「ピラミッドには、迂闊に近付かないほうがいい」
歴史学者が少し笑いながら尋ねる。
「どうしてぇ?」
カプランが歴史学者を見据える。
「遺跡ではない可能性もあるでしょ」
歴史学者の顔が引き締まる。
「可能性としてはあるね。
遺跡と思い込んでいたけど……」
伝承程度の情報でしかないが、カプランは聞いたことがあった。
「俺の父方の部族の誰かが、暗夜で方向を誤り、対岸に着いてしまった。
内陸海路の対岸は死霊の世界だと信じられていた。しかし、その誰かと仲間は、好奇心に抗えず、探検したんだ。
生き残って帰ってきたのは、多くはなかったらしい。
奇妙な塔を守る奇妙な戦士と遭遇し、奇妙な武器で殺された。
死霊には出会わなかったが、死霊よりも恐ろしい妖戦士がいた。死霊は内在する恐怖だが、強大な戦力は現実の危険だ。
だから、対岸は禁忌の地になった。
刺激しなければ、攻められないからね。
昔の出来事とされている伝承だけどね」
地理学者が問う。
「あれは、塔には見えないよ。
どう見ても、ピラミッドだ」
歴史学者が地理学者に反論。
「ピラミッドを知っていれば、そう見えるでしょうね。
だけど、知らなければ?
塔にも、城にも、寺院にも、あるいは他の何かにも見える。
どう見るかは主観でしかないよ」
カプランが歩き出す。
「何であれ、近くまで行ってみよう。
少しは何かがわかるかもしれない。
俺は近付くなとは言っていない。迂闊に近付かなければいいんだ」
さらに1時間歩く。
すぐに引き返したとしても、不時着水した飛行艇には日没後の到着になってしまう。
夜間の移動は無理だから、どこかで野営することになる。
となれば、調査の時間は十分にある。
森と森が接近する狭い通路のような草原を抜けると、ピラミッドの全景が見えた。
マヤのピラミッドに極似していて、チチェン・イッツァを移築したと感じるほど、よく似ている。
だが、チチェン・イッツァには決してないものが見える。
4人は森の淵に身を隠している。
「センサーは……、当然あるよね?」
歴史学者の問いに地理学者が頷く。
「探知センサーは、赤外線、熱、電波、振動、動体、何でもありかも?」
エリシアの声が震える。
「あれ、何?」
地理学者が答える。
「たぶん、歩兵戦用ドローンだ」
カプランはドローンという種族だと解した。
「そのドローンって言う巨大種族は、好戦的なの?」
歴史学者が説明する。
「機械よ。
大昔、ヒトとヒトが戦う戦争では、ヒトが死ぬから、それを避けるためにヒト形のロボットを作ったの。
ドローンを操縦するヒトがいて、ドローン・パイロットの命令で動いている。
飛行機のように乗って操縦はせず、遠隔操縦するの。ドローンの中身はただの機械」
体高2.5メートルほどの12体のヒト形ドローンが、ピラミッドの周囲を警戒している。
ピラミッドの周囲は広い草原で、水場があることから、動物が集まっている。
だから、地理学者は、熱センサーには探知されないと考えていた。
ドローンは基本的には1種類。装備に違いがあり、左肩に4連装の発射機を搭載するタイプと単装の筒状発射機を備えたタイプが1体ずつ。
地理学者が「4連装は対地ロケット、単装は地対空ミサイルだろう。頭部に高いアンテナを立てているのが指揮官機だ。きっと……」と解説する。
12体すべてが銃を持っているが、その大きさから口径が12.7ミリ級であることは容易に想像できる。
ヒト形ドローンの動きは滑らかで、ヒトが入っているのかと思わせる部分もあるが、それは違う。
発電を内燃機関で行っているらしく、右腰付近に排気管がある。
歴史学者が当惑している。
「ドローンとしては究極っぽいけど、その発電機関がレシプロエンジンって……」
地理学者も困惑気味。
「レシプロかどうかは別にして、発電システムが旧式だよね。我々と同レベルだ。
核融合とかだったら、見ているモノを信じられるんだけど」
ドローンの姿は、西ヨーロッパで14世紀から16世紀にかけて発展したプレートアーマーによく似ている。
全身を鋼板で覆うプレートアーマーから、一切の装飾を取り除き、太マッチョ体形にして、森林迷彩に塗装したような感じだ。
7.62ミリ弾では、至近で発射したとしても装甲を貫徹できるとは思えない。プレートアーマーのようなペラペラの鉄板作りには見えないし、関節部の保護は重厚だ。
地理学者が提案する。
「動物たちがいる間に、ここから離れよう。
あのドローンを操縦しているのが、何者なのか、それがわからない。
ヒトか、ヒトの近縁種か、オークやギガスの仲間か、あるいは別種か……。
我々ではどうすることもできない。
見たことを報告する以外には……」
カプランは賢明な判断だと感じた。
エリシアは少し不満そうな表情だが、従う様子を見せる。歴史学者は、やや怯えている。
4人は、ゆっくりとその場から離れて不時着水地点に向かった。
エリシアは、追跡されているようなイヤな感覚がしている。論理的ではない。うなじの毛が逆立ち、不快なかゆみを感じている。
「カプラン、追われている」
「確か?」
「うん。
戦闘機に追跡されている感覚と同じ」
「何も見えないぞ」
「見えなくても、わかる……。
カプランは何も感じないの?」
「俺はエリシアと違って、根っからのパイロットじゃないからね。
でも、だいぶ前から妙なことに気付いている」
「どんなこと?」
「臭い」
「どんな」
「オイルとガソリンが燃焼している臭い。
かすかだけど、近くでエンジンが排気している……。
俺が整備士だからわかるのかも」
「ドローンに追われている?」
「俺は、そう考えている」
「どうする?」
「襲ってきたら戦うしかない。
エリシアもそうするだろ」
「だね。
私は歴史の先生に話す」
「俺は、地理の先生と相談する」
追跡されている可能性は、地理学者と歴史学者も感じていた。
歴史学者が「音のセンサーを忘れていた。私たちの会話を拾われていた可能性があるね」と。
地理学者は「発電システムはともかく、あれだけのマシンを作った文明は侮れないよ。それと、ドローンの形がヒトだから、ヒトの系譜に入る生き物であることは確実だ。どんなセンサーを持っているのか、わからない。発見された可能性は否定できないね」と。
問題は、襲ってきたらどう戦うかだ。銃はあるが、ドローンに対して効果があるのかは疑問だった。
森と森との隙間に広がる草原は、非常に広大なこともあるし、極めて狭い場所もある。
4人が狭い通路状の草原に踏み込んで5分。
早足で抜けようとしていた5人の前に、4体のドローンが現れる。左肩に発射機を備えない近接戦闘型。
背後にも4体。
挟撃された。
カプランが「危害を加える意思はない!」と中部丸耳族の言葉で叫ぶ。
前方の1機の頭部でかすかにオレンジのランプが点灯する。
「被登録言語」
スピーカーからの声は、よくできた合成音声だった。ドローンが発したのか、ドローンを操作しているパイロットの指示なのか、はっきりしない。
エリシアは、ドローンにはパイロットがいないと感じていた。操縦されているようには感じないのだ。
「自律、ってやつ?」
動揺している歴史学者が地理学者に日本語で話しかける。
「ねぇ、どうするの?」
「いやぁ、わかんないよ。
こんなこと、初めてだし」
ドローンの頭部ランプがグリーンに変わる。
「登録言語」
「どこから来た?
どこへ行く?」
驚嘆すべきことだが、ドローンが発したのは日本語だった。
歴史学者が歩み出る。
「私たちは偶然、この地を訪れただけ。
何かをしに来たわけじゃない。
すぐに立ち去る!」
ドローンのスピーカーは、歴史学者の発言を認めなかった。
「許可できない。
我らの拠点を見られた以上、解放できない」
歴史学者は恐怖心に打ち勝ち、好奇心に負けた。
「殺さないって、約束するなら、従う」
ドローンの頭のグリーンとオレンジのランプが交互に点滅する。
歴史学者は「狼狽えているの?」と疑問を言葉にした。
ランプの点滅が止まる。
「生命の維持は保障する。
継続的な代謝を可能にする」
歴史学者は、ドローンのパイロットはヒトではない可能性を考える。表現がヒトっぽくないからだ。
歴史学者が促す。
「行きましょ。
ここで戦っても勝ち目はないし、何があるのか知りたいし……」
勝ち目がないことは事実で、8体のドローンは銃口を向けてはいないが、抵抗の意思を示せば1秒の数十分の1の速さで発射するだろう。
歴史学者がスコープ付きボルトアクションライフルを地面に置くと、地理学者、エリシア、カプランの順に従った。
だが、ドローンは意外なことを伝えた。
「荷物は運ばない。
それぞれが運ぶこと」
4人は顔を見合わせた。武装解除する意志がないことに驚き、銃を拾う。
ドローンの歩行は速く、ヒトでは小走りになる。エリシアは息を切らしているが、歴史学者は銃を地理学者に預けて、どうにか追及している。
カプランがエリシアに「銃を渡せ」と伝えるが、エリシアは強情で従わない。
4人と8体の近接戦闘型ドローンは、ピラミッドの東面にいた。
東西南北各面の階段は91段。東西南北合計で364段。頂上1段を合計すると365段。1年の日数と同じ。
カプランは、歴史学者のニヤニヤ顔が気持ち悪い。
階段の一部がスライドして、底辺が短い二等辺三角形の入口が現れる。
4人とドローン8体が内部に入る。歩みを進めるごとに照明が灯り、進むごとに背後の照明が消えていく。
ピラミッドの奥行きをはるかに超える距離を歩き、ようやくドローンが止まる。
暗闇の中からヒトが現れる。
4人は当初、現れた若い女性をヒトだと誤認した。それほど、動きと表情はヒトに似ている。
だが、数秒でヒトではないことに気付く。彼女もドローンだ。
「私はナオミ」
ドローンはそう名乗る。
「あなたたちは誰?
なぜ、神の言葉を知っているの?」
歴史学者が逆に問う。
「神の言葉とは?」
ナオミが微笑む。
「神の言葉とは、私が記憶している7500の言語。
あなたは、その1つを話す」
「神の言葉ではなく、ヒトの言葉」
歴史学者の反論に、ナオミが怪訝な表情をする。
「私たちは、神によって作られた。
神の創造物。
神の数は多く、神の言葉の数も多い。
あなたたちは、私が記憶する7500の言語のうち、1つを話す。
あなたたちは、神?」
歴史学者は、眼前のドローンに話を合わせようとはしなかった。
「その7500の言語は、ヒトの言葉。
神とは、ヒトが考え出した超自然の存在」
ドローンは、明らかに当惑している。
「では、神とはヒトが作ったもの?
神はヒトによって創造されたの?」
歴史学者のほうが困惑する。
「ドローンの中のヒトは……」
ドローンが答える。
「ここにヒトはいない。
神もいない」
「では、あなたを操縦しているのは?」
「誰でもない。
私は記憶として存在している。
たくさんの記憶の集合体。
ここにあるのは、生体の記憶。
神の記録」
エリシア、カプラン、歴史学者、地理学者は、不死の軍団と思われる施設内にいることを確信しているが、生物ではないと知り、混乱していた。
異常発生の瞬間、エリシアは墜落を回避するために、沼か池か微妙な大きさの水面に強引に着水した。
着水時の衝撃でシートベルトに身体が圧迫され、週十秒間だが鏑木副部長は意識を失った。
カプランは呼吸しており、明らかに生きている。
「カプランくん、起きなさい」
コパイ席に座るカプランの身体を揺すると、大きく息を吸ってから目を開けた。
「あの世ですか?」
「いや、まだこの世だ。
あの世に行って、最初に見る顔がジジイじゃきみもイヤだろ?」
「確かに」
「怪我は?」
「わかりませんが、身体中が痛いです。
でも、手足はちゃんと動きます」
「では、手伝ってくれ。
早く脱出しないと、沈みそうだ」
「大丈夫です。
浅瀬に乗り上げたんです。
その衝撃で、急に減速したんです。
俺の操縦じゃ、墜落でした。
エリシアに感謝しないと」
カプランがエリシアを揺する。
「エリシア、起きろ」
鏑木副部長は、地理学者の畠山省吾と歴史学者の佐成真結を介抱している。
機内には水が少し入っているが、沈んではいない。浸水が進んでいる様子もない。
「カプラン、どう?」
エリシアの問いかけに、左翼上のカプランが首を振る。
「見ての通り。ブレードが1枚ちぎれた。
エンジンは無事だと思う。
普通のパイロットなら墜落だ」
「修理は無理ね?」
「交換できるプロペラがあればいいけど。
マハジャンガに」
「カプランはただの整備士で、魔法使いじゃないかぁ」
エリシアの軽い嫌味にカプランは反応しない。
彼が凄腕の整備士であることは、誰もが認めるところだからだ。
それに、ブレードが欠けているのだ。修理不能であることはわかる。
「全員無事だ。怪我はない」
だが、一番年齢が高い鏑木には明確な疲れがある。
それと、彼だけが都会の装いだ。地理学者と歴史学者は迷彩服、パイロットはオリーブドラブの飛行服を着ている。
地理学者が「鏑木さん、その服じゃ動きにくい。私のじゃ大きすぎるとは思うけど、これに着替えたほうがいい」と自分の着替えを渡す。
歴史学者が「エリシアさん、避難しなくてもいいの?」と尋ねる。
エリシアも思案していた。
「すぐに動かなくても大丈夫。
飛行機は着底しているから沈まない。
左の外側プロペラが欠けていて、左の補助フロートがなくなっているけど、それ以外の損傷はないみたい。
機内の水は、どこから入ったのかわからない。機内の飲料水タンクから漏れたのかも……」
「救助は呼べる?」
「呼べるけど、少し様子を見る」
「なぜ……?
攻撃だから?」
「違うと思う。
たぶん、バードストライク」
「バードストライク?!」
「そう鳥が衝突したの。
不死の軍団の攻撃じゃない。
たぶんだけど……」
「鳥?」
「確実じゃないけど……」
「不死の軍団の攻撃なんじゃ?」
「安全なルートを飛んでいたはずだけど、気付かずに不死の軍団の機嫌を損ねたのかもしれない。
その可能性はあるよ。
だけど、違うと思う」
カプランもエリシアの判断に賛成する。
「先生、かなりデカイ鳥がプロペラの先端にあたったんだ。
間違いないよ」
エリシアが続ける。
「で、無線で救助を要請しない理由だけど、不死の軍団にも知られる可能性があるから……。
正体不明の武装集団の捕虜にはなりたくないでしょ」
「機体に損傷はない」
カプランの報告に、全員が安堵する。
「着水時の衝撃で、機体に損傷があるかもしれないけど、目視に限ってはない。
だけど、衝撃がもう少し強ければ、機体も身体もバラバラだったかも。
幸運だった。
エリシアに感謝しないと」
歴史学者がエリシアに「これから、どうすれば……?」と尋ねる。
エリシアは端的に答えた。
「3日分の非常食を積んであるから、どうにか6日は持つ。
それと、お土産のオレンジ。
オレンジで1日か2日」
沼は岸辺まで森が迫っている。森は深く、濃密で、この沼からどこにも行けない。
だが、着底している機首の先は、やや木々の密度が薄い。陸を進めるかもしれない。
エリシアは、そう感じていた。全員が胴体の上にいる。機内から梯子を使って、上がってきたのだ。
「左の翼には乗らないで!
フロートが外れちゃっているから、傾いちゃう」
地理学者がエリシアと同じ判断をする。
「森の中が開けている。
西に進めそうだ」
カプランが重要な目撃を報告する。
「西に建物を見た。
建物?
建造物のほうが正しいかも。石造りで4面が階段状になっていて、頂上に祠みたいなものがあって……」
エリシアが小首をかしげる。
「私は見ていないけど……」
「エリシアが機長席に座っていたからだよ。
それにあの状況じゃ、風景を眺める余裕はないでしょ」
地理学者も見ていた。
「私も見たよ。
カプランくんほどはっきりとではないけどね。
北アフリカのパイロットたちが言う“ピラミッド”だろう」
歴史学者が反応する。
「聞いたことがある。
エジプト文明のピラミッドのような四角錐ではなく、4面に階段があり、頂上に建物があるメソアメリカ文明タイプらしいよ」
残念だが、大消滅以後の生まれである地理学者は、エジプトとマヤのピラミッドの形状がどう違うのかまったく知らなかった。
歴史学者にしても、限られた資料を読んで知ったことであり、当然だが実物を見たことはない。
大消滅によって、ヒトの文明の痕跡は新古に関わらす、消えてしまっている。
歴史学者はピラミッドに対して、ある種の畏怖を感じていた。ヒトが紡いだ生の遺物に触れるようで、文献研究とは異なった緊張を与える。
だから、彼女は「見に行きたい」という本心を言葉にできなかった。
対して、地理学者は気楽だ。
「あれほどのランドマークは、滅多に見られないね。
救助されるまで時間があるようだから、探検に行かない?
ジッとしているのもストレスだよ。
それに短い人生なんだから、時間を無駄にしたくないしね。
銃があるから、身を守れる。穴居人よりも危険な動物なんて、この世にいないでしょ」
歴史学者は無言だが、興味があることは明らか。
エリシアはどうでもよくて、カプランは本能的な危険を感じていた。
機長であるエリシアは、現状において正規の指揮官だった。他のメンバーは、彼女の判断に従う義務がある。
カプランはエリシアが「いや、ここを動かずに救助を待つ」と正常な判断をすると考えていた。
しかし、彼の期待は裏切られた。
「せっかくだから、行ってみようか?
概算だけど、15キロくらいでしょ。
4時間か5時間歩けば、着くでしょ。
日の出とともに出て、ちょっと見物して、すぐに帰路につけば、日没前に戻ってこられるよ。
もし、救助が来たらわかるように、メモを残しておけばいいよ」
彼女の判断に、地理学者は微笑み、歴史学者は緊張し、副操縦士のカプランは迂闊な判断だと呆れていた。
4人には、同一の感情もあった。それをカプランが発する。
「あてなく待つのは疲れるし、おもしろそうだ。無謀な判断だけどね」
翌朝、4人は装備をまとめる。4人とも7.62×51ミリ弾を発射するライフルを持つ。
この弾なら、よほどの巨獣でない限り、倒すことができる。
4挺ともスコープ付きだが、学者2人はボルトアクションの5連発、エリシアとカプランは20連発の半自動を持っていく。
もちろん、4人とも拳銃と山刀を腰に佩く。山刀は茂みを切り開くためだけではなく、場合によっては武器としても使う。
学者2人は穴居人との不期遭遇を警戒しているが、エリシアとカプランにこの気持ちはなかった。
パイロット2人の心配は、不死の軍団との接触にあった。
高齢の鏑木は、機内に残ることにする。彼の判断だ。
4人は30分間隔で小休止をとりながら、6時間歩いて、ピラミッドの頂上が遠望できる地点に達していた。
方向と距離はほぼ正しかったが、森を避けて草原を歩くと、どうしても迂回になってしまい、移動距離が長くなる。
地理学者が「もう少しだが、食事にしよう」と提案し、全員が受け入れる。
ヒトよりも持久力が高いと評される丸耳族のカプランでも、相当にきつい行程だった。
心配した歴史学者は平然としているが、体力自慢のエリシアがかなりバテている。
この場所での休息は必然だった。
この付近の動物は、ユーラシアやサハラでは見かけない種ばかり。
西ユーラシアやサハラでは有胎盤類が主流を占めるが、ヴィスワ川以東のユーラシアは有袋類が圧倒的に多い。というよりも、有胎盤類はほぼいない。
サブサハラ以南のアフリカも、有胎盤類とは思えない奇妙な動物が多い。
サイに似ているが、角がY字形をしていたり、耳が短いウサギのような姿だが、体長が1.5メートルもある群で狩りをする捕食動物がいる。
背中に縦縞模様があるイヌに似た捕食動物は、単独で狩りをする。
太くて長い尾を持ち、二足歩行する捕食動物もいる。
クマの身体にウマの頭を付けたような、ナックル歩行する動物は、体高5メートルに達する。
マダガスカルとはまったく異なる、驚異の生態系だ。
食事は、焚き火をせず、ガソリンストーブで湯を沸かして飲み物を作り、携行食ですませる。
ゴミは残さないし、埋めたりもしない。
こういった痕跡をヒトは追跡する。ヒトにとって、最大脅威はヒトだ。野生動物じゃない。
4人は、そのことをよく理解していた。
食事を終え、再出発の支度をしていると、カプランが警告する。
「ピラミッドには、迂闊に近付かないほうがいい」
歴史学者が少し笑いながら尋ねる。
「どうしてぇ?」
カプランが歴史学者を見据える。
「遺跡ではない可能性もあるでしょ」
歴史学者の顔が引き締まる。
「可能性としてはあるね。
遺跡と思い込んでいたけど……」
伝承程度の情報でしかないが、カプランは聞いたことがあった。
「俺の父方の部族の誰かが、暗夜で方向を誤り、対岸に着いてしまった。
内陸海路の対岸は死霊の世界だと信じられていた。しかし、その誰かと仲間は、好奇心に抗えず、探検したんだ。
生き残って帰ってきたのは、多くはなかったらしい。
奇妙な塔を守る奇妙な戦士と遭遇し、奇妙な武器で殺された。
死霊には出会わなかったが、死霊よりも恐ろしい妖戦士がいた。死霊は内在する恐怖だが、強大な戦力は現実の危険だ。
だから、対岸は禁忌の地になった。
刺激しなければ、攻められないからね。
昔の出来事とされている伝承だけどね」
地理学者が問う。
「あれは、塔には見えないよ。
どう見ても、ピラミッドだ」
歴史学者が地理学者に反論。
「ピラミッドを知っていれば、そう見えるでしょうね。
だけど、知らなければ?
塔にも、城にも、寺院にも、あるいは他の何かにも見える。
どう見るかは主観でしかないよ」
カプランが歩き出す。
「何であれ、近くまで行ってみよう。
少しは何かがわかるかもしれない。
俺は近付くなとは言っていない。迂闊に近付かなければいいんだ」
さらに1時間歩く。
すぐに引き返したとしても、不時着水した飛行艇には日没後の到着になってしまう。
夜間の移動は無理だから、どこかで野営することになる。
となれば、調査の時間は十分にある。
森と森が接近する狭い通路のような草原を抜けると、ピラミッドの全景が見えた。
マヤのピラミッドに極似していて、チチェン・イッツァを移築したと感じるほど、よく似ている。
だが、チチェン・イッツァには決してないものが見える。
4人は森の淵に身を隠している。
「センサーは……、当然あるよね?」
歴史学者の問いに地理学者が頷く。
「探知センサーは、赤外線、熱、電波、振動、動体、何でもありかも?」
エリシアの声が震える。
「あれ、何?」
地理学者が答える。
「たぶん、歩兵戦用ドローンだ」
カプランはドローンという種族だと解した。
「そのドローンって言う巨大種族は、好戦的なの?」
歴史学者が説明する。
「機械よ。
大昔、ヒトとヒトが戦う戦争では、ヒトが死ぬから、それを避けるためにヒト形のロボットを作ったの。
ドローンを操縦するヒトがいて、ドローン・パイロットの命令で動いている。
飛行機のように乗って操縦はせず、遠隔操縦するの。ドローンの中身はただの機械」
体高2.5メートルほどの12体のヒト形ドローンが、ピラミッドの周囲を警戒している。
ピラミッドの周囲は広い草原で、水場があることから、動物が集まっている。
だから、地理学者は、熱センサーには探知されないと考えていた。
ドローンは基本的には1種類。装備に違いがあり、左肩に4連装の発射機を搭載するタイプと単装の筒状発射機を備えたタイプが1体ずつ。
地理学者が「4連装は対地ロケット、単装は地対空ミサイルだろう。頭部に高いアンテナを立てているのが指揮官機だ。きっと……」と解説する。
12体すべてが銃を持っているが、その大きさから口径が12.7ミリ級であることは容易に想像できる。
ヒト形ドローンの動きは滑らかで、ヒトが入っているのかと思わせる部分もあるが、それは違う。
発電を内燃機関で行っているらしく、右腰付近に排気管がある。
歴史学者が当惑している。
「ドローンとしては究極っぽいけど、その発電機関がレシプロエンジンって……」
地理学者も困惑気味。
「レシプロかどうかは別にして、発電システムが旧式だよね。我々と同レベルだ。
核融合とかだったら、見ているモノを信じられるんだけど」
ドローンの姿は、西ヨーロッパで14世紀から16世紀にかけて発展したプレートアーマーによく似ている。
全身を鋼板で覆うプレートアーマーから、一切の装飾を取り除き、太マッチョ体形にして、森林迷彩に塗装したような感じだ。
7.62ミリ弾では、至近で発射したとしても装甲を貫徹できるとは思えない。プレートアーマーのようなペラペラの鉄板作りには見えないし、関節部の保護は重厚だ。
地理学者が提案する。
「動物たちがいる間に、ここから離れよう。
あのドローンを操縦しているのが、何者なのか、それがわからない。
ヒトか、ヒトの近縁種か、オークやギガスの仲間か、あるいは別種か……。
我々ではどうすることもできない。
見たことを報告する以外には……」
カプランは賢明な判断だと感じた。
エリシアは少し不満そうな表情だが、従う様子を見せる。歴史学者は、やや怯えている。
4人は、ゆっくりとその場から離れて不時着水地点に向かった。
エリシアは、追跡されているようなイヤな感覚がしている。論理的ではない。うなじの毛が逆立ち、不快なかゆみを感じている。
「カプラン、追われている」
「確か?」
「うん。
戦闘機に追跡されている感覚と同じ」
「何も見えないぞ」
「見えなくても、わかる……。
カプランは何も感じないの?」
「俺はエリシアと違って、根っからのパイロットじゃないからね。
でも、だいぶ前から妙なことに気付いている」
「どんなこと?」
「臭い」
「どんな」
「オイルとガソリンが燃焼している臭い。
かすかだけど、近くでエンジンが排気している……。
俺が整備士だからわかるのかも」
「ドローンに追われている?」
「俺は、そう考えている」
「どうする?」
「襲ってきたら戦うしかない。
エリシアもそうするだろ」
「だね。
私は歴史の先生に話す」
「俺は、地理の先生と相談する」
追跡されている可能性は、地理学者と歴史学者も感じていた。
歴史学者が「音のセンサーを忘れていた。私たちの会話を拾われていた可能性があるね」と。
地理学者は「発電システムはともかく、あれだけのマシンを作った文明は侮れないよ。それと、ドローンの形がヒトだから、ヒトの系譜に入る生き物であることは確実だ。どんなセンサーを持っているのか、わからない。発見された可能性は否定できないね」と。
問題は、襲ってきたらどう戦うかだ。銃はあるが、ドローンに対して効果があるのかは疑問だった。
森と森との隙間に広がる草原は、非常に広大なこともあるし、極めて狭い場所もある。
4人が狭い通路状の草原に踏み込んで5分。
早足で抜けようとしていた5人の前に、4体のドローンが現れる。左肩に発射機を備えない近接戦闘型。
背後にも4体。
挟撃された。
カプランが「危害を加える意思はない!」と中部丸耳族の言葉で叫ぶ。
前方の1機の頭部でかすかにオレンジのランプが点灯する。
「被登録言語」
スピーカーからの声は、よくできた合成音声だった。ドローンが発したのか、ドローンを操作しているパイロットの指示なのか、はっきりしない。
エリシアは、ドローンにはパイロットがいないと感じていた。操縦されているようには感じないのだ。
「自律、ってやつ?」
動揺している歴史学者が地理学者に日本語で話しかける。
「ねぇ、どうするの?」
「いやぁ、わかんないよ。
こんなこと、初めてだし」
ドローンの頭部ランプがグリーンに変わる。
「登録言語」
「どこから来た?
どこへ行く?」
驚嘆すべきことだが、ドローンが発したのは日本語だった。
歴史学者が歩み出る。
「私たちは偶然、この地を訪れただけ。
何かをしに来たわけじゃない。
すぐに立ち去る!」
ドローンのスピーカーは、歴史学者の発言を認めなかった。
「許可できない。
我らの拠点を見られた以上、解放できない」
歴史学者は恐怖心に打ち勝ち、好奇心に負けた。
「殺さないって、約束するなら、従う」
ドローンの頭のグリーンとオレンジのランプが交互に点滅する。
歴史学者は「狼狽えているの?」と疑問を言葉にした。
ランプの点滅が止まる。
「生命の維持は保障する。
継続的な代謝を可能にする」
歴史学者は、ドローンのパイロットはヒトではない可能性を考える。表現がヒトっぽくないからだ。
歴史学者が促す。
「行きましょ。
ここで戦っても勝ち目はないし、何があるのか知りたいし……」
勝ち目がないことは事実で、8体のドローンは銃口を向けてはいないが、抵抗の意思を示せば1秒の数十分の1の速さで発射するだろう。
歴史学者がスコープ付きボルトアクションライフルを地面に置くと、地理学者、エリシア、カプランの順に従った。
だが、ドローンは意外なことを伝えた。
「荷物は運ばない。
それぞれが運ぶこと」
4人は顔を見合わせた。武装解除する意志がないことに驚き、銃を拾う。
ドローンの歩行は速く、ヒトでは小走りになる。エリシアは息を切らしているが、歴史学者は銃を地理学者に預けて、どうにか追及している。
カプランがエリシアに「銃を渡せ」と伝えるが、エリシアは強情で従わない。
4人と8体の近接戦闘型ドローンは、ピラミッドの東面にいた。
東西南北各面の階段は91段。東西南北合計で364段。頂上1段を合計すると365段。1年の日数と同じ。
カプランは、歴史学者のニヤニヤ顔が気持ち悪い。
階段の一部がスライドして、底辺が短い二等辺三角形の入口が現れる。
4人とドローン8体が内部に入る。歩みを進めるごとに照明が灯り、進むごとに背後の照明が消えていく。
ピラミッドの奥行きをはるかに超える距離を歩き、ようやくドローンが止まる。
暗闇の中からヒトが現れる。
4人は当初、現れた若い女性をヒトだと誤認した。それほど、動きと表情はヒトに似ている。
だが、数秒でヒトではないことに気付く。彼女もドローンだ。
「私はナオミ」
ドローンはそう名乗る。
「あなたたちは誰?
なぜ、神の言葉を知っているの?」
歴史学者が逆に問う。
「神の言葉とは?」
ナオミが微笑む。
「神の言葉とは、私が記憶している7500の言語。
あなたは、その1つを話す」
「神の言葉ではなく、ヒトの言葉」
歴史学者の反論に、ナオミが怪訝な表情をする。
「私たちは、神によって作られた。
神の創造物。
神の数は多く、神の言葉の数も多い。
あなたたちは、私が記憶する7500の言語のうち、1つを話す。
あなたたちは、神?」
歴史学者は、眼前のドローンに話を合わせようとはしなかった。
「その7500の言語は、ヒトの言葉。
神とは、ヒトが考え出した超自然の存在」
ドローンは、明らかに当惑している。
「では、神とはヒトが作ったもの?
神はヒトによって創造されたの?」
歴史学者のほうが困惑する。
「ドローンの中のヒトは……」
ドローンが答える。
「ここにヒトはいない。
神もいない」
「では、あなたを操縦しているのは?」
「誰でもない。
私は記憶として存在している。
たくさんの記憶の集合体。
ここにあるのは、生体の記憶。
神の記録」
エリシア、カプラン、歴史学者、地理学者は、不死の軍団と思われる施設内にいることを確信しているが、生物ではないと知り、混乱していた。
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